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人を呪わば4

Side 勇実礼土


 上を見る。

暗い天井の隅に何か気配を感じた。

むやみやたらに霊を祓って良いか少々迷うが、放置するよりはマシだろう。

視線を送り、魔力を放出。

あまり目立たぬように僅かな魔力を使い、天井を浮遊している霊を捕捉し、そのまま消滅させる。

流石に霊能者としてこの場にいない以上、咄嗟に指パッチンを控えた自分を褒めたいね。


「……大胡さん、一応祓いました」

「え? もうですか……?」


 驚いた様子で俺と同じく上を見ている大胡。

必死に目を凝らしているようだが、残念ながらもういないのだ。


「私にはわかりませんが、これで紬は?」

「どうでしょうか。こんな感じですぐに解決すればいいのですが……」


 まぁないだろうな。

正直、あの程度の霊の力で人を害せるとは思えない。

だが、無関係とも考えにくいのが面倒だ。とりあえず、しばらく霊のようなものを見つけたら積極的に祓った方がいいかもしれないな。


「はーい。少し休憩しましょ」

「お疲れ様です」

「おつかれー」


 む、撮影が終わったようだ。

先ほどまであったこの現場の緊張感が少し緩和したように感じた。

やはりただ立っているだけという事ではないのだろう。

随分と緊張状態が続いている様子だったしな。


「これで終わりですか……?」

「いえ、休憩のようです。源さんは結構厳しい人なのでOKが出るまで時間掛かるんですよ」

「へぇ。それはそれは大変そうですね」


 そうしていると撮影していた二人が何故かこちらに向かって歩いてきている。

紬の方は分かる。恐らくマネージャーに用があるのだろう。

だが、あの男の方はなぜ紬についてきているのだろうか。


「なぁ紬。さっきの話考えてくれた? この後飯行こうぜ。美味いイタリアンの場所知ってんだ」

「結構です。というか休憩ですよね?」

「ん? そうだぜ。っていうかあのカメラマン毎回毎回撮影長くね?」

「――だから休憩中なんですよね」


 そういうと紬はその男性の方に身体を向けた。


「今は仕事中ではないので、出来れば一人にしていただけませんか」

「なんだよ、つれない事言わないでよ。もう何度も一緒に撮影してるんだしさ。もう俺らトモダチみたいなもんでしょ?」

「はぁ……」


 そう大きなため息をついて紬は大胡の方へ視線を投げた。

これは彼女なりのSOSという奴なんだろう。

それに気づいた大胡が軽くため息をついて二人の元へ歩いて行った。


「紬、お疲れ様。ちょっと明日以降のスケジュールについて簡単にすり合わせしようか」

「あのさ――マネージャーさん。ちょっとは空気読もうよ。外のタレントと交流するのも仕事の内なんじゃないの?」

「えぇ。ですが今は()()()なんですよね?」

「――ッ! OK、分かったよ」


 一瞬顔を歪めたが、すぐに笑顔になり、その男は両手を上にあげてそのまま外へ出ていった。

何というかあぁいう人を百面相って言うのだろうか。


「――はぁ。ほんとに何なんですかあの人。撮影中ずっと小声で何かしゃべってくるんですよ? もう鳥肌が……」


 心底嫌そうな顔をして紬は自分の腕を擦っている。

本当に嫌だったのだろう。

それにしても一応大胡の近くにいるのにこちらに一度も視線が来ない所を見ると、俺の評価も先ほどのメッセージ通りという事なのだろう。

であれば俺も必要以上に接触する必要はない。

流石に怒らせて面倒な事になっても仕方ないからね。

それにこれだけ近づけば先ほどよりは色々と見えてくるものもある。

なるほど、これは――


「――ねぇ、さっきからじろじろ見ないでくれない? 失礼でしょう」

「ん、俺ですか?」

「そうよ。マナーってものを知らないわけ?」

「はぁ、マナーですか」


 あいにくしらんのだ。

一応必要最低限は与えられているが、そういう常識は正直疎い。

しかし、他人を見るのがマナー違反とは知らなかったな。

何秒以上見ちゃだめとかあるんだろうか。


「ごめん、紹介が遅れてしまったね。彼はこの間スカウトした礼土君だ。見た目と違ってなんだけど、日本生まれの日本育ちなんだよ」

