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虚空に願いを9

更新が遅くなりました。

本当に申し訳ありません。

 対峙する目の前の霊を見る。先ほどまで黒い霊でしかなかったはずなのに、まるで忘れていた色を思い出したかのようにその姿が露になりこちらに刃を向けていた。


「まったく霊だという事を忘れてしまいそうになるね」


 そう零すように言い全身に力を込め相手の出方を待った。先の先を取るべきなんだろうが、転移魔法に似た移動方法を使用する事から後の先を取るべきと考えたからだ。


「なんだ、こないのか?」

「――いざァッ!!!」


 目の前の甲冑を着た男が消え、瞬きをした瞬間には既に手を伸ばせば届く距離にいた。刃をこちらに伸ばし鋭い突きを放とうとしている。俺はそれを、身体を捻って躱し奴の首を落とそうと剣を振るった。しかし、首に少し刃が触れた所で奴の身体は霧散し、また消失する。

 厄介だ。単純に速いだけならどうとでも出来るが、これは一度完全に消えている。その上どこに出てくるかまったく読めないと来た。俺は刃を振るいながらその力を止めず、そのままコマのように回転しながら前進し、後ろを振り向く。


「喝ッ!!」


 空中で刀を握り、上段で構える道行の姿。まるで鬼のような形相で上段斬りを放つその刃を受けようと剣を構えた瞬間――奴の身体が一瞬消え、また現れた。


「ッ!」


 俺は咄嗟に魔力を纏いその刃を受ける。道行の刃は俺の頭部から僅か数cmの所で止まる。刃が通らない事に驚愕している様子の所に魔法を放ち道行の身体に穴をあけた。そしてその瞬間にまた霧のように霧散し消える。


「霊としての異常性を随分使いこなしているみたいだね。ならこっちも戦い方を変えようか」


 身体に魔力を漲らせ目の前に再度出現した道行の元へ走り出す。足を踏み出し、地面を抉り加速する。一瞬の間に道行の懐へ潜り拳を繰り出そうとするとその姿が消えた。後ろに気配を感じすぐに振り向くとすぐに目の前に突き出された刃が俺の眼球を直撃する瞬間だった。だが刃は俺の身体に触れる事が出来ず停止、さらに魔力を高め加速した俺の拳が道行の顎に直撃する。


「ぐぉあああ!! まだだぁッ!」






Side 陸門道行


 届かない。今の自分自身は間違いなく人知を超えた力を身につけている。今ならどんな男にも負けないであろう力が湧いてくるのだ。だというのに、目の前の男に届かない。いくら刃を振ろうとも、まるで分厚い壁でもあるかのように儂の攻撃は一太刀も当たらぬ。

 それだけではない、こちらはこの実体のない身体を利用して動いているというのに、目の前の男は生身の人間であるはずなのにこちらの動きについてくる。いやついてくるどころかどんどん速くなってきている。先ほどまでは傷をつける事が出来ずとも刃を奴の近くまで近づける事が出来ていたはずなのに、今は儂の刃は空を切るばかりだ。どうすればいい。人の身を捨てている今でさえ、届かぬのならば!




 今以上に力を得るためにはこの身に宿るあの娘の怒りを、憎しみを糧に更にッ!





「ガァアアアアアアッ!」


 力が漲る。視界が霞み歪んで見えるが目の前の男の居場所さえわかればそれでよい。我が刃を少しでもあの者の元へ。殺すのだ。あの子を苦しめるすべてを、あの子を悲しませるすべてを、この手で皆殺しに――ッ!


「■■■■■」


 何か聞こえる。だが、その言葉は今の儂にはどうでもいい。そうだ殺せればいいのだ。その首をッ! がむしゃらに刃を伸ばし、その刀を振るう。1本でだめなら2本の刃で、刀が届かぬのならその喉元を食い破れば良い。殺せ、目の前の男を殺すのだ。



「――守護者と言い切ったお前がそんなんじゃだめだろう」


 何を言う。儂はあの子の守護者として――。


「貴方の気持ちも理解できる。どういう経緯でそうなったのかは不明だが、きっと並々ならぬ思いがあったのだろう。だが、貴方は罪のない人間を殺している。それは看過できない」



 ならばッ! 見逃せというのか! この子の思いはどうする!? 誰が救うというのだ。



「俺が救う……つもりだったんだがな。どうやらその心配は無さそうだ」



 何を言っている? どういう事だ?


「まったく人のような姿になったと思えば、力に飲み込まれ、そんな漫画みたいな怨霊のような姿になっちまって。聞こえないのか?」


 そこからは一瞬だった。ほんの刹那の瞬間に我が四肢は切り裂かれ、地面に背を突いていた。身体を起こそうとするが不可思議な力に拘束され身動きが取れぬ。今までと次元が違う動き。まったく反応が出来なかった。そうかこれがこの男本来の……。



「■■■■■■■、お願い」


 なんだ、何か聞こえる。


「おじちゃん。もういいよ、もう私のためにそんなにボロボロにならないでッ! 優しいおじちゃんに戻ってよぉ」


 この声はあの子か。何を言っている。儂はいつもと同じ――。


「ほらよく見ろ、子供がみたらトラウマもんだぞ」


 すると目の前に光る四角い板のようなものが出現した。そこには骨がむき出しになり、赤く充血したむき出しの眼球、骨と皮しかないような身体。そんな化生のような姿の化け物が映っている。不可思議な現状であったが直感で理解した。ああ、そうか。これが――今の儂の姿か。


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