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13:酒場のつまみ

史実ではヴェルサイユ宮殿から少し進むとバラック小屋が立ち並ぶような場所だったようなので初投稿です

☆ ★ ☆


西暦1770年5月30日


ヴェルサイユ 酒場「タンタシオン・ソルベ」


ヴェルサイユの下町には多くの使用人や運搬員などヴェルサイユ宮殿に関わる人々が暮らしていた。

当然、彼らは夜になれば街に繰り出して飲みにいくこともしばしばあった。

宮殿での仕事中は気が抜けずに緊張していたが、それでもこの場においては溜め込んでいたストレスを酒場で思いっきり吐き出す絶好の場所であった。


普段であれば宮殿内で飛び交っている噂話や、バカな話などをして盛り上がるが、ここ最近はどこの場所でも王太子の話題で持ち切りであった。

酒場タンタシオン・ソルベもその中の一つだ。

日付が変わっても酒場は大勢の人でにぎわっていた。

テーブルを取り囲むように男たちがワインやチーズを口にしながら王太子の話を真剣に聞いていた。


「聞いたか?王太子様が泥棒を捕まえようとしたって話!」

「その噂が持ち切りだったけど本当かな?」

「ああ、本当だぞ。だって俺、その現場に居合わせていたからな」

「なんだって?!その時の状況を詳しく教えてくれよ!」

「俺にも聞かせてくれ!」


一人の男は周囲に取り囲まれて、その時の話を詳しく話始めた。

王太子がヴェルサイユ宮殿内で貴婦人のカバンから金品を盗んだ不届き者を捕えようとした。

残念ながら王太子は泥棒を捕まえることが出来なかったが、泥棒に突き飛ばされた貴婦人を咄嗟に守ったという。

偶々現場に居合わせた男がその時の状況を詳しく説明すると男たちは泥棒を批難し王太子を讃えた。


「王太子様は悪事を行う者を咎めて正直に話すように言ったんだ。すると男は貴婦人を突き飛ばして逃げたんだよ」

「なんて奴だ!貴婦人を突き飛ばすなど言語道断だ!」

「人間の屑だな」

「でもそんな状況でも王太子様は貴婦人の怪我の安否を気にしていたんだ。ちゃんと貴婦人が無事に帰れるように守衛に出口まで見送るように命じていたよ」

「すごいな王太子様は……貴婦人の安否を心配なさっているとは……」

「人間の鑑だな」

「最近の王太子様は素晴らしいですね、本当にすごい御方だ……」


王太子はここ最近、人が変わったように積極的に周囲の人と話をするようになったのだ。

最初は頭を強打したんじゃないかとか、病に伏せてしまい影武者にすり替わっているとか様々な噂が飛び交ったが、すぐに治まった。

むしろ王太子の積極的姿勢は評価されるようになった。


最初に評価されるようになったのは、そうした噂が飛び交い始めた際の出来事だ。

王太子が普段通り昼食を取っていると配膳係の者が、突然口から泡を噴き出して倒れ込んでしまったのだ。

それを見た王太子は咄嗟に食膳係の所に駆け寄って姿勢を楽にさせて呼吸がしやすいように気道を確保し、意識の有無を調べてから医者が駆けつけるまでの間、食膳係の傍にいたという。


「王太子様は食膳係の者を大声で励ましていたんですよ『大丈夫か?すぐに医者が来るからしっかりしろ』と何度も何度も声を掛けて背中をさすってくれたりしていました」

「本当か?!それで食膳係の者はどうなったんだ?」

「駆けつけた医者たちによって一命をとりとめましたよ、でも王太子の咄嗟の機転がなければ亡くなっていたかもしれないと仰っていました」


この話題は瞬く間にヴェルサイユ宮殿だけでなく下町にも噂話として流れたのだ。

食膳係であれば周囲が助けるべきであって王家の人間は何もしなくても問題ない。

しかし王太子はそうではなく、下々の者であっても助けようとした行動が宮殿内で働く使用人たちの間で良い話として確実に下町にも広がっていたのだ。


そして、食膳係の者が仕事に差し支えてしまうとして辞職を申し出た際に、王太子はわざわざ食膳係の者に退職金と一緒に薬まで渡したのだという。

そして症状が改善されたのなら、また戻ってきてくださいとまで声を掛けたのだ。

その噂は倒れた元食膳係の者から事実であると知った使用人たちは、王太子の人柄の良さに感動していたのだ。


「王太子様は代えの利く我々のような人を大事にしてくださる。王太子様が国王になればもっとこの国は良くなるはずだ」

「全くだ、近頃のきぞ……いや、少々鼻の高い方々は我々の事を軽蔑すらしているが、王太子様に限っては別だな!声を掛ければ挨拶を返してくれるし、何よりも人々の安泰を望んでおられる」

「王太子様こそ我々の希望の星だ!」

「では、皆で乾杯するか!王太子様に乾杯!」

「「「王太子様に乾杯!!!」」」


普段は酒を飲めば本音がこぼれて対立しているグループであっても王太子に関する話をすれば自然と仲良くなる。

そこで話がヒートアップした際には王太子の話題をしようという暗黙のルールが誕生したのだ。

そうすれば怒鳴らずに済むし、何よりも開明的な王太子を讃えれば自然とストレスも和らぐのだから。


使用人たちの間で王太子の株が急上昇しているのと同時に、その話を聞きつけた庶民の人々もまた、王太子は聡明で紳士的な人物であるという認識が水面下でドンドン広がっていくのであった。

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