人を呪わば13
ピンポーン
昼のある住宅街にチャイムが響いた。玄関の前には一人の男。白いTシャツに、黒のパンツを履いた長身の男だ。手には黒い鞄を持っており、玄関の前でチャイムを押し家の中の様子を確認していた。
ピンポーン
再度チャイムがなる。すると、家の中から人の気配がして、足音が少しずつ玄関に近づいてきた。鍵が開く音が聞こえ、少しだけ玄関が開く。そこから顔を出したのは40代後半になる女性であった。その女性は髪もボロボロで、目の下に隈が出来ており、暗がりで出会ったらお化けと勘違いしてしまう可能性もあるだろう。
「……どちら様ですか?」
玄関から少しだけ顔を出し、その女性は明らかに歓迎していないというオーラを全開に出して来客の対応を行う。
「こんにちは。こちら七海努さんの家でお間違いありませんでしょうか」
「え? は、はぁ。そうですが……失礼ですがどちら様ですか?」
「あぁこれは失敬。私こういう者です」
そういうと玄関にいた男は1枚の名刺を取り出しそれを女性に渡した。恐る恐るその名刺を女性は受け取ると、そこに書かれている名刺に目を通す。
「エマテスベル式マッサージ レイ・ストーンですか?」
「はい! 私はあの世界的にも有名なエマテスベル式マッサージの開祖であるヴェノ・ストーンから直接指導を受けこの日本でただ一人免許皆伝を授かったレイ・ストーンと申します!」
「は、はぁ。外国の方ですか? 随分日本語がお上手ですね」
「ははは。この顔立ちですからね。実際、生まれは違いますが日本育ちみたいな感じなので日本語もペラペラなんですよ。あぁそうそう実はですね、私がこの仕事に就こうとした切っ掛けなんですが、漫画喫茶という聖地で偶然にも施術士オーメンという作品と出会い――」
「あ、あの、なんの御用ですか?」
白いシャツを着た銀髪の男、レイ・ストーンが熱弁しようとした所を女性は静止した。
「奥様はエマテスベル式マッサージをご存じでしょうか?」
「……いえ、最近テレビとかも見ていないので……」
「えぇ!? ご存じでない!? まぁ日本で活動しているのは私だけですからね。これでも向こうじゃ有名なんですよ」
「は、はぁ。そうですか海外でそんなに……」
「このエマテスベル式マッサージの効果を聞きたくありませんか? 聞きたいですよね。えぇ大丈夫です。お話して差し上げます。ぜひこのままお聞きください。大丈夫時間は取らせませんとも」
そういいながらレイという男は一歩玄関に近づき、女性の元に近づく。それに恐怖を感じたのか玄関を閉めようとするが、レイがすぐさま玄関に足を入れ閉じさせないようにする。
「や、やめてください! 警察呼びますよ!」
「おーそれは勘弁してください。すぐ終わります、よく聞いてくださいね、このエマテスベル式マッサージの効果は人体をあるべき姿に戻すというものです。特別な水を用いて行うこの施術であれば――」
「いい加減にしてください! 本当に警察をッ!」
「全身が不随状態の人であっても元の状態に戻すことが可能です」
その言葉を聞いた瞬間、玄関を閉めようとしていた力が一気に弱まった。
「今、なんて……?」
「興味がありますか? よろしければ中に入れてください。詳しくお話しますよ」
「……でも、今我が家にお金は――」
「あぁどうやら誤解されていますね。エマテスベル式マッサージの対価は金銭ではないのです。これですよ、これ」
そういうと男は鞄から一つの箱を取り出した。それを見た女性は大きく目を見開き驚愕する。
「え……でもそれって……
「そう、ポッキーです。知っていますか? 開祖ヴェノ・ストーンは大のお菓子好きなんです。それも手作りのお菓子に目がなかった。だから奥様、お代は貴方の手作りのお菓子で良いのですが、どうでしょう? あぁお菓子が無ければピザでもいいですよ。私はどちらも好みなので」
Side レイ・ストーン
無事に家の中に入れた。それにしてもあの程度の話で簡単に信じる辺り、紬の母親はかなり危険な状態なのだろう。自分でも胡散臭いと思うのだが、どうやら信じてくれたようだ。なんせ、簡単に施術内容を話したら近くのスーパーにすぐ買い物に行くと言っていたくらいだ。それにしても――
