赤く染まる6
Side 五丈朝里
「単刀直入に聞くけどよ……
健司がそういうと他の二人がそれぞれ反応した。聡は眉をひそめ、守は肩を震わせている。二人の反応をみつつ健司の発言の意図を考える。
(これはどういう意味だ)
こんな悪戯をした奴は誰だ? と犯人捜しをしているだろうか。あり得る話だ。故人のスマホを使い気味の悪い赤い顔の画像を送信する。普通に考えれば悪戯だろう。だがそうじゃないとすれば――。
「……なるほど。大体わかったぜ」
健司はそういうと目の前のグラスを一気に飲み干した。よく見ると額に汗が流れている。そして俺たち一人一人の顔を見てゆっくり口を開いた。
「……
健司の言葉を理解するのに数秒時間を要した。どういう事だ? 見たというのはラインで送られてきた写真の事じゃないのか。
だが、健司の言葉に聡と守の反応は対照的だった。聡は怪訝な様子で健司の顔を見ているが、守は何かに怯えるように肩を震わせている。その反応を見て俺もようやく理解した。
「そうか。聡の方には出てないみたいだな。朝里の方はどうだ?」
「……いや……あの画像以外は何も……」
「そりゃよかった。なら――
ドンッ! という鈍い音が周囲に響く。
健司の言葉を否定するかのように守がテーブルを思いっきり叩いていた。テーブルの上のジョッキやお皿などが一瞬浮き、周囲が一瞬無音の状態になる。そんな状況も気にせず守は声を荒げていった。
「ぼ、僕はッ! 知らない! 見ていない! いい加減な事は言わないでくれよ!」
普段大人しい守がここまで大きな声を出すところを俺は初めてみた。そしてその様子がどこか直人とダブって見える。すると健司がゆっくり守の頭にその大きな手を置いてゆっくりと話し始めた。
「落ち着け守。お前ひとりじゃあない。俺も一緒だ。一昨日辺りから鏡に妙なものが見えるようになった」
一昨日。健司がグループに声を掛けたあの日に健司も見えるようになったから俺たちに声を掛けたのか。
「おい、話がみえねぇんだけどさ。健司が言ってんのは5日前に来たあの赤い男の画像の話をしてるんだよな?」
「ああ。そうだ。ライン上でみんなに確認したがこの中の誰かの悪戯という訳じゃないだろう?」
「それはもちろん。っていうか直人のスマホは晴美さんが持ってるはずだし俺たちで何かするってのは無理だろう」
俺がそういうと健司は同意するようにうなずく。
「んで、どういう状況なんだ?」
聡は懐から加熱式の電子タバコを取り出し口にくわえた。手に持っているランプが光り、周囲にタバコとは違う独特の匂いが漂ってくる。
「そうだな。状況を整理して話そう。一昨日の夜の話だ。営業が終わった俺は会社から直帰する形で自宅に戻った」
健司が自宅に帰ったのは夜の22時頃。何とか終電に間に合いいつものようにコンビニで晩酌用の食べ物を買って帰ったそうだ。玄関の扉を開け真っ暗な玄関に電気をつける。すると玄関に置いてある姿見に妙なものが見えたという事だった。
「最初は玄関の外に誰かいるのかと思った。だが違った。俺はしっかり玄関の扉を閉めていた。だからすぐに気のせいだと思ったよ。最近仕事がハードになってきたからその疲れからくる心労が妙な幻覚を見せているのだと自分に言い聞かせた」
健司はそう言いながら目線を落とし話を続ける。
「だが、それを境に鏡を見ると時折赤い顔の男が視界に入る事が多くなってきた。最近は頻度が増しているような気さえする。だからあの画像を送られたお前らも同じ思いをしてるんじゃないかと思ってこうやって場を設けようと思ったんだ」
確かに俺たちがこうして集まって飲むのは本当に久しぶりだ。最後に集まったのは守と直人が大ゲンカした時が最後だから俺たちが集まったのはもう随分前だ。ケンカの理由は分かっていない。ただ聞いた話だと直人が守を殴りかなり強い罵声を上げていたという噂だけ耳にしている。そのため直人に守の話はタブーになったため詳しい理由を聞けていないままだった。
「俺はそんな感じだ。正直今も鏡は見ないように注意してる。家の鏡も全部布をかぶせちまった」
だから最近は自分の顔を見ていないと冗談のように小さく笑っている。健司の状況を聞くと以前の直人と近い状況になるのは間違いないようだ。
「それで――守。お前はどうなんだ?」
健司は守の肩にやさしく手を置く。先ほどからずっと震えている守の様子はかなり異常だった。脂汗を大量に流し呼吸が薄くなっているのかまるでマラソンで走った後のように肩で息をしている状態だ。
「話してくれ。その様子だと俺より酷いんじゃないのか。なら対抗策を考える必要があるだろ」
「――――――なさい」
何か小声で言っているが聞こえない。
「ん? なんだ、ゆっくりでいい話してくれ」
