35:チョコレートは飲み物
以前付き合っていた女性からバレンタインデーに渡された業務用チョコ4キロ分の重さが忘れられないので初投稿です。
ちなみにチョコは一か月かけて食べました。
小トリアノン宮殿から徒歩3分の場所に周囲を整備された草木が生い茂っている場所がある。
この辺りは愛の殿堂が立っているあたりだろうか……。
でも今は1770年なので愛の殿堂は無い。
あれが建設されたのはアントワネットがルイ16世に小トリアノン宮殿を与えられてから数年後の1778年頃だったはずだ。
それでもこの辺りは庭師の職人によって徹底した管理が成されている。
今日はこの辺りで昼飯といこうかな。
「久しぶりに天気もいいですし、今日は晴れて嬉しいですわ」
「そうだね。昼食も出来上がっている頃合いだろうし、それまで景色でも眺めてのんびりしようか」
「はい!」
芝生の上に大きな布を敷いて、その上に座る。
コンクリートみたいにカチカチではなく、芝生特有のもっさりとした感触が伝わってくるのがいいね。
ここ最近は雨だったり曇りの日が多かった。
冷夏ではないらしいが、それでも7月にしては少し肌寒いと感じる日もあった。
でも今日は7月並の陽気らしく、日差しが照り付けて温度もドンドン上昇している真っ最中だ。
なので日よけ傘を置いてから芝生の上でゴロンと寝っ転がっている。
「やっとこれで一区切りつけるよアントワネット……。思っていたよりも大変だね……」
「オーギュスト様のおかげで混乱は収まりましたわ。それに、今日お会いしたランバル公妃も綺麗で礼儀正しいお人ですわ」
「そうだね。ランバル公妃は誠実な人で有名だからね。君へのサポートもしっかりやってくれると思う」
「ええ、今度ランバル公妃と一緒に食事をしようと思うのですがいかがでしょうか?」
「いいね!彼女は今日はどうしても外せない予定があるみたいだから見送っていたけど今度のお昼時からそうしようかな」
ランバル公妃も食事に誘ったのだがやんわりと断られてしまった。
「本日はおなかの調子を整えたいのでお食事は控えさせていただきます」
……と、申し訳なさそうにしていたが、実際には俺とアントワネットの水入らずの食事を邪魔しないように気を遣わせてしまったらしい。
なので今度からはアントワネットも一緒に誘っておけば来てくれるだろう。
今日はこれからは大きな予定はない。
久しぶりに水入らずというわけだ。
そのこともあってか随行員さんや侍女さんも俺に気を遣って離れた場所で待機している。
なので彼らのご厚意に感謝して仕事が終わった後の解放感を満喫しているのだ。
(夏の空気はうめぇなぁ……芝生の香りが何とも爽快だ!)
芝生の上(正確に言えば布の上になる)で寝転がるのは気分がいい。
夏場はけっこう暑い感じになるけど、それでもアスファルト舗装された場所とは違って日光が反射するわけでもなく、芝生が太陽からの熱を吸収してくれるので芝生の上は程よい熱さで済んでいる。
おまけに日よけ傘のお陰でポカポカと身体が温まり気持ちが良くなってきた。
おまけに隣にアントワネットも一緒になって寝転がっているんですよ!
いや~これは王太子だけに許された特権ですわ!
あぁ~アントワネットの寝転がっている姿で癒されるぅ~!
気力がドンドン上がってきているような感覚だなぁ。
……そこに何やら食欲をそそるようないい香りがしてきた。
皿に蓋をして持ってきたのは食膳係の人だ。
そして後ろにはミニテーブルを持っている人もいる。
「お待たせしました王太子様、王太子妃様、昼食でございます」
料理係の人がせっせと持ってきてくれたのはあっさりとした昼食のメニューだった。
キュウリやトマト、それに茹でたトウモロコシを蒸した鶏肉の上に乗せて、酢と油を混ぜ合わせたヴィネグレットソースで味付けした料理だ。
酸味も効いているし、なにより夏野菜をふんだんに使っているのが素晴らしい。
「まぁ!私の好きな鶏肉ですね!」
「胸肉のあたりだねぇ~あっさりしているから食べやすいと思うよ」
「野菜もふんだんに使っているので見栄えもいいですわ!」
ポンポンとミニテーブルを布の上に置いて、フォークとナイフを置けば昼食の完成だ。
それでもってこの時期は夏バテしやすい季節。
そんな時期に栄養価値の高い飲み物を係の人が汲んでくれたのだ。
それがこのショコラだ!
ショコラはフランス語でチョコレートの意味だが、18世紀では固形物じゃなくて飲み物として飲まれていたんだ。
この時代は物が直ぐに届くような時代ではないからカカオの値段もかなり高めだった。
それでもって極めつけなのがこの濃度にある。
この時代ではショコラ、ショコラと連呼されているが、これからはあえて俺の知っている言葉でココアと言わせてもらう。
このココア……めちゃくちゃ固形物なんだよなぁ……。
もう本当にドロドロに濃いんだよ!!
甘い上に濃い!!これでも牛乳を足しているみたいだけどそれでも濃い!!
フォークで混ぜようとしたらフォークが突き刺さるぐらいにはカカオ成分マシマシレベルで濃いです。
最初見た時、あまりにも濃すぎてアントワネットの前で噴き出しそうになりました、ハイ。
砂糖とかがふんだんに入っている現代の粉末ココアならコップ一杯に対して大さじ10杯分ぐらいは入れたんじゃないかと疑うレベルで濃い。
まぁショコラは食後に飲む感じかな。
食事を食べ終わった後に胃薬飲むみたいなノリでこの時代では貴族や裕福な平民を中心に飲まれている。
栄養もあるし、なにより砂糖が入っていないブラックチョコレートならコレステロール値を抑えることができるみたいだしね。
あながち薬という表現がされていたのも間違いではない。
「アントワネットはショコラが大好きなんだねぇ~」
「ええ!!ショコラを飲んでいると病気になりにくいと聞きますので毎日飲んでいますわ!!」
「そうだね、ショコラは砂糖やバター油を入れるのを控えめにすれば健康にいいみたいだしね」
「そうなのですか!でも、あまり苦いと牛乳で薄めても辛そうですわ……」
「確かに、でも砂糖よりは牛乳で薄めながらゆっくり飲めば大丈夫だよ」
濃度がスゴイことになっているショコラを横目で見ながらも、俺とアントワネットはヴィネグレットソースで味付けした蒸した鶏肉の夏野菜和えを食べることにしたのであった。
参考文献
『マリー・アントワネットは何を食べていたのか ~ヴェルサイユの食卓と生活~』
著者:ピエール=イヴ・ボルペール
訳者:ダコスタ吉村花子
出版:原書房
2019年6月21日 第1刷