21+:叱責
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娘の成長を喜ぶ母親がいる一方で、娘の傍若無人な振る舞いに激怒している父親がいた。
ルイ15世である。
娘のアデライード達が、アントワネットとオーギュストがデュ・バリー夫人に挨拶をしたのを気に食わないと不服を申し立てて大勢の人がいる前でデュ・バリー夫人を貶した上に、舞踏会の余興に泥を塗った行為はいくら娘といえど、許される行為ではないのだ。
オーギュストやアントワネットが去った後、寝室でのベッドで少なからず運動を行った後にデュ・バリー夫人からアデライード達とオーギュストの一触即発に陥った話を聞いた途端、ルイ15世は意地汚い娘とはいえ流石に我慢の限界に達したのだ。
一旦ベッドでデュ・バリー夫人との一夜を過ごした後で、書斎にアデライード、ヴィクトワール、ソフィーといった娘たちを呼びつけると真っ先に怒鳴り付けたのだ。
「お前達……!なぜ呼び出されたか理解しているか?いくらなんでも今回の振る舞いは許されんぞ!何を考えてそんな馬鹿げた事をしたんだ!」
「いいえ!馬鹿げた事などしておりません!それよりも分かっていないのは父上ですわ!よりにもよってデュ・バリー夫人に好き放題させ過ぎですわ!お陰で私達が苦労しなければならないのですよ!」
王の居室に呼びだされて叱責を受けていたにも関わらず、アデライードが真っ先に否定して逆に父親が娘への理解が足りない。
これまでに父親であるルイ15世に叱られる事はいくつかあったが、ここまで怒鳴り声を上げるまでに叱られる事は早々無いことであった。
アデライードにはなぜ父親がデュ・バリー夫人やオーギュストばかり贔屓しているように見えている。
故に、双方の主張と理解が食い違っているのだ。
アデライードが先陣を切って反発しており、続くようにヴィクトワールやソフィーもルイ15世に苦言を申し立てた。
「それに父上、あれはオーギュストの行いにも問題がございました。私達の事を見ていたにも関わらず、挨拶をしたのはずっと後でしたのよ!ここ最近オーギュストの行いは緩みすぎでございます!」
「ヴィクトワール姉様の言う通りですわ。陛下、流石にオーギュストはアントワネット様に夢中になり過ぎていて、我々に見向きすらしないのはどうかと思いますの」
「あのなぁ……お前達がオーストリアとの同盟締結を嫌っていたのも知っているし、反対していたのも聞いているぞ。だがなぁ、孫とその婚約者のいる前であのような事はしてはならん!分かったか!」
ルイ15世は娘たちの訴えを退けて、一喝を入れる。
オーギュストは苦情などを述べてはいないが、ルイ15世にしてみればアントワネットは実の娘よりも心優しい事を見抜いているのだ。
実の娘は結婚も出来ずに、こうして父親に向けて苦言を延々と述べるだけのやかましい存在に成り下がっている。
故に、アントワネットの事を大事にしたいと考えているのだ。
勿論、オーストリアとの友好関係を構築する上で必要不可欠な存在という事も考慮したとしても、アントワネットの眼差しに嘘はない。
長年培ってきた人間観察の成果でルイ15世には分かるのだ。
分からないのは目の前にいるアデライード達だけなのだ。
「……ええ、分かりましたわ。その件に関しては私が悪うございました……ですがデュ・バリー夫人に関しては……!」
「くどい!何度言えば気が済むのだアデライード!デュ・バリー夫人は関係ないだろう!お前はそうやって何でも人のせいにして……そんな事だからお前は結婚時期を逃しているのだぞ!三十路に入っても婚約相手はおらず、もはやお前は王家でも恥でしかないのだ」
「……!」
ある程度怒りを抑えて説教をしていたが、いつまでも言い訳ばかり繰り返しているアデライードにルイ15世は椅子から立ち上がってアデライードを怒鳴りつけた。
三人の娘たちの中でもデュ・バリー夫人を蹴り落とそうと策謀している中心人物でもある。
今までは娘たちの愚痴を聞いて抑え込んでいたが、遂に溜め込んでいた怒りが火山の如く噴火したのだ。
「いいか!今までお前からどれだけ愚痴を聞いていたか……黙っていてもデュ・バリー夫人への憎悪と敵意を剥き出しにして内部の政治を乱し、宮殿内はお前の取り巻き連中が夫人の付添人に怪我をさせたりしている事も知っているのだ。ポンパドゥール夫人の時もそうだったが、お前の行いをいつまでも許すわけにはいかん!」
