32:欠かせない歯車
午前9時30分、俺とアントワネットは小トリアノン宮殿で行われる「国土管理局」の設立並びにそれに伴う政治改革の事前打ち合わせを行うために移動していた。
移動するために大勢の守衛が俺とアントワネットを守る為に囲むようにして歩いている。
国王陛下暗殺未遂事件があってから、守衛やヴェルサイユ警察もピリピリとした緊張感をもって仕事に励んでいる。
SP仕事してくれていて良かったわ。
何と言っても、この国土管理局の設立こそが革命を防ぐために重要になってくるんだ。
いわゆる防諜組織としての役割を担うわけだしね。
それに、この組織設立にも莫大な資金が掛かっている。
その資金を提供してくれた重要人物は既に小トリアノン宮殿の応接室で待機しているようだ。
小トリアノン宮殿に到着すると、こじゃれた建物が立っていた。
外観から見れば二階建てのオフィスビルみたいな感じだが、中身は立派な屋敷そのものだ。
元々ルイ15世が愛妾ポンパドゥールの為に作ったのだが、完成する前にポンパドゥールは亡くなったのでデュ・バリー夫人が所有していた建造物だ。
史実だとアントワネットが疑似農村集落「ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ」を建造し、そこで野菜や動物を飼育して心安らかなひと時を過ごしていたようだ。
確かにこの辺りなら農園としてやっていけるかもね。
でもどうせなら
王太子、王太子妃のお墨付きシールでも張りつけて売ればそれだけで儲けるだろうし、何よりも農園として機能すればそれだけでも研究材料にはなる。
だから国民から無駄遣いと言われるようなことは無い。
研究と実験は科学を発展させるうえで必要なコストでもある。
無駄遣いだからと経費削減され、堤防やら科学研究費を次々とカットされた結果痛い目にあった未来の日本の二の舞だけは避けたいものだ。
ただし、ヴェルサイユ宮殿の使用人が4000人以上いるのは流石に多すぎだ。
これだけは使用人の数を減らすぞ。
ヴェルサイユ宮殿は宮殿内だけでなく一般人の立ち入りを制限する事になった。
最終的には必要最低限ではなく使用人の休日を含めて十分に業務を回していける人数……約1000人前後に縮小する予定だ。
うーむ、これでアントワネットの心が安らかになれば一石二鳥、いや一石三鳥、もしかしたら四鳥になるだろう。
アントワネットはこうした場所で落ち着くのが好きだったみたいだしね。
「この辺りは落ち着きますわね……ヴェルサイユの中でも静かで気持ちがいいですわ」
「そうだねぇ……こうした静かな場所でランチをするのもいいよね。また今度時間が空いた時にここでランチでもしよっか」
「ええ、その時は私がお菓子を振る舞って差し上げますわ!」
「やったぜ!(勝利のガッツポーズ)」
と、こんな感じでアントワネットの印象はとても良かった。
デュ・バリー夫人が亡くなった後、一週間ほど時間を掛けて夫人の私物などを片付けて小トリアノン宮殿はこじんまりした雰囲気となっているのだ。
宮殿の中に設けられたサロンには既に二人の来客が来てくれていた。
俺とアントワネット、そしてフランスの未来を担ってくれる重要人物だ。
一人は顔立ちが美しく、優しいおおらかな目をした女性。
もう一人は舞踏会の時に会話をした初老の男性だ。
「お待ちしておりましたランバル公妃、ヨーゼフ・ハウザー氏」
「「王太子殿下!!!」」
「二人共、大丈夫ですよ。そのまま楽にしていてください」
……と言っても、やはり条件反射なのだろうか名前を呼ばれた二人は直ぐに起立して俺たちに向かって礼をしてきた。
二人とも膝をついて忠誠すら誓っているほどだ。
手前まできていた守衛に下がるように命じてから、部屋の中は四人だけとなっている。
四人で囲むようにテーブルに座って対面する事になる。
「アントワネット、紹介しよう。こちらの方はランバル公妃、マリー・ルイーズさんだ。とても純粋な人で俺が女官長として君の傍に就かせたいと言っていた人だよ」
「王太子様、王太子妃様、改めましてマリー・ルイーズと申します。以後、アントワネット王太子妃様の女官長としてお勤めさせて頂きます。何卒お見知りおきを……」
「ええ、ランバル公妃の事は耳にしておりますわ!これからもよろしくね!」
「はい!こちらこそ宜しくお願いします!」
アントワネットはランバル公妃と挨拶を交わして二人と対面させることができた。
彼女はとても真っ直ぐな人だ。
ランバル公妃と対面させたアントワネットは直ぐに愛嬌ある挨拶を交わして早速二人の距離が縮まってくれたようだ。
あぁ~後世に写真として残したい笑顔だ!
