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21:お母さま、ヴェルサイユは楽しい場所ですわ

★ ☆ ★


西暦1770年6月20日


オーストリア シェーンブルン宮殿


オーストリア女大公、マリア・テレジアは娘からの手紙を心待ちにしていた。

それは娘を想う親心が現れていた。

とにかく彼女は先月にフランスに嫁いで行ったアントワネットの事を心配していたのだ。


「本当にあのは上手くやっていけているのかしら……」


勉学を学ばせていても、5分と経たずに集中力が途切れてしまうアントワネットだっただけに、マリア・テレジアはアントワネットの事を危惧していた。

無事にやっていけているのかと……。

母親として直接面倒を見る事はできないが、手紙を毎月寄こすように口酸っぱく言っているので、手紙でのやり取りで親としての指導をするつもりだった。


今日はアントワネットからの手紙がやってくる日だ。

テレジアとしてもアントワネットの事が気掛かりなのだ。

お転婆娘として世話係の者達の手を煩わせるほどのやんちゃな性格である彼女が、果たして本当にフランスで無事にやっているかどうか、テレジアは不安な日々を過ごしていたのである。

そんな彼女の居室のドアが開かれる。


「大公様、アントワネット様からお手紙が届きました」

「ついに来たわね……こっちに持ってきて頂戴」


使いの一人が持ってきたのはアントワネットからの手紙であった。

現代のようにEメールやSNSで即座に送信されることはなく、ほぼ人力で手紙が送られてきたので日数は5日ほど掛かっている。

高速道路なんかもない時代なのでこれが当たり前の光景だ。

むしろこれでもかなり早く到着したほどだ。

娘宛に出した手紙と丁度行き違いになった形だ。


「さて……どんな事が書いてあるのかしら?」


恐る恐る女大公は手紙を開ける。

その手紙の内容に女大公は大いに驚いた。

あまりにも驚き、これは夢ではないかと思ったほどであった。


―拝啓 愛しのお母様へ


お母様、お元気ですか?

私はヴェルサイユでオーギュスト様と一緒に楽しく過ごしています。

オーギュスト様はとっても博学で物知りで……とにかくすごい御方なんです!

ほぼ毎日おやつや昼食を手作りで作ってくれる上に、食事や新しい産業の事も分かりやすく教えてくださいます。


何度も気遣ってくれている上に、オーギュスト様は私と一緒に勉学をしております。

帝王学や経済学、歴史学などを何度もしているうちにあれほど苦手だった勉強も楽しく思えるようになりました!

さらに社交的で明るくて、それでいて気さくで親切で……本当にオーギュスト様は夫としてこれ以上にない素晴らしい御方です!


オーギュスト様はフランスとオーストリアの未来の為に、日々邁進しています。

私もオーギュスト様の為に全身全霊を尽くして参りたいと思います。

デュ・バリー夫人とも私はご挨拶をする事ができました。


オーギュスト様からデュ・バリー夫人に起こった過去の話を改めて聞く機会がありましたので、その時にデュ・バリー夫人に対して若干ですが苦手意識が消えました。

こちらでは問題なく、順調に過ごしていますので心配はご無用です!

オーギュスト様の補佐をしながら頑張っていきます!


―アントワネットより



「……これ、本当にあの娘が書いたのかしら?」


あまりにもはきはきと書かれている文章を見て、思わず女大公は疑うほどであった。

フランスで誰かに代筆させたのではないかと。

ここまでしっかりとした感じに文章で伝えてくるなんて想像もしていなかった。

新生活に慣れないと愚痴をこぼしてくるのではないかと予想していただけに、テレジアは思わず拍子抜けした感じになってしまったのだ。


仮に手紙に書かれている事が事実であるならば凄い事だ。

勉学が楽しいと語るほどに娘が成長したのだ。

しかも嫁いでから一か月程度で!

とてもじゃないが信じられないのは無理のない話だ。

そこで、女大公はフランスから帰国してきた大使館職員に尋ねたほどだ。


「アントワネットの様子はどうなっている?」

「はっ、アントワネット様はオーギュスト様と仲睦まじい様子で過ごしております。私が見た時も宮殿の中庭でランチをしている事が多かったです」

「ほう……ランチを……」

「それと……アントワネット様とオーギュスト様は夜遅くまで灯りを付けて勉学に励んでいるといいます。毎日ホットミルクとクッキーを事前に作ってから帝王学や経済学……最近では東洋の学問についても学んでいるとのことです」

「どうやら本当のようね……引き続きアントワネットの事をよろしく頼むわよ」

「ハッ、引継ぎの職員にもそのように伝えます」


職員の男が居室を去り、女大公はホッと一息ついた。

手紙で書かれていることが嘘であったら追加の手紙で叱りつけるつもりだった。

しかし、職員からの報告では手紙通りの行動であったという。

そればかりか勉強を学び、夫を支えている良き妻として宮殿内での評価も良かった。

女大公にとって朗報ともいえる知らせに、思わず目から涙がこぼれた。


(あの娘がこれほどまでに変わるだなんて……よっぽど夫が気にいったのでしょうね……)


おてんば娘として教育を十分にできないままフランス王国との政略結婚として送った女大公は、アントワネットが無事にフランスでやっていけている報告を聞いて喜んだ。

まさかここまで娘が変わってしまうとは思ってもみなかったからだ。


ここ最近はオーストリアでは息子のヨーゼフ2世との共同統治政策を行っているが、何かと息子との意見の食い違いや対立が起きているのだ。

女大公にとっても久々に明るいニュースが聞けて嬉しく感じている。

特に何度も手紙で”オーギュスト様”と連呼しているので、よっぽど良き夫に巡り会えたのだと内心彼女は祝していた。


「少なくとも夫と良き関係を築けているのなら問題ないわ……アントワネットも上手く行けるハズよ」


そう言って女大公は居室の机の上に置かれている書類の処理を始めた。

女大公だけにやるべき仕事は山ほどある。

それでもアントワネットがフランスでよくやっているという報を聞いた彼女は上機嫌で仕事に取り組んでいたのであった。

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