「何ビビってんのかしらねぇけど早くしろよ、守」
健司と聡からそう言われ守はさらに大きく息を吸い今度は聞こえるように言った。
「――直人。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「ん、おい。どういう意味だ? そういえば守と直人は前大ゲンカしてたよな。朝里原因って聞いてるか?」
怪訝な顔をしている健司が俺に話を振ってきた。そうか健司も知らないのか。
「いや、俺も聞いてない。直人に守の話をするとかなり不機嫌になるから聞かないようにしてたんだ」
「そうか。聡は?」
「朝里が知らないのに俺が知るわけないだろ。っていうか当事者に聞けばいいじゃん」
そういうと聡は持っている電子タバコを持ったまま人差し指を伸ばし守を指さす。それを見て健司はまた守に話しかけた。
「守。さっきのごめんなさいっていうの直人とケンカしていたのが理由なのか? それとも――」
健司は言葉をのんでいる様子だ。その先を言うかどうか迷っているのだろう。
「――お前は何か直人に恨まれるような事をしたのか?」
その言葉を聞き守はダムが決壊したかのように涙を流し始めた。
「ぼ、僕……知らなかったんだ」
ポツリと守が言った。
「運命だと思った。――バイト中に出会って、やさしく微笑んでくれた。すごい綺麗な人だったんだ。それからバイト中は見かけると自然と目で追うようになったんだ。もっと会いたいと思って、でもバイトばかり入れてたから難しいと思った。だからバイトを減らして何とか接点を作ろうと思った」
想像していた事と違う話が始まりいまいち話が頭に入ってこない。守は何を言っている?
「いつも見かける時間は決まっていたからバイト先の近くで待って、その人を見つけて僕は声を掛けようと思って後をつけた。なんて声を掛けようか、どうやって声を掛けようかそうずっと考えている内にその人が家に入っていくのが見えた。だから今回はだめだった。次こそ声を掛けよう。そう自分に言い聞かせてそして――気づいたらその人の後をつけるのが日課になっていたんだ」
「守それってお前――」
話を静かに聞いていた健司がそう言いかけて言葉を飲み込んだ。
「ああ。分かってるよ。――
嗚咽を混じりながら告白した守と直人のケンカの真相。直人の妻、晴美さんのストーカーをしていたという事実に俺は言葉が出なかった。
「知らなかった。直人の奥さんだなんて。でも直人から一発殴られて僕も頭が真っ白になって、自分が悪いってわかってるはずなのにあの人が、晴美さんが直人と結婚していたっていう事実が許せなくて酷い暴言を吐いて僕はその場を後にした。それからもう会ってない。でもそれだけだ。晴美さんに手を出していない、ただ後をつけていただけだッ!! たったそれだけで何で僕はこんな思いをしなきゃいけなんだ!!
小さな声だったが次第に感情的になり守は叫ぶように声を張り上げている。目は真っ赤になり手は血が充血する程力が入っている。それに気になる事をいっている。直人の顔だって?
「落ち着け! 周りの迷惑になるだろう。色々言いたい事があるがどういう意味だ。直人の顔だと?」
「そうだよ! 健司にも見えてるならわかるだろう!? あれは直人の顔だ。ラインのあの画像を見てからもうずっと鏡越しに顔が見えてる。そして近づいてきてるッ! もう直人と僕の距離は1mも離れていない。どうすればいいんだよ!」
どうなってるんだ。直人が守を祟っている? いや、それなら健司の方にいる赤い顔はなんだ。何がなんなのか全然わからない。
「おい。いい加減落ち着けよ! 守!」
「痛ッ!!」
気づくと聡が守の頭に拳骨を落としている。
「はぁ健司、場所変えようぜ。もっと静かなところがいいだろ」
「……ああ。そうだな」
そうして俺たちは席を立った。伝票を取り各々鞄など持って移動する。その瞬間だ。
「あ、あ、あああああッ!!!!!」
守が突然叫びだした。慌てて視線の先を見るが鏡なんて何もない。だが守は尋常ではない怯え方をし、まるで悲鳴のような、喉が擦り切れそうなほどの声を上げそのまま走って店から出て行った。
「ッ! おい急にどうした! 待てよ守!!」
「おい! 聡! あぁくそ! すまないが朝里これで会計しておいてくれ」
「あ、おい!!」
健司は雑に財布から万札を数枚俺に向かって投げ守の後を追った聡を追いかけて店から出て行った。急変した守が不意にあの日あった直人と被る。そうだ。あの時直人は何て言っていた? 守が絶叫を上げた時何を見ていた? もう一度視線を落とす。
そうだ。守は何もないテーブルを見ていた。鏡なんて当然ない。いや、違う。直人は言っていたじゃないか。