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赤く染まる4

Side 五丈朝里


 目の前のPCに向かって淡々とキーボードを打ち込み数字を入力していく。明日の会議に必要な表の作成を行っているがどうしても集中できない。無意識に貧乏ゆすりをしてしまい気が付けばキーボードを叩く指の力が強くなっていく。


「おい五丈。今日はどうしたんだ」

「あ……田口先輩。すみません」


 何を言われたわけでもないが無意識に頭を下げてしまう。俺に話しかけてくれた一つ上の田口先輩は気さくな人で入社当時から俺も本当にお世話になった先輩だ。


「はぁ自分で分かってるならいいけどさ。なんか嫌な事でもあったのか?」

「ははは……」


 普段ニコニコして何を考えているか分からない時もあるがこの先輩は本当によく人を見ていると感心する。だが流石にこの気心が知れた人であっても今の自分の悩みの種を打ち明けるのにはまだ少し勇気が必要であった。


「実はまだ……」

「――もしかして例の友達の事か。ま、ショッキングな出来事だしな。でもいつまでも引きずってるとその亡くなった友達も成仏できないだろ。忘れろって話じゃないけどあんまり気にするなよ」

「はい――心配させてすみません」

「もう昼だし気分転換に飯でも行ってきたらどうだ? その資料は今日中にあればいいし何かあれば手伝うよ」


 そう言われて腕時計に視線を落とす。時間は13時を過ぎていた。もうこんな時間だったのか、そう思いながら田口先輩の言葉に甘える事にした。


「すみません、ありがとうございます」

「おう。美味いもんでも食べてこい」



 上着を羽織り会社を後にする。頭の中にあるのは先日送られてきたあの赤い顔の写真。送り主は直人からとなっていたがありえない。あいつはもう死んでいる。葬式だってやったんだ。念のため直人の妻の晴美さんにそれとなく聞いてみたがスマホは解約こそしていないそうだが、電源が入っていない状態で保管していると言っていた。嘘を吐いているとも思えないしあんな悪戯をするような人だと思えない。であれば――。


「ッ! ご、ごめんなさい」


 考え事をしていたら前を歩いていた人にぶつかってしまい慌てて謝罪する。最近はこうしてぼーっとすることが増えてきた。それもあの写真が原因だ。


「ええ。大丈夫ですよ」

「本当に申し訳ないです」


 頭を下げた謝罪を数回行い視線を上げた。この辺では見ないような青いスーツが視界に入る。こんな派手なスーツを着ているなんてどんな顔をしているのだろうと思いそのまま視線を上げると目の前の人物は相当身長が高いようであった。思わず一歩後ろに下がる。外国人だ。それもかなりの美形。モデルだろうか。


「最近疲れのせいかぼうっとすることが増えてまして……本当にすみませんでした」

「もう大丈夫です。そういう事もあるでしょうからね。――ああそうだ、一つ聞きたい事があるんですがいいかな?」

「え? なんでしょうか」


 随分日本語が上手な人だ。恐らくこの国に来てそれなりに長いのだろう。もしかして本当にモデルとか俳優業をしているんじゃないだろうか。


「実は迷ってしまってね。ここへ行きたいんだけど道はわかるかな?」


 そういうと目の前の外国人がスマホ画面を俺の目の前に差し出してきた。地図アプリが起動しておりちょうどいまいる現在地が青い丸の形で表示されている。


「地図の表記上はこの辺りのはずなんだけどその場所ってどうみても道路しかないように見えるんだよね」


 そういって困ったような顔をした。彼からスマホを受け取りよく場所と目的を見てみる。行先は――老舗の駄菓子屋のようだ。こんな場所にあっただろうか。いやこれは――。


「ああ。これ地下ですね」

「……地下?」

「ええ。ほらあそこに地下にいく階段があるでしょう。そこから降りるんです。ちょうどそこの道路の下に商店街みたいな形で店が並んでいるので多分そこにあるんじゃないかなと思いますよ」


 そういって俺は地下へ行く階段を指さした。何を隠そう丁度同じ場所にある眼鏡屋で先日フレームを買ったばかりだからな。これは初めての人は迷うだろう。


「おお! なるほど、なるほど。面白い作りだなありがとう。これはお礼だよ」


 そういうと目の前の外人は指パッチンをした。なんだ? っていうかどの辺がお礼だったのか謎だ。指パッチンしたときの彼の笑顔がお礼なのだろうか。


「あまり変な場所に行かないようにね」


 そういうとこちらに背を向けて手を振りながら去っていった。なんだったのだろうか。



 その日の夜、俺のスマホがポケットの中で震えている。画面を見ると昔馴染みからのラインだった。



「明後日、以前使っていた居酒屋に集合……ね」


 忘れていたあの写真の事を思い出し俺は憂鬱な気分になった。



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