27:7月1日
「国王陛下!!!直ぐに治療いたします!!!」
「早く非番の者も駆けつけてくるように命じろ!!!これは重傷だ!!!」
「夫人は……残念だが……」
主治医達が駆けつけてルイ15世へ治療を行う。
大量に血が飛び散っている寝室は唐紅に飾られている。
ここはB級スプラッター映画並にひどい場所になってしまった。
懸命に主治医たちが治療を行っているので、もしかしたら助かるかもしれない。
今後の回復力に期待するしかない。
ただ、デュ・バリー夫人はどうあがいても助からないだろう。
先程からずっと目が見開いたままで光がない。
もう彼女は亡くなっている。
せっかくアントワネットと良好な関係を築けた矢先にコレだ。
デュ・バリー夫人……貴方は俺が思っていたよりもいい人だった。
なぜいい人ほど早く死んでしまうのだろうか……。
世の中というのは理不尽なことが多すぎる。
「やるしかないよなぁ……」
そう、やるしかないのだ。
国王陛下代理として!
五次元ポケットがあったら入りたい。
ここまでカオス化しろと誰が頼んだ!!!
アデライードがここまでおかしくなるなんて思いもしなかった。
アレか?
歴史の修正力ってやつか?
それともアントワネットと和解させた結果こうなったのか?
白衣を着たマッドサイエンティストが介入でもしたのか?
だとしたらこのようなストーリーの道筋を立てた奴は相当ヒデェ思考回路をしているようだ。
……ここまでひどくなったのなら、これから先は俺のやりたいようにやればいい。
周囲にいる人間も、俺が国王代理として一時的に代表となる事を承認している。
やってやろうじゃないか!!
「王太子殿下!!!」
「殿下!!!ご指示を!!!」
「殿下!!!」
うーん、俺は人気者だなぁ……(白目)
ってちょっと待て!
一人ずつ話して頂戴!
俺は聖徳太子みたいに一度に10人の話を聞けるほど万能じゃないんだ!
一斉に話しかけられたらパニックになってしまうわ!
俺は一人ずつ話すように言ってから、それぞれ指示を出した。
「ちょっとみんな待ってくれ、一人ずつ話してくれ……」
「はっ、アデライード様の部屋からヴィクトワール様ら数名の女性が縄で縛られているのを発見しました!既に守衛が取り押さえておりますが……」
「アデライードの詳しい情報を知っている可能性が高い。自殺しないように兵士を2名で見張りながら部屋に軟禁状態にしておきなさい。それからアデライード派の貴族や高官を一人残らず拘束しなさい。彼らには後で詳しい話を聞きに行きます」
「他の貴族の方にはどのように説明すれば……」
「まず国王陛下が負傷なされた。生きてはいるが重傷であり現在調査中だと伝えなさい。詳細が分かり次第報告すると伝えなさい」
「警備体制はいかがいたしますか?」
「ヴェルサイユ宮殿の外にいるスイスの傭兵に対して門を閉めるように伝えなさい。緊急事態につき、私の命で行っていると言えば指示に従うはずです」
まずやるべき事はアデライードがなぜこのような暴挙に出たのか理解する必要がある。
憶測だけでは事態が解明できない。
アデライードの妹であるヴィクトワールは部屋で縛られていたらしいけど……なぜ縛られていたんだ?
それに貴族連中が騒ぎ出して事態を拡大してしまうのは防ぎたい。
緘口令を出してヴェルサイユ宮殿の警備を厳重にしよう。
あと、只の案山子で有名なスイス兵にも活躍してもらうぞ。
ちゃんと命令だしておけば彼らは忠実に守っていてくれるからな。
「それとだ……この王の寝室の前にいる者たちは鏡の間で待機してもらいましょう。事態が解明次第、俺が口頭で説明いたします。守衛隊長、こちらの人達を鏡の間に誘導してくれ」
「ハッ、ただちに!!!」
守衛隊長が中心となって寝室前に集まっている人々を鏡の間に誘導していく。
大勢の人が駆けつけてきたので、椅子などが足りなくなるだろう。
そこら辺から椅子を持ってくるように伝えてると、俺はアントワネットに声を掛けた。
アントワネットはまだ震えていた。
侍女がアントワネットを慰めていたほどだ。
アントワネットは俺が寝室から出てくると駆けつけてきて震えながらギューッと抱きしめてきた。
「オーギュスト様……オーギュスト様……!!」
「大丈夫だよアントワネット、俺は無事だよ……」
「一体……一体国王陛下のご寝室で何があったのですか?」
「……それはここでは言えない。ただ、事態は流動的にかつ重苦しい状態に置かれていることだけは理解してほしい」
つまるところ最悪のシナリオになっているという事だ。
まだ俺は15歳、このまま国王陛下が死去でもしたら史実より4歳も早く国王の座に就いてしまうという事だ。
ある程度は君主論とかでノウハウこそ学んだが、これは歴史ゲームじゃなくて現実で起こっているんだ。
一歩でも間違った対応をしてしまえばそれだけで信用を無くしてしまう危険性をはらんでいるのだ。
コンピューターみたいにインターフェース化されていれば逐一情報を入手できるがそうはいかない。
何と言ってもまだ紙媒体や口頭による情報伝達手段しか持ち合わせていないんだ。
狼煙とか旗振り信号とかは登場しているけど、それを理解できるのはごく一部の人たちだけ。
情報を理解し、それを活用している者が世界を制する。
だから、今この場でアントワネットに出来ることは、彼女を落ち着かせて待機してもらう事だけだ。
できれば一緒にいたい。
それは俺も同じ気持ちだ。
だけど俺は国王陛下代理として活動しなければならない。
立ち止まって時間を浪費していてはいけないんだ。
「アントワネット、辛い気持ちなのは俺も同じだ。だけど今は君も他の人と一緒に鏡の間に行くんだ。俺から皆に起こった事をあと数十分で説明しなければならないからね、その為に情報収集が必要なんだ」
「は、はい……分かっておりますわ」
「大丈夫だよアントワネット……守衛や侍女さんが君を守ってくれる。それにあと数十分で説明が終われば一緒にいられるよ。だからそれまで辛抱していてほしい」
アントワネットはこくりと頷くと、侍女さんと一緒に鏡の間に向かって行った。
守衛を数名彼女の護衛に就かせている。
本来ならその分の人数を割り振りたいのは山々だが、仮にも王太子妃だ。
何かあったらオーストリアとの間で取り返しのつかない事が起こる可能性もある。
そうならない為に最善の手当てを打っておく必要がある。
「さてと……それじゃあヴィクトワールの所に行って事情を聞きに行くとしよう。アデライードは正気を失っているからな……多分話にならないだろう」
暴れていたアデライードは猿轡を填められて守衛に押さえつけられている。
彼女は他の使用人たちから見られないように別通路を利用して一時的に牢に収監されるだろう。
正気に戻ってくれればいいがな……。
まぁ、もうすでに暴挙を起こしてしまっている時点で人生が詰みだがね。
時計がボーン、ボーンと音を立てて鳴り出している。
日付が変わって7月1日になったようだ。
駆けつけた非番の随行員や守衛を引き連れて、俺は詳しい事情を知っているであろうヴィクトワールの所に向かうのであった。