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41:君には医者を送る必要がありそうだ

昼食を食べ終えてから向かったのはヴェルサイユ宮殿内にある部屋の一室であり、国王陛下の寝室のすぐ隣にある閣議の間だ。

青色っぽい染色が施されたテーブルカバーや椅子が特徴的な部屋だ。

これから行われる会議は大貴族との対立でもあるし、王太子である自分の意志を示す場でもある。

はきはきしていなければあっという間に空気に飲まれてしまうだろう。

なので俺は昼食を食べ終えてから10分ほど個室で仮眠を取って頭をスッキリさせた状態で大貴族との対談をはじめる事になった。


閣議の間に到着すると、すでに対談相手の大貴族が待機していた。

おっとりとした見た目をしている人物を中心に、三人ほどの取り巻きが囲んでいた。

なるほど……彼がフランス王国において国土の5%あまりの土地を保有している国内有数の大貴族の息子……オルレアン家の次期当主、ルイ・フィリップ2世だ。

俺はこの人嫌いなんだよね……でも今はそんな事いっている暇はないので手短に挨拶は済ませよう。

営業スマイルを維持しながらフィリップ2世に近づいて俺は握手を交わした。


「これはこれは、わざわざヴェルサイユ宮殿までお越しくださってありがとうございます」

「いえ、こちらこそ王太子殿下との会談を取り付けてしまって申し訳ないです。しかしながらどうしてもお話したい事がございましたのでやってきました」

「それはそれは……では話をしちゃいましょうか。何か飲みたいものはありますか?」

「いえ、先程までコーヒーを頂いておりましたので大丈夫です」

「そうですか……」


何かとこの人とは反目してしまうな……。

それもその筈。

このルイ・フィリップ2世はアントワネット妃を中傷しまくってフランス革命時にちゃっかりと革命側に立って王族関係者を裏切った卑怯者だからだ。

ブルボン家の分家の一つである王位継承を狙っていたとも言われているが、進歩的な貴族や革命派、さらにパンを求めていた市民たちを言いくるめて革命を助長させた詭弁性は非常に危険でもある。


(この人が来たってことはロクなことじゃないよね……)


嫌な感じになるし、おおよそ考えられる予測としてはフィリップ2世は俺の改革案に反対するために、わざわざヴェルサイユ宮殿までやってきたようだ。

おっとりとした顔立ちとは裏腹に、開幕第一声からフィリップ2世は改革案に反対する声明を強い口調で出した。


「では、失礼ながら言わせていただきます……王太子殿下が主導して行っているブルボンの改革とやらですが……我々貴族の事をなんだと思っているのですか?ユダヤ人の移住と信仰まで保障するだなんて!お陰で私のお抱えの宣教師はカンカンになって怒っておりますよ!一体なぜあのような改革を突然公布なさったのですか!!!それに農奴解放まで行うだなんて……あれほど卑しい身分の者たちまでなぜ解放してしまうのですか!!!」

「経済の立て直しとフランス王国を救うために粛々と行っているだけです。これからのフランス王国では農奴やユダヤ人の力が必要になります。改革は今後の経済状況に合わせる為でもあるのですよ。改革の公布の際に説明もしたはずですが……」

「ええ、説明は理解していますとも!……それでも、それでもフランス王国内ではカトリック教会を中心に王室に対する批難の声が聞かれますぞ!!!おまけに農奴を沢山雇っている複数の地主から私は泣きつかれて困っているほどなのです!!!」


フィリップ2世は不機嫌そうに言葉を吐き出していく。

要は自分達の利益が減るのが気に食わないのだろう。

心理学の授業では相手を批難する時は自分の意見を反映させるために、自分の意見をあたかも第三者から言われたように語る傾向があると教わったな。

フィリップ2世の喋っている言葉はまさにそれに当てはまる。


国土の5%にあたる膨大な土地を保有しているだけあって、オルレアン家が有する土地にいる農奴の数もそこそこいる。

当然彼らを雇っているのはオルレアン家の配下となる地主達だ。

3年後を目途に農奴解放政策を実施すると宣言しているので、農奴を使った農業が上手くいかなくなる可能性があるのだろう。


解放農奴を上手く扱いきれずに事業所として成り立たなくなれば、地主達はあっという間に倒産してしまう事になる。

そうなれば自分達の懐に入ってくる税収が減ってしまうことに繋がるからね。

甘い汁が吸えなくなったら暴れだすか……。

内心ではオルレアン家断絶してもええんやで?と脅迫してやりたいぐらいだが、ギュッと堪えてフィリップ2世に農奴解放とユダヤ人への寛容令の重大性の説明を行う。


「いいですか、すでにフランス王国の経済は危機的状況が続いているのです。このままいけば国内の情勢不安が増してしまうリスクが高すぎるのです。情勢不安から暴動、さらには革命でも起こったらそれこそフランス王国にとって取り返しのつかない事態になるのは目に見えています!そうしたリスクを減らす為に短期的には赤字が出ても、長期的にフランス王国の利益になるのであれば、私は農奴だろうがユダヤ人だろうが受け入れますよ」


これから導入されていく産業を上手く活用しなければ確実に革命が発生してしまう。

学に疎い市民であれば口達者な奴に扇動されてしまうのは目に見えている。

特に空腹だったり将来に絶望している人間であればどんなことでもやってのけてしまう。

そうした人間を可能な限り生まないようにするために改革に着手したんだ。

だが、フィリップ2世は頑として譲ろうとはしない。

そればかりか俺の改革を面と向かって罵り始めたのだ。


「そんな事はペストが蔓延している場所に飛び込むような自殺行為ですぞ!!!赤字が一時だと思っても回復しない場合はそのまま倒産してしまいます。国王陛下は浪費癖がお強い人です。国王陛下のつもりに積もった財政赤字はそうそうに改善はできますまい。いくら王太子殿下が指揮をとっても無理だと私は断言いたします!!!!」


さらっと国家元首を侮辱しながら責任を俺に押し付けようとするなんてこの人は大したものだと思わず感心してしまった。

とにかくマイナス面だけをたたき売りにしているような言い方だ。

フィリップ2世や取り巻きの連中には自信があるのだろう。

かなりにこやかでこちらを挑発するかのような表情で見てきている。

ハハッ、堂々とした反抗的精神……やりますねぇ!!

会議は序盤から波乱の展開になっていくのであった。

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