19:天使とダンス
アントワネットとダンスしたらさぞかし楽しいだろうと思ったので初投稿です
舞踏会の空気は張り詰めていた。
あーこれは一波乱が起きそうだ。
どっちから先に挨拶しようかとアントワネットが尋ねてきた。
「オーギュスト様……どちらの御方に挨拶を先にした方がよろしいと思いますか?」
「うーん、本当だったら先に来た方に挨拶する予定だったけど……こっちから近いデュ・バリー夫人にサクッと挨拶だけでも済ませてしまおうか、幸い叔母たちはこっち見ていないし」
「よろしいのですか?」
「うん、序列的には国王陛下に最も近いのがデュ・バリー夫人だしね。そりゃ叔母たちも国王陛下の娘だから地位は高いけどなぁ……ま、色々と言われたら俺がフォローするから一緒に行きましょ」
「分かりました」
そうそう。
アントワネットに接近して来ようとしていた叔母たちはミスったな。
それも初歩的なミス。
多分叔母たちの取り巻きが先程まで俺たちの近くをウロチョロしていたんだ。
なぜ分かったのか?
それは以前叔母たちに会った時に取り巻きの女性がアントワネットの傍にいたからさ。
(取り巻き連中がアントワネットに話しかけようと機会を伺っているな。しかしながら、俺と話しているせいで声が掛けづらいというわけだ)
さっき大商人と話をした後、取り巻きの女性が去ってからアントワネットと別の場所に移動しようと言って鏡の間を移動しておいたんだ。
後で叔母たちがやって来たときにアントワネットがこの場所にいると告げ口されたら真っ先に話しかけられるのはアントワネットだ。
そうなれば叔母たちの毒に犯されてしまう。
そんなのはまっぴらごめんだと思った俺は、こっそりと機を見計らって取り巻き連中がいなくなった隙を突くような形でそそくさと移動したんだ。
そしたら予感的中ですわ。
先程まで俺たちがいた場所の近くに叔母たちは姿を現したんだ。
叔母たちは周囲をキョロキョロと見渡して付き添いの取り巻きを睨みつけるように話しかけている。
話すはずだった相手がいないのが余程気に食わないようだ。
声までは聞こえてこないが、あの表情からして相当怒っているだろう。
おお、叔母の怒った顔が怖いなぁ……。
そんでもって残念だったなぁ叔母様方……。
トリックだよ(嘘)
というか、先に叔母たちに捕まったらえらいことになる。
彼女たちにとってデュ・バリー夫人は宿敵。
いや、宿敵というよりも憎悪すべき存在なんだ。
父親であるルイ15世が自分たちよりも10歳年下のデュ・バリー夫人と絶賛イチャイチャしているからね。
この前も軽くデュ・バリー夫人に挨拶していたのだが、それを偶々叔母たちの取り巻きに目撃されたらしく、後で色々と言われたよ。
「デュ・バリー夫人には挨拶してはいけません!」
「いいですかオーギュスト、彼女は国王陛下をたぶらかしているのですよ!」
「そうです!あの人は無視すべきですわ!」
……とか大声で言ってきたんですよ、それも人が多くいる中庭で。
いやー、もう本当に憎くてしょうがないんだろうね。
周りの人たちはびくびくしちゃうし。
祖父の愛妾がそこまで気に食わないならなぜ真っ正面から立ち向かわないのかが不思議なぐらいだ。
一応王族ということもあってか、必要最低限の礼儀は弁えているつもりらしいが、正直言って叔母たちは場の空気を乱して自分達さえよければいいと考えているのではないかと疑う事すらある。
俺も頷いて棒読み音声のように声の強弱を消してハイハイと頷いていたが、正直まだ外面上は大らかな性格をしているデュ・バリー夫人のほうが遥かにマシだったね。
そういった理由で俺の心の中では叔母たちの評価は最悪だ。
どのぐらい最悪かといえば、制限速度を順守して走っていると後ろから高級外国車でライトでパッシングして煽り運転した挙句、車を停止させて暴力を振るってくるような奴ぐらいに最悪だ。
実際アントワネットとデュ・バリー夫人との対立を煽ったのが叔母たちだからこの例えは間違いじゃない。
ではどちらから挨拶をするべきか?
答えは明白だ。
デュ・バリー夫人のほうがいいに決まっている。
当たり前だよなぁ?!
国王に近く、また少なくとも政治的にも彼女はまだ信頼されていたのだ。
で、デュ・バリー夫人に俺とアントワネットが近づくと、夫人も俺たちに気が付いたというわけ。
「「デュ・バリー夫人、ご機嫌麗しゅうございます」」
俺とアントワネットは同時にデュ・バリー夫人に挨拶した。
ほぼ同時だったから声がハモりました。
デュ・バリー夫人は俺たちを見て頭を下げて挨拶をした。
「あら、これは王太子様、アントワネット様……ご機嫌麗しゅうございます」
「……こ、今宵は舞踏会を楽しんでください」
「ええ、ありがとうございます。お二人も舞踏会を楽しんでください……」
よし、これで挨拶はバッチリだ。
アントワネットと一緒にその場を離れる。
挨拶って大事だねホント。
叔母たちとは視線をまだ合わせていない。
絶対にヤバイ視線向けているかもしれねぇ……。
まぁ、後でしっかりと挨拶すれば問題ないさ(楽観主義)
アントワネットも、俺と一緒に挨拶したから大分気が楽になったみたいだ。
挨拶が終わった後、デザートとか酒のツマミを皿に持っている人がいたので、アントワネットの分も一緒に持ってきて食べているのだ。
アントワネットにはクッキーを。
俺は生ハムを重ねたやつを取って食べている。
アントワネットもデュ・バリー夫人と無事に挨拶を済ませることが出来たこともあってホッとしている。
銀の間にはヴァイオリンや楽器を持っている人たちがバロック音楽を披露している。
恐らくこの曲はバッハの曲だったような気がする……。
まさに優雅で素敵なひと時だ。
近世フランスにおける黄金時代。
その伝統をこの目で眺めることができるのはまさに至高だ。
そして俺の隣にはアントワネットがいる。
身体をうずうずしているような感じだが、どうやらダンスを踊りたいらしい。
「オーギュスト様、せっかくですし……一緒に踊りませんか?」
「そうだねぇ……よし、じゃあこれを食べたら踊ろうか!」
「はい!」
生ハムを食べ終えてから、俺とアントワネットはバロック音楽をバックにダンスを踊り始める。
周囲にいる人達もダンスをしている人がいるが、その人たちよりも周囲に人だかりができる。
白色のドレスを揺らしながら踊るアントワネット。
その姿はまるで天使のようにも見える。
天使とダンスをしている感じになってきた。
バロック音楽が途切れるまで、俺とアントワネットはダンスを楽しんでいたのであった。