「どうも。初めまして礼土です」

「……はぁ。どうも。とりあえずあんまり私に話しかけないでね」

「――それで?」

「……どういう意味よ」


 そのままの意味だ。

マナーは知らないが礼儀が出来ていないのは君の方だろう。よし前言撤回だ。

荒療治になるかもしれないが、まぁいいだろう。


「俺は貴方の名前を聞いていない」

「……何で貴方に名前を言わないといけないのよ」

「なるほど、では適当に名無しさんと呼ばせて貰いましょう」

「はぁ!?」

「だって俺は貴方がどこの誰だか知らないのでね。改めて名無しさんどうぞよろしく」


 今回護衛をしなければならない対象から嫌われる意味はない。

だが、必要以上に好かれる必要もない。

依頼内容から考えるにずっと近くで護衛するということは困難な内容なのだ。

とりあえず、最悪俺の姿を消して近くで守っていればいいだろう。

今回は護衛対象と接触できる回数も限られてきそうだし、大胡には申し訳ないが悠長に構えず少し強引に行かせてもらう。


「ッ! マネージャーどういうつもりなんですか?」

「名無しさん、なぜそこで大胡さんに聞くんだ。何か質問があれば俺に聞けばいいだろう?」

「はぁ? 先輩にそんな態度してこの先、業界で売れると思ってるのわけ」

「驚いたな。名無しさんは自分が気に入らないタイプの人間が売れないように周りに根回しする卑怯者だったのか」


 とりあえず煽る。

確認したい事もあるからね。

この距離で周囲に気を配り少しだけ見えてきた。

これは霊に憑かれたとかそういうタイプではない。



 間違いなく、これは呪いだ。



 以前呪いを作った区座里という男と会った時を思い出す。

恐らく呪いとはかけた人間の念に比例するように強くなる傾向があるように感じる。

もし現在進行形で呪いに掛けられているのなら、感情を露わにさせれば付けられている呪いに何か反応があるのではないかと考えた。負の感情(マイナス)負の感情(マイナス)は惹かれ合うってね。


「ッ! 私が、そんな卑怯な事する人間だっていうの?」

「自分でそう言ったでしょう? 自分に逆らったら業界で生き残れないって」

「違うわ。あんたみたいに先輩を敬えない人がほかの人と仕事を上手くできるわけないでしょ」

「それは名無しさんも同じでは? 仕事の風景とか見ていましたが、随分不満そうな顔をしていましたよね。モデルの仕事というのはそんな顔をしても通用する仕事なんですか? 違うでしょう。それが分かっているからあのカメラマンの人はずっと撮り続けているんでしょう」

「……何を知ったような口を――ッ!」


 力が僅かに膨らんだ。

一瞬だけだが、以前にも出会ったあの呪いのような気配を感じる。

間違いない、これは――


「おや、その人誰?」


 そう考えていると、不意に誰かに声を掛けられた。

声の方を見ると先ほどの源というカメラマンがこちらを見ている。


「ねぇ、そのイケメン誰? アウロラさんの所の新人?」

「え? あ、ああ。そうです。実はこの間スカウトしたモデルの卵でして……」

「へぇーいいじゃない。ちょっと撮ってみない? それだけスタイル良かったら色々着せてみたいね」


 そう言いながら俺の腕や肩なんかを触ってくる。

おおぉおぉぉおぉ? き、気持ちわる!?

何故触る。何故擦る?


「随分鍛えてるわね。こんなに鍛えてる人初めてみたかも。格闘技でもやってるの?」

「ええ、まぁそんな感じです」

「ッ!」


 なんだ、何故か紬の視線が急に強くなったような気がする。


「ほらこっち来なさいな。モデルの卵ならいい経験になるでしょ?」

「いや、でも……」

「――礼土君。行ってきなさい」


 くそ、大胡。お前俺が紬をわざと怒らせたから怒ってないか?

くそ、理由を説明しなくては!


「大胡さん、一応説明しますが――」

「ほら来なさい。マネージャーの許可出たでしょ?」

「じゃあねーそのまま戻ってこなくていいわよ」


 そう紬は顔は笑っているが笑ってない口調で何かいっている。

えぇい腕を掴んで引っ張るな!

っていうか力強いな、この人。この世界であった中だと一番力あるぞ!?




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