24:黒い魔女
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ふぅ。
雨が全然止まないな……。
スプリンクラーを作動させたような土砂降りの雨だ。
暗くなっても雨は降り続いている。
昼間は発熱していることもあってか、身体が怠いので自然と昼寝をしていた。
午後1時から午後7時までずっと眠っていたのだ。
完全に昼寝のし過ぎだ。
(体調はかなり良くなったけど……これ夜になった時に眠れなくなるパターンじゃないかな?)
ザーッという雨の音だけが部屋の中で聞こえる。
転生前ならスマートフォンやノートパソコンを起動してSNSを見たり、動画サイトやエロサイトでも見て退屈しのぎをしていたものだが……。
こうなったら基本的に蝋燭に火を灯して読書をすることに限る。
時刻は既に午後8時を回っていた。
「何を読もうかな……フランス語に翻訳された君主論でも読もうかな」
君主論。
この時代から200年以上前にイタリアで作られた帝王学に関する書籍の一つだ。
君主とはこうあるべきだ!とか、俺の考えた理想の君主ってこんな感じにすれば民衆から支持されるぜ!とか色々な視点から描かれている本だ。
割と役割を君主と国民から上司から部下に変えると現代マネージメントでも通用する内容になっている。
例えば上位者として君臨しても力量が不足していれば不安定になりやすいとか、どうしても善行を行っていても事態が改善しない場合には一時残酷になる必要があるとか……。
ざっくり纏めると、君主に必要なのは寛大な精神ではなく一時的に国家を恐怖で支配してでも安定した政治・経営を行える国家体制である事が必須という事。
「残酷な君主のようになれってか……うーん、アントワネットと幸せに暮らしたいけど……でもどの道、叔母上とか革命主義者とかを潰さないとロクなことにならんからなぁ……」
歴史上政敵に対して苛烈な報復を行った人物は数多く存在する。
世界最大の領土となったモンゴル帝国の始祖チンギス・ハーンとかも、敵対する部族の大将を生け捕りにして沸騰した釜で焼き殺していたりするし。
織田信長も当時敵対していた比叡山延暦寺に焼き討ちを行い、延暦寺にいた僧兵のみならず女子供まで皆殺しにするぐらいには苛烈なのだ。
戦争とはまさにこのこと。
中世や戦国時代では敵に対しては極めて冷酷かつ残酷にやるのが常識だったんだ。
近代になると第二次世界大戦ぐらいで、技術の発展によって一層戦争の様子が変わって国家の総力戦による戦闘に変化していったんだよなぁ……。
いつの時代も敵は潰し、味方を増やし、前任者の悪かった所は見直そうとするのが大抵のやり方だ。
俺もそのうちの一人になりそうかもな。
現にすでに改革案も七割ほど作成が完了した。
今は筆を休めているが、いずれは完成させるつもりだ。
(フランス革命を起こされるぐらいなら改革したほうがええやん!!)
その意気込みでやっているので、ゆくゆくは国王になった際にどうするかしっかりと地盤を整える必要がある。
その為の地位、あとその為の権力!!!
王太子という地位と権力があるんだ。
今でも動かせるものはドンドン動かしていくぜぇ!!!
それじゃあ早く風邪を治さないと……。
ふと、君主論を読んでいて思い出したが、最近になって妙な噂を聞くことがある。
ヴェルサイユ宮殿には魔物が潜んでいるという噂を聞く。
転生前の書籍やインターネットでも見つけられなかったこの時代に流行っていた噂話だ。
その噂とは『黒い魔女』と呼ばれている女が時々ヴェルサイユ宮殿に現れて人を暗殺するらしいというものだ。
なんでも、一見すれば自然死と変わりないので見分けがつかないという。
黒い魔女か……。
そんな噂なんて聞いたことがない。
この時代ってそんな噂話が流れていたのだろうか?
都市伝説かな?
むしろヴェルサイユ宮殿で有名なのはアントワネットの幽霊を目撃した話が有名だろう。
幽霊なんていない、むしろ黒い魔女が実在するなら暗殺者を誰かが雇っているということになるからな。
恐ろしい話さ。
アントワネットもこの噂話を怖そうに話していたな。
「オーギュスト様、黒い魔女の話は本当にあるのでしょうか?」
と尋ねてきたからそれは単なる噂話が肥大化したものだよと告げたけどね。
宮殿内における派閥争いこそあれど、暗殺まで行うことなんてあるのだろうか?
暗殺が横行しているという情報は入ってきていない。
仮にそんなに殺人が横行していたらヤバすぎるでしょ……。
恐らく伝染病とか病気が流行した際に囁かれた都市伝説の話の一種だと思う。
なら、このチンケな噂話はやめておこうか。
寝ましょ、寝ましょ……。
「大体、お化けなんているはずないのにな……それよりもお化けより恐ろしいのは正気を失った人間のほうさ」
そうだよ、お化けなんて只の偶発的に起こる自然現象のこじつけなんだ。
むしろ平然と街中で殺人事件を引き起こす正気を失った人間のほうが恐ろしい。
そうした人間ほど倫理観や正常な判断が出来ないので無力化するまで延々と殺人を繰り返していくものだ。
地下鉄でテロを起こした世紀末思想に傾倒していた宗教団体や、高層ビルに飛行機で突っ込んだ過激派テロリストとか……。
そうした間違った考え方のみを信じている人間のほうが俺としては恐ろしいよ。
恐怖をもたらすのは死者ではなく心を壊した生者であるってね。
そうした話題が頭の中で浮かんでいるうちに、王太子の部屋のドアがゆっくりと開いた。