39:届かぬ想い
……
私は今、オーギュスト様の鼓動を感じております。
ドキドキと……心臓の音が聞こえてきます。
いつも私の事を抱きしめてくれるのはオーギュスト様だけです。
暖かくて……それでいてこれほどまでに誰かを求めたくなるような熱い鼓動が私の心の中にまで入り込んでくるのです。
最初に初めて会ったときは、少々突飛なことを話す人だと思っておりましたが、話をしていくうちにオーギュスト様がフランスの民の事を考えている事に気づかされました。
フランスの経済状況がマズイ事なのは私も十分に承知しておりました。
ですが、オーギュスト様はこれらを全て改善したいとおっしゃいました。
井の中の蛙大海を知らず……。
そんな東洋のことわざのように、私はオーギュスト様と話をした事で知ってしまったのです。
未熟者は自分自身だったのだと……。
私は婚約の件でオーストリアから離れるのがとても嫌でした。
辛く、鬱々とした日々をこれから過ごしていくのかと内心緩やかな曲線を描く下り坂を降りていく気分だったのです。
そして、私を幸せにしたい。
力を貸してほしいと手を差し伸べていただいたとき……。
私の心で溜まっていた緊張が一気に解けてしまったのです。
張り詰めていた自分自身の想いが涙となって流れていきました。
その涙を受け止めるようにオーギュスト様は私を抱きしめてくれました。
ああ、暖かい。
お母様のように暖かい温もりをその時に感じたのです。
それからは、私はオーギュスト様の為に尽くすことを誓ったのです。
未熟で……それでいてワガママな自分を正そうと少しずつ努力を重ねました。
オーギュスト様もそれを理解していたみたいで、私と一緒にお勉強をするようになりました。
ウィーンにいた時はあれ程嫌いで集中できなかった勉強が、オーギュスト様と一緒に学ぶだけで理解出来るようになったのです!
思わずお母様に送る手紙にも書いてしまう程でした。
さらにオーギュスト様は私の為に昼食を作ってくれた上に、ヴェルサイユ宮殿のお庭でピクニックと称してご飯を一緒に食べると、いつになく心が透き通っていく気持ちで満たされていきます。
オーギュスト様が作って下さる食事は簡単なメニューが多いですが、その代わりにどれもシンプルながら美味しいものを沢山作ってくれます。
最近では国王陛下から料理の作り方などを学んでいるそうです。
こんなに、男性の方で一緒にいて素敵な気持ちになれるのはオーギュスト様だけです。
オーギュスト様と一緒にいるだけで、気分はどんどん高揚していくのです。
真新しいドレスや煌びやかな宝石の誘惑も、オーギュスト様の前には敵いません。
いつまでも一緒にいたい……そう想ってしまう程に、私の心はオーギュスト様によって埋め尽くされてきております。
嫁に来る前はあれ程嫌いだったデュ・バリー夫人も、オーギュスト様の説明を受けたお陰で彼女に対する印象は改善しました。
ですが、デュ・バリー夫人とはあまり話さないままで終わってしまったのは少々残念でした。
もし夫人が生きていれば色々と教えて貰えたのかもしれません。
オーギュスト様はいつも挨拶を欠かさない御方です。
私だけでなく、随行員の方や侍女、そして目下の者にも声掛けなどを行っているのです。
本来であれば気にもかけないような人でも、オーギュスト様は進んで声掛けをしており、一度なぜ声掛けをするのか尋ねた事があります。
「それはね、上に立つ人は部下の管理もしっかりと見なきゃいけないからだよ。直属でなくても働いている人が苦しんでいたり悲しんでいたりするのは見ていて辛いからね……だから進んで声掛けをしているのさ」
オーギュスト様の持論は、例え直属の部下でなくても報告や行動、そして仕草でおおよその状態が分かってくるとのことでした。
オーギュスト様の気さくな心掛けによって、少なくともヴェルサイユ宮殿ではオーギュスト様への評価はとても良いです。
そうした小さい事の積み重ねがオーギュスト様の素晴らしい人柄を表しているのだと直感で感じ取っております。
今日もまた……。
そのオーギュスト様と共に抱擁して眠っています。
オーギュスト様は抱擁以上の事をしようとした事はありません。
曰く、身体が成熟する頃合いが18歳ぐらいだからと仰っていたからです。
なので、今からあと最低でも3年間……これ以上の事が出来ない事だけが残念です。
どうしても身体が求めようとする時があるのです。
自分自身でその事を理解はしています。
あまり早くに初夜を迎えてしまっても赤子が死産したり未成熟な状態で生まれて命を落としやすいと、オーギュスト様は去年発行されたばかりのフランス・アカデミーで収録された医学書の本などから引用して私は説明を受けました。
「アントワネット……もしかしたら欲求不満で色々と気持ちが溜まってしまうかもしれない。その時はどんなに些細な事でも構わないから吐き出してもらえないか?」
「気持ちを……ですか?」
「そうだ、俺たちは若年ながら夫婦になった。でも、まだ人としては成熟に達していないんだ。あと3年で少なくとも肉体的に成熟期を迎えるんだ。その時に、君との初めてを交わろうと思う」
「では、私が18歳になった日に……私を……?」
「ああ、だからその時まで待っていてくれないか?18歳になったら君を妻として……夫婦の責務を果たそう」
責務……。
18歳になった時に、その役目を果たせるかもしれません。
まだまだ私は未熟者です。
ですが、それでもオーギュスト様のお役に立ちたいです。
フランスを、そして故郷のオーストリアとの友好の架け橋になれるようにしていくつもりです。
いずれ子供を作るときまで……こうしてオーギュスト様と一緒に抱擁する事が、互いの距離が縮まっていく感じを体感していきます。
オーギュスト様の優しさと想いを一つにして、私は今日も暖かい抱擁で心を安らかにして朝を迎えるのです。