「だからそれは……!」
「黙れ!アデライード!ヴィクトワール!ソフィー!当面お前達や取り巻き連中はヴェルサイユ宮殿で開かれる舞踏会に出る事を禁ずる!私が許すまで部屋で待機していろ!守られない場合は幽閉するぞ!」
ルイ15世は重い腰を上げてアデライードに罰を与えたのだ。
刑事罰ではなく、宮殿内において一大勢力を担っていたアデライード派に突き付けられたのは最終通告でもあった。
アデライードにとって、ヴェルサイユ宮殿内における勢力保持を図る上で欠かせない舞踏会の参加禁止はかなり重たい処分だ。
流石にここまで厳しい状況に置かれると、アデライードでもどうすることもできない。
「はぁ……どうしてお前達をそのように育ててしまったのか……余の教育が間違っていたのか……全く、嘆かわしいことだ」
ため息を吐いてルイ15世は再び椅子に腰掛けた。
ここまで叱っても、アデライード達が心の底から反省するのは数週間程度だ。
彼女たちの行動にも限度というものがある。
舞踏会での行いを踏まえた上で、彼女たちはまた悪行をしでかすだろう。
彼女たちの日々の行いの悪さも相まってか、ついにルイ15世は禁句を口に出してしまう。
「……アデライード、特にお前のような娘は産むべきではなかった。お前は死産してしまえばここまで醜悪な姿にはならなかっただろう」
その言葉を聞いたアデライードは父親に対して掛ける言葉を失った。
実の娘に対して、死産してしまえば良かったと言う父親はいないだろう。
しかし、ルイ15世は娘たちの前で堂々と言ってしまったのだ。
それを聞いたアデライードは開いた口が塞がらない。
「それにな……お前達は結婚もせずに婚期を逃し、王族としてお情けで宮殿内でいるにも関わらず……いい歳をしてオーギュスト達に怒鳴りつけるのも甚だしい。第一に、オーギュストは自分から入れ替わるように積極的に行動を起こそうとしているのだぞ。あの内向的な性格から一転して他人を労わり活動的になった……なのに、お前達はなぜオーギュストを見習うという事すらしないのだ?」
ルイ15世の投げかけた言葉は正論であった。
現に、アデライード達は本来であれば婚期を逃してしまった女性であり、取り巻き連中も含めて渋々アデライードに付き従っている下僕に過ぎない。
王族という事を利用して、贅沢の限りを尽くす。
贅沢に関して言えばこの時代では許容範囲だが、デュ・バリー夫人との対立が深刻化していくのはルイ15世からして見ても放置しておくわけにはいかない問題であった。
「分かればさっさと部屋から出て行き、自室に籠っていろ……」
アデライード達は無言で部屋から出て行く。
皆が父親から言われた言葉にショックを隠しきれていない。
三姉妹の中でも末っ子に当たるソフィーに関しては涙で溢れてしまっている。
父親から見放されたと思っているのだろう。
ヴィクトワールも部屋に到着して頭を抱えていたのだ。
「はぁ……父上はいつになくご立腹ですわね……当面は言われた通り大人しく過ごすしかありませんわ……」
「……ない」
「……アデライード姉様?」
「そんなわけない……そんなわけない……」
アデライードは部屋にたどり着くと、真っ先に椅子に腰かけてブツブツと小言を呟いている。
父親から死産してしまえば良かったと言われた事に、一番ショックを受けているのだ。
椅子に座ってからしばらく小言を念仏のように呟いた後、アデライードの脳裏に思い浮かんだのはデュ・バリー夫人やオーギュストを持ち上げて、自分達を冷遇しているルイ15世への憎しみであった。
その負の重みはまだ表面には現れていない。
しかし、着実にアデライードの脳裏に浸透していくのであった。
「ふふふ……父上はまだ分からないのでしょう……いずれ分からせてあげますわ……」
「あの……姉様?」
「……ヴィクトワール、ソフィーも……今回は父上の言った事を守りましょう」
「は……はい……」
ヴィクトワールとソフィーは、これまでにない程に落ち込んでいるアデライードが気掛かりであった。
いつもだったら父上やデュ・バリー夫人の愚痴や悪口を言いまくるアデライードが、ここまであった覇気を無くしたかのように目が点のようになっているのが、二人にしてみればかなり不気味に感じ取ったのだ。
何か近いうちに大それたことをしでかすのではないかとヴィクトワールとソフィーは危惧するようになる。
二人の心配は十日後に現実のものとなって降りかかる事を、この時はまだ予測もつかなかったのであった。