16:えっ、今日舞踏会やるんですか?!
一日2回更新をするたびに小説のストックが減っていきますが初投稿です
召使い長のモーニングコールと共にアントワネットが起床する。
少しだけ服が乱れているのは彼女がよく寝がえりをするからだ。
この間はアントワネットの肘の部分が俺の顔面に直撃して悲鳴をあげてしまった。
わりと寝相が凄いことになっているが、こればかりは致し方無いだろう。
悪気があってやったわけじゃない。
なのでいつも笑って許しているよ。
愛しい寝起きの顔でアントワネットはおはようの挨拶を俺に言ってくれる。
「おはようございますオーギュスト様、今日はお早いのですね」
「おはようアントワネット、うん、ちょっとばかり国王陛下に渡したい案件があるからね」
「あまり無理をなさってはいけませんよ。この間は手術を受けたばかりですし……」
俺の体調と手術の件を心配してくれているらしい。
先天的性不能の手術は結論から言えばうまくいった。
王室の主治医達だけあって手術は1時間と掛かっていない。
ただ、やはりメスを使って意識がある状態で皮を切っただけに割と痛かった。
デリケートな所を切るのだから滅茶苦茶痛い。
この痛みを例えるなら……。
足の裏に一斉に画鋲を差し込まれるか、野球の硬式ボールで思いっきり投げつけられるぐらいの痛みだ。
これでも感覚を麻痺らせるためにアルコールで酔った状態で行ってコレである。
俺の指示でちゃんと沸騰させた水で熱処理したハサミやタオルを使い、手などはきちんと石鹸で洗った状態で手術をしていたので、術後のばい菌とかの心配はほぼないだろう。
無いと信じたい。
その日だけは立ちながら尿を出せず、便器で座った状態で行うほどだった。
(麻酔無しで先天的性不能の手術するの舐めてたわ……アルコールで酔っても術後の痛みは……いやーきついっす……)
2~3日はあまり外出できないぐらいにはきつかったが、それでも日に日に回復したので今では痛みも大分治まっており、術後の感染症などの心配はないだろう。
今はもう立派な状態になっているので問題ないが、それでも術後は一か月程度性行為などは控えるように主治医からお達しされているのだ。
というかそんな事できないけどナ!!!
「心配してくれてありがとう、アントワネット……」
「ええ、オーギュスト様が一生懸命に頑張っている姿は立派ですわ。でもたまには羽目を外す事も大事ですよ」
「羽目を外すか……そういえばアントワネット、今日は5月30日だっけ?」
「ええ、今日は5月30日ですわ……ちょうど今夜は宮殿で舞踏会と花火大会が行われる日です!是非ともオーギュスト様も舞踏会に行きましょう!」
「あ、ああ……そうだね、舞踏会楽しもうか!」
「はい!」
そうか……今日は舞踏会の日だったか。
アントワネットは踊ったりすること好きだもんね。
国王陛下もデュ・バリー夫人と舞踏会に出席する事を楽しんでいるのだろう。
でもなぁ……。
これ絶対にどうあがいてもアデライードら叔母たちとかち合いますねぇ!!!
アントワネットが叔母たちの陣営に入っちゃうとデュ・バリー夫人と絶対的に対立しちゃう未来が確定しちゃうからなるべく合わせないようにスケジュール調整していたけど、調整は駄目みたいですね。
だって史実じゃ叔母たちが必要以上にデュ・バリー夫人の悪い噂をアントワネットに吹き込んだ結果、宮殿内でのギスギス感を産んでしまったしね。
もう叔母たちは歳も30代後半なのに未婚だからなぁ……。
この時代、30代後半になっても結婚できずにいる女性の扱いはよろしくなかった。
当時の結婚年齢が10代後半から20代前半だったことを考えると、30代でも未婚なのは恥ずべき時代でもあったのだ。
もし現代でそんな評価の仕方をしたら八つ裂きに合うだろう。
というか国王陛下自身がアデライードの事「雑巾」扱いしている時点で、ほとんど価値のない扱い方だもんな。
結婚時期逃しちゃった事と、俺がアデライード派への介入妨害工作している事も相まってイラついているに違いない。
「今日の舞踏会だけど叔母たちや……デュ・バリー夫人が出席すると思うけど、挨拶はきちんとやろうね」
「分かっておりますオーギュスト様。ですが、私はどうもデュ・バリー夫人の事が苦手でして……」
「うん、気持ちは分かるよ。私も正直な話……デュ・バリー夫人は好きじゃないよ。アントワネットの言いたいことは分かる」
「すみません……そういえばいつもオーギュスト様はデュ・バリー夫人と会った際にはどのように接しておりますか?」
「そうだね……なるべく普段と変わらずに『デュ・バリー夫人、ご機嫌麗しゅうございます』って言っているよ。あと舞踏会の時はその後に『今宵は舞踏会を楽しんでください』……だけでもいいと思うよ?この一言だけ言っておけばデュ・バリー夫人や叔母たちもそこまで怒らないでしょ」
「分かりました……」
「さぁ、試しに言ってごらん?」
「デュ・バリー夫人、ご機嫌麗しゅう……」
「そうそう、そんな感じで言えば問題ないよ!」
俺はアントワネットにデュ・バリー夫人の事を所々かいつまんで説明をした。
最初はデュ・バリー夫人の事を娼婦扱いしていたほど毛嫌いしていたが、彼女が元々は貧民出身で幼年期に母が駆け落ちして愛情を上手く育たないまま親戚の家で貧しい生活を余儀なくされていた事を教えると、アントワネットは悲しそうな表情で聞いていた。
アントワネットは大のお母さん子だ。
母親に見捨てられ、愛情というものを男性との性的接触によって理解したデュ・バリー夫人の心境を考えたのだろう。
母親から愛を受けずに飢えていたと考えると、アントワネットはその部分に同情というか憐みを感じたようだ。
ほんの少しだけだが、アントワネットはデュ・バリー夫人への考え方を改めて、寂しい想いを男性との行為によって確認しているデュ・バリー夫人の事を哀れんでいるのだろう。
そのかいあってか、デュ・バリー夫人へのアレルギーも軽減されたと思う。
あとは叔母たちだなぁ……。
なるべく、アントワネットとはくっ付けないようにしていたんだが、どうしても今夜ばかりはアデライードら叔母たちとかち合ってしまうだろう。
舞踏会は上流階級者とのコミュニケーションを行う場所としても重要視されてきたものだ。
現代だったらインターネットとPC、スマホがあればそれだけでOKだけど、ここではそうはいかないのだ。
俺がアントワネットをどこまでフォローできるかは分からないが、事件や事故が起きないようにしておく必要がある。
アントワネットを守る為なら俺は悪魔にでもなってやる。
そうした決意を胸の内に秘めておき、国王陛下に提出する書類の準備を進めるのであった。