33:改革の剣
改革案……。
これを近いうちに実行しなければフランス王国は死にます!
文字通り、革命が起きて恐怖政治による独裁政権へと変貌を遂げていくフランスに。
そうならないようにしたうえで、史実以上の繁栄を謳歌するためのプランだ。
名付けて「ブルボンの改革」の改革案をまとめた詳細内容であった。
この詳細内容は他の貴族、果ては随行員にすら見せていない代物でもある。
なにせ、かなり衝撃的な内容の数々だからね。
ざっと大まかに分けてこのような内容である。
~ブルボンの改革~
- 1か月以内に公布・施行 -
1・宮殿内における使用人の大規模人事異動・整理(1773年から1775年までに完遂する予定)
2・ユダヤ人に対する寛容令並びに、国内での定住・市民権を認可
- 年末までに公布・施行 -
3・農奴制の廃止、及び農地改革の実施
4・特権階級者(貴族・聖職者)における犯罪行為の罰則強化
- 2年以内に公布・施行 -
5・蒸気機関などの新技術を使った近代化産業の導入
6・冷害にも強い食物の輸入並びに栽培・育成促進
- 3年以内に公布・施行 -
7・飢餓に備えた備蓄食料の確保
8・教育機関の充実化
9・科学的医療行為の推進
10・それに伴う非科学的なオカルト類に属する医療行為の禁止
- 5年以内に公布・施行 -
11・下水道の整備、並びに汚水買取システムの導入
12・蒸気機関を応用した機械産業区画の整備
- 10年以内に公布・施行 -
13・極東アジア地域への経済進出
ざっとこれらの項目を1780年頃までに完成しておきたい。
上3つ目までは近日中に施行される手筈となっており、最低でも上から6番目まで実行すればフランス王国は最低30年ぐらいは安泰だろう。
そのために上から短期的~長期的に時間が掛かるものに区分して記載してやったぜ。
これらの改革案を見て最初に驚いたのはヨーゼフ氏であった。
「こ、これを王太子様は実行するおつもりですか?!」
「10年かけて行う予定です。上から2つ目までの項目は近日中……遅くても一か月後には法整備を行って国王陛下の承認の下で効力を持つようになります。つまり、今日の国土管理局の設立はこれらの2項目を迅速に施行できるようにする為に行う必要があるのですよ。その為に俺は腹をくくっているのです。」
「いやはや……話をお聞かせ頂いていたとはいえ、いよいよこれを実行に移す時が来たのですね」
「正直な話、まだ3年ぐらいは大丈夫かと思っていましたが思っていたよりも国王陛下の体調が芳しくないので早急に施行する必要性が生じたのです。ヨーゼフ氏にはこれからも頑張って頂きますよ」
「はっ、王太子様のご意向のままに……」
ヨーゼフ氏も、上2つを一か月後までに施行する事を目指している事にびっくりしているようだった。
ヴェルサイユ宮殿はアデライードの事件以降、人員削減と警備強化の為に人数を減らした上で一般人の立ち入りを制限している状態だ。
そもそもあの宮殿に末端含めて4000人は多すぎる。
数が多すぎる上に彼らに化けた窃盗団による犯罪まで多発している現状ではキリがないので、無駄すぎる人員の経費は削ってしまおうと考えた。
例として挙げるなら食事・配膳係は水を汲む人、食器を揃える人、食器に具材を盛りつける人、王の食事が始まることを合図する人等々……本来なら多くても3人程度で済むような仕事を8人以上でやっている。
おまけに彼ら使用人の住んでいる住居は高額な家賃設定をされていてかなり劣悪な環境に置かれているのだ。
給料の3分の1から半分以上を家賃で失っている状態なので、めちゃくちゃ可哀そうだ。
こうした状況ではモチベーションも発揮しないし、ハッキリ言えば人数・金の無駄遣いでもある。
マジで。
それに仕事内容もかなり細分化されてしまっているので、逆に他の人の仕事を奪わないかと大きく気を遣ってしまっているのだ。
仕事内容を統合化した上でヴェルサイユ宮殿で働く使用人の数を4000人から年末までに1000人に削減し、削減されてしまう3000人については引っ越し費用などを補填した上で、国主導の新しい仕事を取り扱うようにする。
ただし、これに関しては3000人の宮殿に仕えている人間を一斉に首切りにしたら猛反発が起こるのは必須だ。
なので、一年間で300人から500人前後と段階的に数を減らしていくんだ。
少しばかり余力がある程度まで減らしておくので、1000人はあくまでも目安だ。
もしかしたら1300から1500人前後になるかもしれない。
そこは今後の調整や使用人達への説明をしっかりと行うつもりだ。
新しい仕事は既に確保しているから段階的な転職もしやすいだろうしね。
彼らの仕事を奪うのではなく、より質を高くして意識向上のためにこの異動と整理を行うのだ。
逆に警備体制を強化した上でヴェルサイユ宮殿や政府関連施設の守りを固めるつもりだ。
