虚空に願いを3
翌日、俺は都内のある場所へ来ていた。場所はとあるビルの貸会議室。指定された時間に行くと一人の男性が座っていた。少し白髪が混じった初老の男性で俺が扉を開けると鋭い視線を向けてくる。なるほど、それなりに鍛えている人物のようだ。視線だけで俺が何か持っていないか、靴から手先に至るまで一瞬で見られたのを感じたからだ。
「こんにちは。貴方が鏑木慎吾さんですか」
「ええ。では貴方が勇実さんという霊能者の方ですね。どうぞ座ってください」
鏑木という男が座っているのは会議室の出入り口から一番近い場所だ。そして俺に座れと言い手を差し出したのは扉から最も遠い場所。この国の仕来りに上座だの下座だのあったと記憶しているが、これはそれを配慮したものではないだろう。
この配置は何かあっても逃げやすく、俺を抑えやすいように、か。随分と警戒されている。見た所この男は普通のシャツとジャケットを着たフォーマルな恰好をしているが、恐らく何か武器を携帯している可能性もありそうだ。まぁ気を引き締めるとしよう。
「さて、私の名前は既に大蓮寺先生から伺っている通りです。そして先生より私は貴方の事を一切詮索しないという事を条件に紹介していただきました。まずそれに相違はありませんか?」
「ええ。俺も大蓮寺さんからそう聞いています」
「結構です。では互いのためにも自己紹介は省きましょう。本来であれば大蓮寺先生のように本当に霊能力と呼ばれる力を持った方は希少なのであなたの事は色々お聞きしたいのですがね。しかしそれを破れば今後先生は我々に協力はしてくれないでしょう。だから余計な話はせず本題からお話します。よろしいですか?」
「ええ、俺も大蓮寺さんに迷惑をかけたくないのでね。そうしてもらえると助かりますよ」
そういうと鏑木はテーブルの上に置いてあった紙コップにお茶を注ぎ、自分の分と俺の分を入れて差し出してきた。だが、俺は受け取らず遠慮した。別にあの飲み物に何か入っている可能性を考え遠慮した訳じゃない。ここに来る途中に大蓮寺から色々聞いたため、それを警戒しているのだ。そのために態々手袋までしている。
「おや、お茶は嫌いですかな。ならコーヒーでも――」
「俺も忙しいのでね。本題をお願いしますよ」
「……そうですな。事件の事はどこまで?」
「4人の被害者が出ていて、それが全員20代の若い男性であり、全員が金髪だったという事。そして武者のような霊が首を切って回っているという事。この事件はこれで終わらないだろうという事です」
「ええ。こちらの認識とほぼ一緒です。事件はこの
「その町で何か云われはありますか? 伝承なんかでもいい。過去に大きな戦があったとか」
武者の霊が出たとして、その町に一切何の因果もないという事はないだろう。何かあったはずだ。
「こちらでも調べてみましたが、確かに戦国時代でこの辺りでは戦が多かったと記録されていますし、大きな武家屋敷もあったようです。ただ、その当時は様々な場所で戦がありました。もし武者の怨念のような者があったとして、なぜここにだけという疑問が拭いきれません」
「戦だけではないでしょう。どの時代であろうとも、どの世界であろうとも人がいれば競い合い、争い合い、殺し合いが起きる。であれば何かひどい恨みを残すようなことがあったのかもしれませんね」
「ふむ、なるほど。まぁ確かにこの梅海町は色々と事件が多い場所ですからね」
ん? どういう意味だ。この件以外に何かあるっていう事なのか? ダメだ一回整理したいな。俺は懐からポッキーを取り出し口の中に入れた。
「事件というのはこの首切り事件ではなくですか」
「……」
「ん、何か?」
なんだ、そんな物欲しそうな顔をしてもやらんぞ。
「――いえ、なんでもありません。もう一ヵ月程前になりますが、この梅海町で事件が起きているんです。まぁ今回の事件とはあまり関係はないでしょうがね」
「なぜそう思うのですか」
「その事件の被害者は男性ではなく幼い子供だったんです。僅か7歳の女の子でした。確か名前は
……なるほど、成人した男性ではなく、幼い女の子であれば今回とは関係なさそうだ。それに犯人も逮捕されているならこの件とは別か。
「他に事件等は?」
「いえ、後は偶に交通事故があったりするくらいで比較的平和な町ですね」
「……わかりました。俺は明日現地に行き、霊を探します。何かあれば大蓮寺さんに報告をしますのでそれを待って下さい」
「了解しました。ではこれを持っていて下さい」
そういうと鞄から何かを取り出しテーブルの上に置いた。
「これは?」
「腕章です。あの町は今も警察が巡回し表向き容疑者を探しています。そんな中に貴方のような目立つ方が来たら職質をされる可能性もありますからね。もし現場の警官や刑事に何か言われたらそれを見せて貰えれば大丈夫でしょう。一応現場には外部協力者の件は伝えてありますが、一応念のためです」
「わかりました。預かっておきます」
腕章を受け取り俺は会議室を後にした。さて、こんなことなら免許が早くほしかったな。
Side 鏑木慎吾
男がビルから出たのを確認後、私はすぐに部下に連絡をした。
「おい、例の会議室を掃除してくれ。頭髪なんかが出たら一応鑑識に回すように」
『了解しました。指紋の方はどうでしたか?』
「ダメだった。かなり警戒されていたようで用心に手袋をしていたよ。唾液なんかも採取したかったんだが、それも無理だったしな」
大蓮寺先生との約束はあるが、国家を守る警察である以上、もし先生の言う程の力を持った霊能者がいるのであればこちらでも情報を抑えておく必要がある。そのため、苦しい言い訳であるが、ただ使用した会議室の清掃をするという名目で何か情報を探ろうとした。まず飲んだ場合はすぐに捨てる事が予想され、回収しやすい紙コップまで用意し指紋と唾液を採取しようとしたのだが少々強引に進めようとしたためにやはり露骨だったかと反省する。
『どうされますか? 一応尾行は可能ですが』
「いや、ここまでだ。これ以上は本当に約束を反故にする。言い訳もできん。撤収だ」
もっとも本人が隠す気があるのかないのか、さっぱりわからん。堂々とSNSで宣伝しているようだし、急ぐ必要もないだろう。というか、大蓮寺先生は勇実さんがSNSで宣伝していること知らないのではないだろうか。頑なに勇実さんへの詮索を禁ずると言っていたが、あれだけ宣伝し、配信サイトで顔出しした経験もある様だしあまり意味がないような気がするのだがな。