44:財政長官
午後4時30分、約束の時間に密談を行う相手が現れた。
第三身分階級者でありながら、優れた経営手腕を持っているプロイセン王国出身の凄腕銀行家。
地毛が白っぽいのが特徴的なジャック・ネッケル氏だ。
「ようこそヴェルサイユ宮殿へ、お待ちしておりました」
「いえいえ、こちらこそ……王太子殿下がお出迎えしてくださるとは……このジャック、感激の極みでございます」
「あなたの手腕は耳にしております、ささっ、こちらにどうぞ」
ジャック・ネッケル氏。
彼は史実においてもルイ16世に起用された財政長官だ。
質素倹約と財政改善を行おうとしたが貴族の反対意見に押されてしまったルイ16世によって解任される憂き目にあっている。
だけどここではそうした貴族・聖職者からの圧力には屈しない。
剣を突き付けられて、くっ……殺せ!みたいな状況下に陥らない限りは改革は実行し続けるつもりだ。
そうした改革を行う上でも財政面で一番頼りになる強いリーダーが必要になってくる。
ヨーゼフ・ハウザー氏とも話し合ったが、ジャック・ネッケル氏の評判は良く、特に貴族や聖職者でもない第三身分階級……中産階級者だったこともあってか市民から人気の銀行家だ。
成功者としての意味合いも強い。
なにかと密談という形でもあるので、ネッケル氏と会談したのはヴェルサイユ宮殿でも人気の無い書籍の間であった。
書籍の間に俺、ヨーゼフ・ハウザー氏、ネッケル氏の三人で改革案を語り合った。
意外なことに、ハウザー氏はネッケル氏の知人であり、幾度か財政界で話し合った仲のようであった。
ネッケル氏はハウザー氏から既に経済面での改革案を聞き入れており、それを踏まえた上で密談を始めることになった。
「ではまず、今回王太子殿下主導で行われた農奴解放と寛容令ですが……第三身分階級、特に中産階級からの期待が高いですな。新しい産業技術を導入したり、農奴解放や寛容令政策を行ったことで農民やユダヤ人から多くの支持を得られている。特に投資が最近多いのですよ、そのおかげでこちらとしても儲けさせていただいております」
ネッケル氏からの改革の評価は上々だった。
聞けば、寛容令によって解放されたことでユダヤ人コミュニティーが挙ってフランス各地に投資しているという。
その中でも俺の領地であるベリー州やパリ、ヴェルサイユあたりでは新規事業の企画・運営を立ち上げている商人が多くいると聞かされた。
「我々銀行家としても経済が回りだしているのはありがたいことです。それまで低迷していた経済状況も改善の見込みが立ってきております、あの改革の原案は本当に王太子殿下ご自身でお考えになられたのですか?」
「ええ、まぁ……そんなところです。原案が出来上がってからランバル公妃やハウザー氏など改革に賛同してくれる方々と修正をしながら今の形にしたのです」
「おお、そうだったのですか。いやはや、これは私が思っていたよりも王太子殿下は相当先を考えておられますな……このジャック、感服致しました」
ネッケル氏は頭を下げるほどだ。
いやいや、俺はそこまで大したことしていないからね?
特権者が納税回避するために高等法院でゴタゴタされるようなことは嫌だったので国王陛下代理としての権限をフルに行使しまくっただけだ。
国を豊かにするために投資や改革は必要不可欠だ。
「経済が良くなれば国民も豊かになる……この改革はいわば富国推進制度でもあるのです」
「私も改革案を見た時にピンときました……では、王太子殿下はこれよりもさらに改革をするというのですか?」
「ええ、まだまだ改善すべき点などもありますが……10年後を見据えた上で改革を行う予定ですよ」
「じゅ……10年後でございますか……?」
「はい、その為にネッケル氏をこの場にお呼びしたのですよ」
「わ、私を?」
ネッケル氏はすこしだけ困惑しているような雰囲気だ。
一応これからスカウトすることになるんだけどね。
貴族や聖職者が反発しようが構わない。
財政を変えて貰うためにはネッケル氏の税収システムを取り入れる必要がある。
だから、俺は思い切ってネッケル氏に言った。
「今度貴方の手腕を生かして財政長官の任に就いてほしいのですよ」
「……わ、私を財政長官にするおつもりなのですか?」
「ええ、貴方は市民にも人気ですし、何よりも実績がある。投資能力、経営手腕からして十分に財政を任せられると判断したのです」
「……しかし、私のような貴族や聖職者でもない者がそのような地位に立っても良いのでしょうか?」
「確かに貴族連中は不満に思うかもしれませんが、フランス王国の経済を良くするためには貴方の力が必要なのです」
ネッケル氏の協力は今後のフランスの事を考えれば必須だ。
ネッケル氏も20分ほど考え抜いた末に、財政長官に任命される事を承諾してくれたのであった。
事実上の財務総監としてだ。
ただし、条件付きではあったけどね。
「どこまでできるかは分かりませんが、全力で取り組みましょう。ただし、条件として第三身分階級の者も入れて頂きたいのです。それから貴族や聖職者への課税に関する法整備を許可してくださいますようお願い申し上げます」
「なるほど……分かりました。貴族や聖職者への課税義務化はこちらでも草案で上がっていたのです。ネッケル氏の意見を大いに取り入れた上で改革を行う所存です」
「なんと……ありがとうございます、よろしくお願いいたします」
今日までに財政面における不安要素は殆ど無くなったといっても過言ではない。
あとは貴族・聖職者連中をどうするべきか考えていたのであった。
ちょいとばかし毒を仕込んでおこうかな。
後になって暴れだしたら困るしね。
というわけでネッケル氏との密談を終えた後、部屋に残ったハウザー氏を通じて国土管理局に指示を送るのであった。