虚空に願いを5
目の前の霊と距離は数mほど。互いに睨み合い立ち止まっている。動かない霊を見て俺は一歩足を踏み出した。ぬかるんだ地面に俺の靴が沈み込む。
一歩前に踏み出した足に体重を移動させた瞬間、目の前の霊がまるでコマ送りした映像のように目の前に現れ、その黒刃を俺の首に向けて振ってくる。身体を捻り迫りくる刃の側面を叩くように拳を振いその刃を叩き折る。そのまま捻った身体を利用して回転し裏拳を霊の顔に放った。
「■■■ッ」
俺の拳が当たった場所が風船のように破裂するが、残った身体から幾重もの刃が剣山のように生え襲ってきた。後ろに軽く跳躍し、指を鳴らし魔法を発動。先ほど同様に閃光が走る。
「“
黒い霊を10以上の欠片に切り刻む。黒い霊は細かな粒子のようになり消えた。雨の音だけが鳴る竹林。俺はまだ動かずにその場にいた。霊の復活の気配はないようだが――ッ。
「おいおい、剣だけじゃなくてこんな物まで使うんか」
俺の右手には
手の中の矢を握り潰しそれがそのまま粒のような煙となって消失。続いて放たれる矢を躱しそのまま前へ疾走する。首を捻り、手で弾き、降っている雨粒が顔に当たるのを感じながら前へ進む。そこに大きな黒い弓を構えた霊がいた。
俺が近づくと霊は手持ちの弓を投げる。空中へ放り投げられた弓は同じように消えて行き、霊の手元にはまた剣が――いや、今度は今までと違い柄があるようだ。さっきまでは手から刃が生えただけのようだったが、今は明らかに剣の柄があり、それを握っているのが分かる。
「なるほど、黒い刀ってかっこいいよな」
「■■■!!」
手に魔力を込め、襲ってくる黒刃をこちらも手刀で迎え撃つ。鈍い音が周囲に響く。少しの手ごたえの後、相手の刃は折れ、宙に舞った。その手ごたえに俺は内心首を傾げる。
先ほどよりも刃が固くなっている。さっきまで何の抵抗もなく折れていた刃が、一瞬とはいえ、俺の手刀と打ち合えているからだ。
霊は折れた刀身がまるで生き物のように蠢きまた元の刀と同じ長さまで一瞬で生えた。それをまた同じように俺に振り下ろしてくる。それをまた同じように手刀で迎え撃つ。少しずつ俺と霊の距離は縮まっていく。その間、俺と霊の間には幾つもの黒い閃光が走り、そして同じ数だけ黒い刃が宙を舞う。
「■■■!」
俺の首を狙って放たれた斬撃を、俺は頭を下げて躱し、そのまま奴の腕を手刀で切り上げ腕を切り裂いた。さらに左の手刀で奴の身体を貫きそのまま魔法を放つ。黒い霊の身体から光が洩れ、俺が手を貫いた部分の腹が消滅した。使った魔法はかなり弱く、威力を抑えた。それこそ腹の一部がなくなる程度にして、完全な致命傷を与えるような威力は出していない。そのまま右手で残った腕を切り飛ばし、霊の胴体に足を置き、そのまま前蹴りで霊の身体を軽く吹き飛ばした。両腕をなくした霊はそのまま後ろの竹やぶに当たり、雨で泥になった地面に膝を付き、そのまま頭を地面に付けた。
「過去の経験上、お前みたいな霊は完全に消滅させなければ復活することは出来ないんだろう。まぁ漫画のキャラみたいに腕を生やすなら別だけどさ」
さらに魔力を漲らせ、一歩ずつ歩いて霊との距離を詰めた瞬間。俺はあり得ないものを見た。
「止めて! 何で虐めるの!!!」
俺は目を見開き、歩いていた足を止めた。なんだ。これは何が起きている?
「もうおじちゃんにひどい事しないで! どうしてみんな虐めるの!」
「……何を言って。いやその前に君は――」
目の前の光景はなんだ。なぜ、俺の前に両手を精一杯広げ、
「――なんでここに女の子の霊が……?」
偶々別の霊がいた? いやあり得ない。この場にいて無関係なはずがない。ではあの黒い霊が女の子の霊を捕らえているのか? そうだそれが一番考えられる。自分の身を守るため捕らえている霊を使い俺の盾にでもしようとしている。ならば関係はない。別に近づかなくても俺はこの女の子の霊に危害を加えずに、後ろにいる黒い霊を直接狙える。俺は魔力を込め魔法を――。
「なんでッ! なんで虐めるの? どうしてなの!? ただ、ただ、おじちゃんは私の――グズッ私のお願いを……」
思わず一歩後ろに下がってしまう。理解してしまったのだ。この子は、本気で俺からその小さな身体であの霊を守ろうとしている。操られているとかでは断じてない。それだけの本気の思いが、涙を流し、声を枯らす程に俺を責め立て必死に守ろうとしている姿から伝わってきた。気が付けば俺は纏っていた魔力を霧散させていた。今の俺の魔力はこの子にはあまりに強すぎるからだ。
その瞬間。後ろにいた黒い霊は切り離した両腕を生やし、まるで俺からその子を守るように無防備に背中を見せ、女の子を抱きかかえた。そしてそのまま竹林の中を走っていく。俺はそれをただ茫然と見守ることしかできなかった。