そんでもって隣にいる初老の紳士!!!
この人こそ、国土管理局設立の為に急ピッチで資金などを確保してくれた人物だ。
いわばフランス救国の父として個人的に名前付きの称号を授与したいぐらいに重要視している。
彼は史実では一宮廷商人だったが歴史の陰に埋もれた無名の商人だった。
そんな陰にスポットライトが届き、彼の支援無くしてはこの国土管理局の設立は不可能だっただろう。
「こちらにいる方はヨーゼフ・ハウザー氏だ。以前舞踏会で見かけたと思うが彼は大商人だ。そして彼のおかげで国土管理局が無事に設立することが出来たんだ。彼には経済界部門で活躍してもらう予定だよ」
「ヨーゼフ・ハウザーです。王太子殿下にはいつもお世話になっております。何卒マリー・アントワネット様にもお見知りおきを……」
「よろしくお願いしますわ!ところで、ヨーゼフさんのお生まれはどちらになりますの?」
「……オーストリアのインスブルックでございます。30歳の時からフランスで宮廷や大貴族様を中心に商売をさせていただいております」
「まぁ!じゃあ私と同じオーストリアから来たのね!オーストリアは今どんな感じかしら?」
「いつになく平穏でございます。アントワネット様」
アントワネットも中々攻めた質問をしたねぇ……。
ちょっとヒヤッとしたぞ。
ヨーゼフ氏はオーストリア出身だ。
ただ、オーストリア出身でもオーストリア人ではない。
正確にいえば彼はユダヤ人だ。
商人であった父の家督を受け継ぎ、オーストリアやフランスで宝石や美術品を取り扱う貿易商として彼はそこそこの名声を手に入れていた。
宮廷商人として王室や大貴族向けの高級品などを売買していた彼だが、俺の方から偶々声を掛けて話をしたところ気が合う人物であった。
とにかく話上手であり、何よりもフランスの経済を熟知していた。
大商人ということもあって、その人脈と情報網は決して無視できない程だった。
そこで俺はこの人に思い切ってフランスにおけるユダヤ人の解放政策について話をすると涙を流しながら協力すると言われたのだ。
この時代においてユダヤ人はゲットーと呼ばれている隔離された地区での生活を余儀なくされていた。
ただ全てのユダヤ人がそうだったわけではなく、富を築いた商人や金融関係者などはゲットーから外で暮らす権利などを与えられたり、貴族だけでなく王室にも金を貸すほどの資金力があったのだ。
第二次世界大戦においてアドルフ・ヒトラー率いるナチス政権が行ったユダヤ人迫害政策のように、ユダヤ人そのものを根絶するほど過激ではなかったが、この時代でもユダヤ人は迫害されて当たり前の時代だった。
そうした時代の下地があったからこそ、ナチスが欧州で支持され台頭したのだろう。
そこでだ。
ユダヤ人が迫害されないように彼らの信仰を認める寛容令を発令しようと思うのだ。
ルイ16世も1787年頃にこれを行ったのだが、あまりにも時期が遅かった。
なので史実より17年先取りして国土管理局の設立と同時に改革でやってしまおうというわけだ。
ついでに農奴解放もセットメニューで追加して事実上の奴隷制度の廃止もパパパッとやるつもりだ。
一応ほぼ寝たきり状態の国王陛下に政策案を伝えると「お前に任せる」の一言で承諾を得ることができた。
国王陛下も承諾したし、このまま押し通すつもりだ。
俺は司会進行役として3人に改革案を提示した。
「では、設立まであと1時間30分ほどですが事前にどのような改革をするのか……ここにいる者だけにお見せしましょう」