玄関からリビングへ移動する間のこの家の様子を思い出す。所々に散りばめられている謎のインテリア。ツボや掛け軸など明らかに不自然な場所に飾られており、何かの生物を模したと思われる木彫りの置物や、金属の球体など、怪しい見本市場のような状態だ。とはいえここからが本番だ。気を引き締めていくとしよう。
案内された部屋の前に行き、扉を開ける。そこに一人の男が横たわっていた。身長は恐らく180手前程度だろう。かなりデカい人だったのだろう。今は布団越しでもわかるほどやせ細っている。それに男の周りにはこの家で見た以上に物であふれていた。なんだかよくわからない缶のような物体や、水晶のような球、部屋の壁を囲うように並んでいる謎の水。ここにいると頭が痛くなってくる。だが、これで色々と分かった事があるな。ここにある物は確かこの父親を治療するために買い揃えたほとんどが偽物だが、中には多少なりとも力を持っている物があるようだ。それらが互いに反発し、次第に混ざり合い、こんなよくわからん空間になっているのだろう。
「こんにちは。私はレイ・ストーンというしがないマッサージ師です。本日は貴方様の身体を正常に戻すために参りました。私がこのマッサージという仕事に興味を持った切っ掛けなんですがね。漫画喫茶で偶然出会った書物である、施術士オーメンという作品がありま――」
「帰ってくれ」
なぜこの家族はこちらの話を最後まで聞いてくれないのだろうか。まぁいいや、本題はそこじゃない。
「――そうは行きません。私は貴方を助けたいという奥様のお気持ちをですね」
「もういいんだ、我が家には金はあまりない。娘が入れてくれている生活費で何とか暮らしている状況なんだ。もう我が家からこれ以上絞り取ろうとしないでくれないか」
やはり色々と擦り切れている様子だ。まぁ無理もない。だが、それはそれだ。
「残念ながら既に契約は済んでおりますからね、貴方様はただ私のマッサージに身を委ねていてください」
「ちょっと待ってくれ、だから結構だと言って」
「結構なのでしょう。なら良いではないですか。さて貴方様からも了承を貰った事ですし、始めましょうか。あぁその前にっと」
そういって指パッチンを一度行う。これで邪魔は出来ないだろう。
「では、施術を行います。上着だけ脱がしますね」
「おい、待てと言っているだろう!」
布団を捲り、上着のボタンを外す。そうして肌を露出させた。あばら骨が浮きかなりやせ細っているのがよくわかる。腕に繋がっている点滴などが痛々しい様子だ。本当は無理やりうつぶせにしてよくあるマッサージのような態勢にしようと思ったのだが、点滴とか邪魔で無理だ。諦めよう。鞄から自動販売機で買ってラベルだけ外したペットボトルを用意してそれを自分の手に少しこぼし液体が肌に吸収される前にそのまま胸元に手を置いた。
「冷たいかもしれないですが、我慢してくださいねー」
「……そんなもの感じない。いいからすぐに止めろ」
「そうだ、貴方はあの七海紬さんのお父様なんですよね?」
「……貴様は紬が目的で近づいたのか? 言っておくが娘に何かすればただじゃおかんぞ」
その瞬間だけ間違いなく父親の目に強い意志が宿ったのを感じた。恐らくその娘を守りたいという心は本心とみて間違いないだろう。
「いい父親なんですね」
「……君は何のつもりだ。言っておくが娘は――」
「そうそう知っていますか? 紬さん。今大怪我しているんですよ?」
「さっきっから、貴方は何を言っている! 言って良い嘘と悪い嘘があることもしらんのか!」
目を血走らせ俺の方を見る父親の顔をよく観察する。嘘は言っていない。動揺している様子もない、本気で娘を心配している父親の姿だ。つまり本当に知らないのだろう。紬さんが大怪我をしているという事を。この情報とこの家の特殊的な力場になっている事から考えると――――。なるほど、そういう事か。
この人は多分――