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29:鏡の間司令部

午前5時22分。


ヴェルサイユ宮殿は朝早くから慌ただしい空気に包まれている。

それもそのはず、アデライードが乱心して国王陛下不予、愛妾デュ・バリー夫人死亡、そして俺も襲われたんだ。

まさに国の重鎮がいきなり襲われたらそうなるわ。

とにかく慌ただしくて人が右往左往している。


「アデライード派の者は全て捕らえたか?!」

「所在不明の者を除いてヴェルサイユ宮殿やその周辺にいた者は捕らえました!」

「王室の方々にはお伝えしたか?!」

「既に遠方にいる御方にも馬を使って第一報を知らせている所でございます!!」

「別室で待機している人達はどうだ?」

「はっ、皆様休まれております」

「そうか……彼らには簡単な軽食を出しておいてほしい」


俺は今、事実上の国家の最高責任者としての任を全うしている最中だ。

王の寝室はスプラッター映画さながらの惨事なので捜査班と現在懸命にルイ15世を治療している主治医たちを除いて部屋は封鎖状態だ。

そんでもってヴェルサイユ宮殿内にある鏡の間を臨時の司令室代わりとして活用しているというわけ。


椅子と机を持ってきてデスクワークだ。

アデライード派のリストなどを持ってくるように指示をだしたり、国内で大規模な反乱が起きないように軍に待機命令を出したりと大忙しだ。

鏡の間にいた人達の中で、アデライード派ないし彼女達に仕えたことのある人物数名を連行したけどね。


事が事だけにやむを得ないんだよなぁ。

鏡の間で俺はヴィクトワールからの証言を基に説明したんだよ。

『アデライードが乱心を起こして俺、ルイ15世、デュ・バリー夫人を殺害しようとした。俺は無事だったが国王陛下が重傷、デュ・バリー夫人がお亡くなりになった』とね。

その説明をしたらあちこちで悲鳴や驚きの声が聞かれたよ。

なんでそんなことになったんだって。

俺が聞きたいぐらいだよ……。


とにかく、これではっきりした。

本格的な警備体制の強化をしなきゃならんと心の底で思っていた。

一応、フランスには国家憲兵隊ジャンダルムリがこの時代にも存在している。

……が、あくまでも貴族とかお偉いさん方の逮捕などは国王陛下の命でないとできないし、何かと大貴族に対しては及び腰なんだよなぁ……。


貴族や大僧侶とか特権者階級による犯罪取締組織か……。

ゆくゆくは国土管理局の管轄下においておくか、いや国王代理の権限で即日中に組織の設立準備を始めよう。

この機に乗じて革命の火の粉が舞い上がって火災にでもなったら一大事だ。


鏡の間はまさに戦場のど真ん中にいるような雰囲気だ。

鏡の間の中は人々が行き交い、そして書類や物などが運び込まれていく。

大広間に運ばれていくのはアデライード派が所持していた武器類だ。

短剣に槍、さらにマスケット銃などが押収された。


その数大小合わせて90個以上。

これはあくまでもヴェルサイユ宮殿周辺で捜索して見つかった量である。

郊外などで探せばもっと出てくるだろう。

現代に持って帰ればコレクターズアイテムとして高値で取引されそうだ。


「オーギュスト様、お菓子とホットティーを用意いたしました」


デスクワークをしているとアントワネットがお盆を持ってお茶と焼き菓子を持ってきてくれた。

何か自分にも手伝えることは無いかと尋ねてきたアントワネットだったので、彼女に出来る仕事を割り振っておいたんだ。

彼女の熱い眼差しを差し込まれたら拒否はできぬのだ。

安全を確保した上で他の人達にもお菓子などを振る舞っているそうだ。

う~ん、それにしても仕事中にその甘い匂いは飯テロですねわかります。


「ありがとうアントワネット、このお菓子は……」

「はい、パウンドケーキです。侍女さんと一緒に作りました」

「マジか!!!」


思わず叫んでしまった。

アントワネットの作ってくれたパウンドケーキ!!!

この時代のパウンドケーキって手間とか凄く掛かっているから普通のケーキやパンに比べてべらぼうに高かったような気がする。

どうやら俺が寝込んでいた昨日のうちに作ってくれたそうな……。


というわけでアントワネットが作ってくれたパウンドケーキを味わって食べることになる。

朝早くから問題が起きて頭の中の糖分が不足していたところだ。

アントワネットが作ってくれたパウンドケーキを頂くことにした。

ふんわりとした食感と甘みが増したパンを食べたお陰で頭の中がスッキリしていく。


「どれどれ……うん、ふっくらしていて美味しい!!!砂糖と濃厚なバターの香りが最高だ!!!」

「本当ですか!お口に合って何よりです!」

「ありがとうアントワネット、紅茶のほうも美味しいよ!淹れ方が上手くなったね」


アントワネットの作ったパウンドケーキは文句なしの満点だった。

こんな非常時以外だったらゆっくりと食べれたかもしれないが、ささっと胃の中にぶち込んで腹の中を満たす。

こんな状況下でもアントワネットが彼女なりに役に立ちたいという一心で動いているのは嬉しかった。

彼女の焼いてくれたパウンドケーキは本当に身に染みて涙が出てきそうになる。


俺はアントワネットに改めてお礼を言ってから作業に戻る。

この事態を切り抜けたらまたお菓子作りを一緒にやろう。

そう思いながら国王陛下代理としての責務を全うするのであった。

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