鉄壁のディフェンス並みに固く守らねばならない。
改革案を見ていたランバル公妃は俺に恐る恐る質問を行った。
「王太子様、3番目の農奴制を廃止というのは具体的にどのようなことを実行するのですか?」
「農奴は自由に住居を移動したり転職することが禁じられているんだ。だから自分達で住みたい場所に移住したり、職種に就かせることを推進するんだ」
「……しかし、それでは大勢の農奴を雇って荘園を保有している貴族や聖職者が反発するのでは?」
「勿論、農奴制を廃止にする事への見返りとして、改革が施行されてから2年間までは事業所の地主に対して他の土地に移住を希望する小作人分の補填制度や移行期間中は免税などの優遇措置を設けるよ。その後で地主……荘園主が事業所として土地を十分に管理できないようであれば土地を国が買い取って小作人に安価で提供するつもりだ」
あと封建制度でまだ残っていた農奴制はとっとと廃止する。
農奴制は農奴として生まれた人間はずっと生まれた地で定住していなければならない等、制約も多く文字の読み書きすら出来ないなど教育が不十分のままであった。
蒸気機関を要する産業を使って国力の底上げを行いたいだけに、こうした障壁はすぐにでも取り除きたい。
なので農奴制を廃止する事を公言し尚且つ速やかに実行に移す。
というか移します(決定事項)
封建制度で荘園を営んでいる地主に対しては、事業所としてやっていくことになる。
事業所は小作人を雇い入れる事もできるが、生産性に応じてしっかりと国が定めた賃金を支払って彼らが転職や転住を希望している場合にはこれらを妨害してはならないようにするのだ。
農奴、いわゆる貧しい農民として区別される小作人は日本よりヨーロッパのほうが悲惨な扱いであった。
なのでそうした問題を解決するためにこれは思い切ってやる。
無論、今まで好き放題に税の取り立てを行っていた彼らには国から定められた税金以上の取り立てを禁ずる法案整備も同時に行う予定だ。
戦後GHQが行った日本の農地改革制度とは異なり大規模な土地の所有を許される地主にとってまだ温いかもしれないが、権力などを振りかざして小作人などに無理強いを行う場合は警察による強制捜査を行い土地を没収することも検討している。
事業所となった以上、例え貴族や聖職者だろうが横暴でいい加減な管理は許されない。
また、小作人も事業所の従業員として働くことになるが本人の意志で移住や職業の転職を可能にしている。
しかし、農作以外でノウハウや知識もない者をいきなり受け入れても失敗してしまうリスクが高い。
そこで都市部でもそうした元農奴や小作人が転職をスムーズに行える為の職業訓練校に準ずる学校をパリを中心に3つ、今年中に開校予定だ。
「これからの時代、農業や手作業による商工業だけでなく機械を大々的に使った工業産業が飛躍的に活躍するようになる。そうした時に知識人や技術者の確保が必要になってくるんだ。その為にもユダヤ人の協力は必要不可欠だ」
「以前オーギュスト様がおっしゃっていた”産業文明時代”に入った際にフランスが他国に遅れを取らないために必要な事ですね……」
「その通りだアントワネット。確かに、彼らには莫大な富を築く者が多くいる上に勉学も勤勉な者も多いんだ。それだけ教育が行き届いているともいえる。だから俺は良い所は民族の壁を越えて取り入れようと思うんだ」
その農奴制廃止に先駆けてやるのがユダヤ人の寛容令だ。
これをしなければヨーゼフ氏も国土管理局の設立に協力しなかっただろう。
ユダヤ人の迫害を禁じ、国内への移住や市民権を保護し認可する。
これだけでも欧州各地のユダヤ系資本をフランスに招き入れることが可能になる。
潤沢な資金力を保持しているユダヤ人が移住してきて、国内の経済を推し進めてくれればそれだけでも国内の経済状況は改善するだろう。
経済状況が改善すればフランスへの信用も戻ってくるので投資や通貨の価値も高くなる。
それに工業産業を促進させるにも資金が必要だ。
彼らなら、この先進的な産業の実用性をすぐに見抜いてくれるだろう。
何かとファンタジー小説では軍隊面や戦闘力にリソースを割り振っている描写が目立つが、俺の場合は民衆の支持と経済状況の回復から真っ先に取り組んでいくつもりだ。
いやぁ……なんか王太子として転生して以来、今回すっごくまともに仕事しているなと思っている。
ランバル公妃やヨーゼフ氏も改革案を支持しているし、長期的な改革に関しては修正や訂正などが入ってくるかもしれない。
改善すべき箇所があればそれで補うが、それでも改革をやるという意思表示は極めて大事だ。
これからが正念場だと思ってもらっても過言ではない。
アントワネットと幸せに暮らす為、そして史実のような革命を引き起こさない為にも実行に移せるものはドンドンやっていく。
国土管理局の設立20分前まで、俺はアントワネット、ランバル公妃、ヨーゼフ氏と改革について語っていたのであった。