人を呪わば5
長すぎるのでタイトルを変更しました。
Side 勇実礼土
「い~わねぇ。ちょっと興奮しちゃったわ」
「も、もういいですよね。お疲れ様でした」
疲れた。
肉体的な疲労ではない、これは精神的な疲労だ。
時折、身体を触ってくるのはもちろんのこと、何やら嘗め回すように見られていた。
鳥肌が半端ない。この俺にここまでの疲労感を与えるなんて魔王ですらなかったぞ?
やるじゃないか、こ奴め。
腹が立つのが向こう側でそんな苦しんでいる俺を見て紬が笑っていることだ。
なんなんだ、あいつ。ちょっと怒らせたからって性格悪くない?
いやまぁ俺のせいなんだけどさ。
だめだ、疲れた時はやはりお菓子を食べないと……
ふらふらした足取りで自分の鞄の元まで行き、最近の俺のお気に入りである”極堅煎餅MAX”を取り出す。
最近甘いものを食べていたからこういうしょっぱいものが旨いんだ。
ちなみにこの煎餅の謳い文句は『日本一硬い煎餅登場! 食べるときは専用の木槌で割って食べてね!』だ。
たまに遊びに来る田嶋が持ってきたのだが、俺はこれにハマってしまった。
利奈と栞は木槌でも割れないとか言っていたが、あれは彼女たちが軟弱なだけだろう。
俺は鞄から煎餅のプラスチックの袋から取り出し、それを半分に割る。
このまま食べてもいいのだが、流石に外だからね。
見栄えもあるし、半分ずつ食べるとしよう。
そう思って一口食べるとまたしても
「あら? 美味しそうなの食べてるのね。ってそれもしかして”極堅煎餅MAX”じゃないの……?」
「……ご存じですか?」
「うん、知ってるわよ。だってそれめっちゃ硬い奴でしょ? 前シリーズの極堅煎餅は食べた事あるけど、私でも割れなくてねぇ。あれ付属で木槌ついてるけどまったく意味ないじゃない? 試してみたけど結局金槌じゃないと割れなかったのよ。なのに――よくそれ素手で割れたわね。明らかに前シリーズより硬くなってるんでしょ?」
どういう事がドン引きされているのだけはわかる。
なんじゃそりゃ、この男でも割れなかったのか?
だとしたらこれもはや食べ物として成立してないような気がするんだが……
「……ねぇ」
まぁうまいからいいか。
このくらいの硬さだと歯ごたえがあっていいしな。以前山の中で食べた魔物を思い出す。
あれは堅かった……
「ねぇってば!」
「え、俺ですか?」
「そうよ、他に誰がいるの!」
気づけば紬と大胡が近くに来ていた。
相変わらず怒った様子ではあるが、先ほどよりは落ち着いたようだ。
「えーと、名無しさん。どうしました?」
「もう――紬よ! 七海紬! ちょっと相談なんだけど……それ1枚くれない?」
「は? この煎餅ですか?」
なんだ、煎餅好きなのか?
やらんぞ!? あと2枚しか持ってきてないんだ!
「でもこれ俺のおやつでして……」
「だったらこれあげるわよ」
そういうと何やら四角い棒のようなパッケージの食べ物を取り出した。
なんじゃこりゃ。ええっと『プロテインバー』って書いてあるな。
旨いのか?
「ね? これと交換してくれない?」
「――理由を聞いても?」
「ちょっと興味湧いたの。さっき聞こえてきたけど、源さんってこの煎餅割れなかったのよね?」
「ええ。そうよ。正確にいえばこれの前のシリーズだけどね。でも多分それより硬いわよ」
「ならいいわ。面白そうだし!」
ここにきて初めて紬の本当の笑顔を見たような気がする。
大分子供っぽい感じがするがな。
っていうかどういう心境の変化なんだ。
何やらこの煎餅が欲しかったみたいだが……
そうだな。仕方ない。
「ではこれを」
「悪いわね。はいこれ」
そういってプロテインバーを渡そうとする紬に対し手を前に出して遠慮した。
「いや、これはプレゼントするよ。さっきは失礼な態度を取って申し訳ない」
「……いいわ。実際、機嫌悪かったのは本当だし、私も初対面の人に失礼に当たって悪かったと思ってるわ。ごめんなさいね」
「いえいえ。ただこの煎餅は結構堅いらしいので気を付けて」
「望むところよ、源さんでも割れなかったんでしょ? 絶対割ってみるわ」
俺から煎餅の袋を受け取った紬は嬉しそうな顔をしている。
っておい、1枚だけだぞ? 2枚持っていこうとするなよな!?
