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虚空に願いを2

「お久しぶりです。大蓮寺さん」

「ああ。久しいな勇実殿。先月は我が身のこと、改めて感謝を」


 そういって大蓮寺は深く頭を下げた。


「いえ、あの時は俺もかなり迷っていたところがありましたので、大蓮寺さんには本当に感謝しているんです。頭を上げて下さい。――それより今日はどうされたんですか?」


 よく考えたらこの場に牧菜がいないのも気になる。以前聞いた話では外部のやり取りは全部牧菜がやっていたはずだ。


「娘は家で留守番をさせておるよ。今回の依頼は少々厄介な話なのだ」


 俺が何を言いたいのか分かったようだ。顔に出ていたのだろうか。


「厄介……ですか」

「そうだ。それゆえ勝手であるが、人払いをお願いできないだろうか」


 人払い。つまりあまり話を広めたくないという事か。俺はお茶を出していた利奈に視線を向けた。すると話を聞いていた利奈はどうやら俺の視線の意味を理解したように頷いた。


「ピザですね。いつものでいいですか?」


 ちげぇよ。今日は家に帰れって意味だよ!


「……いや、今日は帰っていいよ。栞にも今日は来なくていいって伝えておいて」

「あ、わかりました! ではお先失礼しますね」


 あぁ本当に君は残念な娘だよ。本当に学校でうまくやれているのだろうか。不安になってきたぜ。


「すまぬな。勇実殿、今回お主に相談したいのは最近起きている殺人事件についてなのだ」

「殺人事件ですか?」

「そうだ、勇実殿はニュースなどは見るかな」

「いえ、殆ど見ておりませんね」


 たまにアニメを見るくらいでニュースなんて殆ど見ていない。あぁでも栞たちが何か言っていたような気がするな。


「ああでも、確か。最近ですと……首切り事件みたいなのが世間で起きているんでしたっけ」


 俺がそういうと大蓮寺はゆっくりと頷いた。


「そうだ。そして、この犯人が霊である可能性が非常に高い」

「ッ! それは……」


 まさか、霊が人の首を切り落として回っているっていうのか? 今までそれなりの霊を祓ってきた。だからこそ霊の強さというのはある程度理解できているつもりだ。だからこそもしそれが本当であれば――。


「信じられぬのも無理はない。霊が人を殺すという事は珍しい事ではない。死した時の感情の強さは霊の強さとなり、霊となった年月が長ければそれだけ強さは増してゆく。だが、物理的に人の首を切り落とす霊なんぞ。尋常ではない」


 そういって大蓮寺は封筒から一枚の写真をテーブルの上に置いた。そこには何かの映像を切り取ったかのようなもので、路地裏のような場所で立っている黒い人影、そして倒れている人が映っている写真だった。倒れている人は首が胴体から離れているのがわかった。


「この黒いものが?」

「そうだ。まず間違いあるまい。勇実殿は分からぬかもしれないがこれはおそらく武者の甲冑を着ているようだ」

「甲冑、鎧のようなものですよね」

「そうだ。これは昔の日本が戦の時に使用していた甲冑と呼ばれるものに酷似している。そこから考えるにこの霊はそうとう昔の霊なのだろう。だが……」

「なぜ今なのか。ですか?」

「その通りだ」


 どれほど前の霊なのか分からないが、なぜ今その武者の霊が出現したのか。それほどの強い霊であれば何かきっかけがあったはずだ。


「――済まない勇実殿。ことは急を要するのだ。この霊は非常に強力だ。それが今もこの世を彷徨っている。そして……恐らく早く対処しなければ犠牲者が出る」


 大蓮寺の話を聞く限り分かったこと。この武者の霊は20代の男性、それも何故か金髪の髪をした者を狙っているらしい。当然偶然の可能性もある。だが、被害者の唯一の共通点はそれしかないのだそうだ。


「今回の依頼は警察が絡んでおってな。そのため、この事件があった周囲で現在住んでいる20代の若い金髪の男が他にいないか探しているそうだ。だが……かなり難航しているらしい」

「でしょうね。そのくらいの年齢であれば自分の髪を染めたい人は多いでしょう。正直数が多すぎると思います」

「そうなのだ。ゆえに勇実殿。お主に今回の除霊を頼みたい。この写真から感じ取った力から察するにこれは間違いなく儂の手に余る霊だ」


 そういうと大蓮寺は両手をテーブルに乗せ額がつくくらいに深く頭を下げ始めた。


「落ち着いて下さい!」

「勇実殿。これは生半可な霊では断じてない。なぜこれほどの霊が今になって人を襲っているのか、なぜ若い男を、それも金髪の者だけを狙うのか、疑問も多くあるが現状間違いない事実としてあるのはただ一つ」




放っておけばまだ犠牲者が出る。という事だろう。俺はソファーから立ち上がり、大蓮寺の傍で膝をついて、頭を下げている大蓮寺の肩に手を置いた。


「お任せください。俺が祓って見せましょう」

「すまない。これは本来儂の元へ来た依頼であったが、我が命を使ってもこの霊を封じることは出来ぬだろう。以前であればそれでも挑戦していただろうがな……。勇実殿。お主のことは今回の事件の指揮を執っている者に話を通しておく。勇実殿が自由に動けるように、そして無用な詮索はしないようにという条件で儂以上の能力者を紹介すると言っておこう。鏑木は警察の中では話の分かる男だ。何かあればその者に連絡をしてくれ。だがくれぐれも用心は必要だ」


 そういって電話番号が書かれたメモを受け取った。大蓮寺がここまでする以上俺は期待されていると思っていいのだろう。誰かに期待されるというのは悪い気はしない。そういう感情はこの世界に来るまではあまりなかった。俺が生きていて数少ない尊敬できそうな人だ。その期待に応えられるように頑張ろうじゃないか。


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