赤く染まる7
Side 五丈朝里
店員の遠回しの苦情に頭を下げながら会計を済ませ俺もすぐに店を後にした。地下にある店から出るため暗い階段を駆けるように上る。肩で息を切らせながら外に出るが周囲には通行人が往来し煌びやかな電球が暗い街を彩っている。周囲を見回すが3人の姿はどこにもない。
「はぁはぁ。本当にどこ行ったんだよ」
そんな愚痴をこぼしながら俺はポケットからスマホを取り出し健司に着信を入れた。呼び出し音が流れるが一向に出る気配がない。踵で地面を小刻みに叩きながら健司が出るのを待つがやはりつながる気配がないため一度切り、次に聡に通話する。だがこちらも同様だった。
「あーくそ。どうすっか」
頭を掻きながら俺はどうすればいいかを考える。さすがにこのまま帰るわけにはいかない。あの守の様子はただ事じゃなかった。もし直人と同じ状況に陥っているなら守も近いうちに……。
だめだ。ネガティブな方向に考えがいってしまう。まずは探そう。後はこまめに着信を入れて繋がる事を期待するしかない。そう考え一歩足を踏み出した瞬間、スマホから着信音が流れた。すぐに画面を見る。――健司からだ。
「おい、健司か!? 今どこだ!」
慌てていたため少し乱暴な口調になってしまった。スマホ越しで健司の声が聞こえる。
『わりぃ……守なんだけど、見失った。まだ聡が周囲を探しているけど――いや、見つかった! 朝里! すぐ来てくれッ! 場所は居酒屋から50mくらい離れた場所にあるコンビニの裏の方だ』
そういって通話が切れた。50m離れたコンビニだって? スマホの地図アプリを使い周辺地図を確認する。現在地から確認しコンビニを探した。これか? 方角を確認して俺はまた走り出す。
健司の声色がかなり慌ただしかった。最悪の事態の可能性すらある。俺は鞄をしっかりと抱え言われた方向に走った。最近の運動不足がたたり走ってすぐに脇腹が痛むが何とか我慢する。浅くなる息で必死に呼吸しながら指定されたコンビニについた。
繁華街から少し離れたコンビニの裏が少し大きめの駐車場になっている。そこに人影が見えた。
「はぁはぁはぁ……健司?」
恐る恐る声を掛けながら近づいていく。暗がりでよく見えないがかなり揉めているように見える。呻き声とそれを取り押さえようとする二人の声だ。
息をのみさらに近づく。そうして目の前の光景を見て俺は息をのんだ。
「ああぁぁああああああ!!!」
「聡! そのまま抑えてろッ!」
「あ、ああ!」
守を羽交い絞めしている聡の姿。そして健司は一生懸命に守の手に何かしているようだ。
「お、おい。どうしたんだ?」
「はぁはぁ――朝里か!? 済まないがタクシーを呼んでくれ」
「え? 待てよ。いったい何が――」
「いいから早くしろッ!!」
健司の怒声を聞き俺はすぐに近くの公道へ走った。既に時間は21時を超えている。この時間ならタクシーを捕まえるのは容易だ。俺は路駐しているタクシーの窓を叩き事情を説明、といっても近くのコンビニに来てほしいという旨だけ話した。
俺の態度に違和感を感じたのだろう。怪訝な顔をした運転手だったが、居酒屋の釣りで残っていた万札を握らせて人命が掛かっていると必死に懇願して何とか了承してもらえた。
助手席に乗りタクシーでコンビニへ移動する。駐車場へ移動した時、健司と聡が俺を待っていた。守はどうしたのかと思ったがよく見ると健司が背負っているようだ。
「おいッ守は!?」
「わりぃな、助かるよ。守はなんとか絞めて落としたよ」
助手席の扉を開き守の様子を近くで見ると首から出血しているのが見え、言葉を失った。
「手にガラスを持って首を切ろうとしてた。聡がすぐに止めたから血が出ているがそこまで重傷じゃない」
健司が小声でそう教えてくれた。首を切ろうとした。いや、直人と一緒で皮を剥ごうとしたんじゃないだろうか。目の前の傷がそんな想像を駆り立てる。
「とりあえず、タクシーに乗ろう」
「そ、そうだな。病院に行った方がいい」
「……いや違う」
「は? でも怪我してるんだぞ。病院に行った方がいいだろ?」
傷は浅いかもしれないが首から血が出ているんだ。詳しくないが頸動脈とかヤバイ血管が近くにあるはずだし念のため病院に行った方がいいと思ったが健司は想像していない場所を指定した。
「――寺、神社。なんでもいい。お祓いにいこう」
「え、でもこの時間だぞ。どこもやってないんじゃ」
「住み込みの神主や住職とかいるはずだし無理やりでもやってもらった方がいい。正直ただごとじゃない。それに……」
タクシーの開いた扉に守を何とか座らせ、反対側の扉から聡も乗車している。それを見ながら茫然としていると健司が独り言のように言った。
