人を呪わば10
Side 七海紬
なんだろう、父の様子がおかしい。
身体が動かせなくなり随分長い間廃人のようになっていたけど、あそこまで感情を露にするのは久しぶりにみた。
へんな胸騒ぎを感じるが、それに対する答えが見つからない。
「紬ちゃん。どうしたの?」
「あ、お母さん。――なんでもないよ」
何でもない訳ではないのは自分が一番わかっている。
今の自分の状況も、家族の状況も色々考えすぎて頭がパンクしそうだ。
なんで、こんなことになっているの。
何が悪かったの。
私たちに詐欺を働いたあの自称霊能者を訴えたくても、その界隈で悪い意味で有名な宗教団体”
霊感商法という形でお金を取り返せないかと弁護士にも相談したけど、相手の名前や宗教団体名を告げると誰も協力してくれなかった。
かなり面倒な相手らしく、被害者も多いそうなのだが、それ以上に信者の数も多いため、下手に訴えを起こすと2次被害が出る可能性があると言われてしまい、これ以上家族に何か起きると考えると私はもう何をすればいいのかわからなくなった。
幸い借金は返せる目途もついており、もうすぐ返済できる。
借金をゼロにし、父の治療のためのお金を貯める。
そのためにまずは映画の仕事を成功させないといけない。
私は実家を後にして、タクシーに乗った。
明日は稽古がある日であり、場所が少し遠いため前日に前乗りする必要がある。
この水曜日に長時間車に乗るのは、正直気が進まないが、どうしてもCMで売れたために電車に乗るとかなり面倒な事になる。
そのため極力タクシーを使うように指示されているのだ。
震える手を抑えるように強く自分の手を握りゆっくりと呼吸をする。
タクシーを飛ばして貰い、出来れば少しでも早く目的地について、ホテルの中で引きこもっていたいのだが、それが逆に仇となる可能性だって考えられる。
だから、運転手の人には安全運転でお願いしますと言った。
高速に乗り、流れる景色を見ながら今だ早鐘のように鳴り続ける心臓を手で押さえ時計を確認する。
目的地に到着するまであと1時間くらいはかかる。
早く、でも何事もなくタクシーから降りられることを必死に祈る。
そうして目を瞑っている時だ――
「ん、あれどうしたんだろ」
運転手の独り言のような声が聞こえた。
少し身体をずらしフロントガラス越しに前を見る。
高速での車の移動だったが、思ったより車の台数は少ない。
「……どうしました?」
「いや、反対車線のダンプカーなんですが、ちょっと様子がおかしくて」
「え?」
運転手の指さす方向を見ると、巨大なダンプカーが走っているのが見えた。
だが、何故かふらふらと蛇行して運転しているように見える。
いや、それよりも――
「あの運転してる人、ハンドルに突っ伏しているように見えませんか!?」
「え!? ……ほ、本当だッ!」
全身の毛穴が開くのを感じた。
鳥肌が身体全体に広がり、血の気が一気に引いたのが自分でもわかる。
反対車線を走っていたダンプカーが徐々にこちらに向かってきているのだ。
しかも段々と速度が上がっているようにも見える。
「だめ! このままじゃぶつかっちゃう。よけてください!」
「ま、待ってくれ! なんだか急にハンドルが効かなくなったんだッ!!!!」
「そんなッ!!」
轟音が響く。
目の前のダンプカーが中央分離帯を破壊し、こちらに横転しながら突っ込んでくるのがスローモーションで見えた。
あぁなんでこんな事になったのだろう。
本当に呪いの力なの?
でも、誰が私を呪っているの。
何で私が呪われなきゃいけないの。
頭に過るのは、狂ったように霊感商法にハマる母。虚空を見つめているかつての姿からかけ離れた枯れ木のような父。
もう疲れてしまった。
このまま死んで終わればもうこんなに悩まなくて済むのかな。
「……嫌ッ」
死にたくない。
こんな所で死にたくない。
また太陽みたいに笑う父を母と一緒に支えあって生きたい。
そのための努力をまだ私はやりきれていないんだ。
狂乱状態でハンドルやブレーキを踏もうとしているタクシーの運転手を見ながら私は手を合わせ精一杯祈った。
「神様、どうか……助けて」
「神様じゃなくて済まないが、遅くなった」
突然そこに第三者の声が響き、金属が千切れるような音がする。
先ほどまで感じなかった風が頬を叩き、髪を撫でている。
私は驚き顔を上げた。
空が見える。
車の中だというのになぜか空が見える。
そして、車の座席の上に立っている青いスーツを着た男がいた。
「時間がない。目を瞑ってて」
「え!? 何が起きてるの! ってきゃッ!!」
私の腕をつかみ軽々と持ち上げ、まるで荷物を持つように抱えあげられた。
よく見れば、左手には運転手も同じように抱えられている。
それに――どうやったのか不明だが、タクシーの車両の天井部分が綺麗に無くなっている。
「きゃッ!!」
「うぉああああ」
私と運転手を二人抱えた状態で跳躍し、高速道路の端に着地。
そのままコンクリートの地面に置かれ、また礼土はまるでアクションアニメのようにその場から消えた。
本当に、まるでそこに最初からいなかったみたいに消え、私は先ほどの事故の衝撃と合わせて言葉がうまく出なかった。
その瞬間――金属同士がぶつかり合う不愉快な音が辺りに響き、私と運転手の人はその音のする方向を見る。
「あ、あ……」
運転手の人は大きく口を開け目を見開いていた。
多分私も同じ表情をしていると思う。
すると後から礼土の声が聞こえた。
「よし、俺たちは一旦ここから離れよう。まだ終わってない可能性がある」
「え!? どこに行ってたんですか! っていうか今のどうやって――」
「そういうのはあとだ。また他の人を巻き込む可能性がある。……すみません、この人を病院にお願いします」
よく見ると礼土はもう一人男性を抱えていた。
まさか、ダンプカーを運転している人? あの一瞬でどうやって?
「え? いや、でもえ?」
「ごめんなさい。お願いします。――紬さん行きますよ」
「え? ちょっとまって!」
私をそのまま担いだ状態でワイヤーアクションのように跳躍。
本当に何が起きたのかわからない。でも一つ間違いないのは、私はこの人のお陰で命を救われたという事だ。