「礼土君ちょっといい?」
抗議しようと思ったら大胡から声をかけられた。
くそ、俺の煎餅が……絶対取り返してやるからな。
大胡に連れられ俺はスタジオの外に出た。
そのまま近くの自動販売機の近くに行き、そこで足を止めた。
「何か飲みますか?」
「では、コーラをお願いします」
最近はずっとカフェオレばっかりだったので久しぶりの炭酸だ。
やはり旨いな。ちなみに赤と青のパッケージがあるのだが、個人的には赤が好みだ。
しかしこんなところに呼んでなんの用なんだろうか。
「礼土さん、色々聞かせて下さい。先ほどの紬の態度など含め色々です」
「そうですね。あれは謝罪しましょう。あと紬さんには霊は憑いていません」
「そ、そうでしたか。でも、どうしてわざわざ紬を煽るようなことを?」
「確認したかったんです」
そう言いながらコーラを一口飲んだ。
「……確認ですか」
大胡は額に汗をかき、真剣な様子で自分でかったミネラルウォーターを見ている。
「はい、まず紬さんですが……ほぼ間違いなく呪われています」
「ッ! 間違いないのですか!?」
中身の入ったペットボトルを握り、形を歪ませる大胡。
手が震えているようだ。
「はい、呪いとは負の力。確認のため紬さんを怒らせましたが、その時間違いなく紬さんの周囲に呪い特有の力を感じました。あれは……間違いないでしょう」
「一体……どうして……」
「理由は分かりません。誰かが紬さんを呪っているのは間違いないでしょう。ただ――」
正直呪いに掛けられた人を見たことがないから判断が付かない。
呪い自体は以前見たから辛うじて判断は出来る程度だ。
「では――勇実さんのお力でどうにかできますか!?」
「襲ってくる呪いを祓う事は出来ます。ですが、元を絶たなければまた呪われる可能性が高い」
「元、つまりこうなった原因という事ですよね」
そういうと大胡は頭を抱えてた。
気持ちは分かる。霊なら祓えば済むが、呪いは呪っている奴がいる。
それをどうにかしなければ根本的な解決にならない可能性が高いのだ。
「とりあえず、明日です。呪いの残滓のようなものがありましたが、恐らく本命は明日でしょう。ただその場合……」
「勇実さんの事を説明する必要があります、よね」
光学迷彩の魔法を使用すれば隠れて護衛は出来る。
最悪それだ。だが、それを説明する事は出来ない。流石に透明になれますなんて言えないだろう。
これが霊能力の力で納得させられる自信がない。
それに護衛対象のプライバシーもある。人に見られたくない事なんていくらでもあるさ。
「やはり彼女は信じませんかね?」
「はい……かなり毛嫌いしているので……」
ふむ、そうだな。
ならこれならどうだろうか。
「確か紬さんは怪我をしているんですよね?」
「え? ええ。そうです。今も痛み止めを飲んで撮影しているはずですが、それが……?」
「俺は霊能力で傷の治療が出来るんです。骨折程度なら治療出来ます。それをすれば流石に信じてくれると思うんですがどうでしょう」
俺がそういうと大胡は目を大きく見開き口を開けて呆けていた。
見事な間抜け面という物である。
「は? え? ほ、本当ですか!?」
「ええ。最近会得しました。何なら試してみますか」
「いや、私の方は特に怪我らしい怪我はしていなくて……いやですが、本当なら確かに……」
流石にいきなり信じるのは無理か。
まぁ仕方ない。これも営業だと思い割り切ろう。
俺は袖を捲り腕を出した。
突然の行動に大胡は驚いているようだが、一旦無視し、そのまま手刀のような形で自分の腕を切る。
「ちょッ! 勇実さん!? 何をやったんですか!? まるで刃物で切ったみたいに血が!!!」
「落ち着いて下さい。よく見ててくださいね」
大量の血が地面に落ち赤く染めていく。
最近治癒魔法のために自傷行為をしていたからこの辺は慣れたものだ。
「大胡さん、手に持っている水を俺の腕にかけて下さい」
「え? かなり深く切れてますがこれ救急セットとか持ってこなくて大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。それより水をかけて下さい」
「は! はい」
恐る恐るといった様子で大胡は自分の手に持っていたペットボトルのキャップを開き、水をかけていく。
その水が掛かった瞬間に治癒魔法を展開する。
淡い光が俺の腕を包み、そしてペットボトルの水がすべて流れた後、
俺が自分の手をどかすとそこには傷一つない俺の肌があった。
「ッ! ど、どうなっているんですか!? 何かの手品……?」
「ははは違いますよ。ほら地面に俺の血が残っているでしょう」
水で大分流れてしまったが今も地面には俺の血が残っており赤くなっている。
それを驚いた様子で凝視した大胡は次に俺の腕をよく見た。
「これは……本当に?」
「信じて頂けましたか? この程度ならすぐに治せます。骨折も同様です」
「確かに……これなら紬も信じると思います!」
さて、時間はかかったがこれで大胡も信じてくれただろう。
後は紬に対して治癒魔法を使い傷を治して俺の力を信じて貰う。
そうすれば護衛が大分やり易くなるだろう。
とはいえ、肝心の呪いの方をどうすればいいのか……