「俺の後ろにいた赤い男の距離が随分近くなった。多分俺も近いうちに守と同じ目に遭う可能性が高い。本当はもっと情報を集めたかったが時間がなさそうだ」
気のせいか顔色が悪い。どうやら本当にシャレにならない事態になってきたようだ。俺はまた助手席に乗り、運転手と健司のやり取りを聞く。
「この辺りで一番大きな神社かお寺ありますか?」
「……病院じゃなくてかい?」
「そうです。この齢で恥ずかしいのですが心霊スポットに行ったら友人の様子がおかしくなりまして――申し訳ないですがそこまで運転をお願いしたいんです」
健司は半分嘘を混ぜながら運転手を説得している。運転手の顔色を見るとやはり後悔しているようだがこちらも必死だ。次第に運転手も根負けしたのか車のナビを使い近くの寺か神社などを探している様子だ。
「ああ……っと。この辺だと
「わかりました、お願いします!」
距離的には数キロ程度。でもこの時間だ。ちゃんと見てくれるだろうか。いや、そうだ。やれることをやろう。後ろを見ると聡は守の右手をずっと握って守の顔を見ている。健司は持っているタオルを守の首に巻いていた。
俺はカーナビの画面に映る目的地の春興寺の文字を確認してスマホで入力。すると目的の寺のHPが出てきた。助かった。これなら多分どこかにあるはず――。
焦る気持ちを抑えながらゆっくりとスマホをワイプさせお問い合わせの項目を確認。見つけた。電話番号だ。すぐにタップして通話を開始する。だが既に21時を回っているため中々繋がらない。何とか祈るような気持ちで何度も電話を掛け、そしてようやくつながった。
『――はい。こちら春興寺でございます。ご用件の方は――』
「すみませんッ! 俺たち実は友人が霊に祟られていまして! 一度見て頂けませんか!?」
言葉を遮りまくしたてるように言った。少しでも段取りよく進めるために到着してから門を開けてもらうのは遅すぎる。今の内に最低限の事情だけでも知ってもらうべきだと思ったからだ。
『は? 何かの悪戯ですかな』
「違います! 今タクシーでそちらに向かっているんです。本当にすみません! 憑りつかれる友人はもう普通じゃなくて自分で自傷行為までしています!」
『ッ! それは……わかりました。こちらに向かっているのですね。入口でお待ちしております』
「あ、ありがとうございます! あと十数分程度で着きますのでよろしくお願いします!」
そして通話が切れたから約15分程度たった頃、ようやく目的の寺が見え始めてきた。後部座席に座っている守はまだ気絶しているままだしこのまま何事もなく解決できるんじゃないかと思い光が見えた――はずだった。
「どういう事ですか……?」
健司の声が震えている。俺たちは現在春興寺の中の本堂のような場所に通され座っている形だ。守はまだ気絶しており俺たち三人は用意された座布団に座って事情を説明した。話を聞くにつれこの寺の住職の顔色が険しくなっていく。一通り話をした後住職がしばらく考えるように腕を組みこちらを見ていた。そしてしばらくしてから発せられた言葉は俺たちを絶望に叩き落す言葉だった。
「誠に残念ですが、私たちではソレは祓えません」
「ふ、ふざけんな! あんた坊主だろ!? 何とかしてくれ!!」
聡が立ち上がり目の前に座っている住職に掴みかかろうとする所を健司が聡の腕を掴んで静止した。
「――どうにかならないのですか?」
「……守さんと健司さんに憑いているモノは恐らくただの霊ではありません。これはどちらかというと呪いに近いものです。ただの霊なら本堂に入りお経を唱えればある程度は祓えます。ですがそれが呪いなら別だ」
「どう違うんですか? 霊も呪いも似たようなものじゃ……」
俺がそういうと住職はゆっくりと首を横に振った。
「別物です。霊は
「ではッ!」
「申し訳ありませんが、呪いは専門外です。返す方法が分からない。だから――専門家を呼びましょう」
一瞬目の前が真っ暗になったと思ったが、住職の提案に驚いた。本当にいるのかそういう専門家が。
「その方にお願いすれば――?」
「ええ。知り合いに一人おりますので。ただ依頼料は覚悟してください」
依頼料……そうだ。タダなはずはない。俺たち3人は視線を合わせ無言でうなずいた。
「お願いします」
「承知しました。すぐに連絡しましょう。その間、気休めでしょうが経を唱えましょう」
その後お弟子さんのような方々が数名こちらを囲むように座りお経を唱え始めた。不思議な気分だが今は祈るしかない。
それからどれだけ時間が経っただろうか。一心不乱に手を合わせ座っていたため時間感覚がなくなっている。すると後から誰かが近づいてくる足音が聞こえる。
「こんばんは。いやおはようございますですかね。大蓮寺さんの代行できました勇実と申します。どうぞよろしく」