人穴墓獄9
Side 勇実礼土
清々しい気分だ。
やはり自然、それに勝るものなどない。
大きく息を吸い込めば、多少妙な気配は感じるが、土や木の香りがする。
あのよくわからん車の匂いとはこれでおさらばだ。
いつもよりコーラがうまいぜ。
整備されていない獣道のような場所を歩く。
伸びた草や木の枝などが進路を妨害してくるが、その程度は何も問題はない。
伊達に数年間山で暮らしていないのだ。
そこそこ歩き、ようやく桐也達から十分に離れたのを確認する。
さて、もういいだろう。
魔力を展開し、それを周囲に拡散。
そして俺を避けて、桐也達の元へ行った霊たちに魔法を打ち込み、すべて消滅させた。
本当にこの辺は霊が多い。
それも人に害を及ぼす類の霊ばかりだ。
だが、それでも違和感を感じる。
この周囲に桐也達以外の人の気配が感じない。
拓というカメラマンは俺が酔いつぶれている間にいなくなったそうだ。
であれば、それほど離れていないと考えていたが、これは考え方を改める必要がありそうだ。
以前、愛奈を連れ山に転移したあの猿を思い出す。
強力な霊は自分の領域内であれば魔法に近い力を有している事があると知った。
であれば今回もその類と考えるべきだろう。
なら行く場所は一つか。だが、周囲の霊の反応が多すぎて魔法の探知だけでは判断しにくいな。
「仕方ないか」
光魔法を使い、自分の周囲に纏う。
以前、潜入の時に使っていた魔法でいわゆる光学迷彩のようなものだ。
自分に降り注ぐ光をすべて周囲の物の反射率と同化させ、あたかも透明人間のように変化させる。
流石に霊能力という言い訳で空に飛びあがるのは無理があるのは俺でもわかる。
そのため姿を隠し、足に魔力を集中させてから、俺は地面を蹴り、空中へ飛び上がった。
地上から上空1kmで足元に魔法で足場を作り着地。
そして上空から地上を確認する。
あぁあれか。
俺がいた場所から2kmくらいの場所に集落跡地のような場所がある。
以前話を聞いた感じだとあそこだろう。
この辺り一帯の霊を魔法で一掃したい所だが、流石に2次被害が発生するのは明白だ。
仕方ない、行くとするか。
空中からの自由落下に加え、さらに足元に足場を作り、それを蹴って加速する。
空中で態勢を整え、地面に着地する瞬間にさらに足場を作りそこに着地した。
流石に無人の場所であろうともあの速度で地面に落ちたら地面を割りそうだしな。
俺が落ちた場所は崩落した古い建物多くあり、俺が住んでいる街並みとは随分違うものだった。
元は瓦屋根だったのだろうが、ほとんどが屋根までなくなり、壁もかなり朽ちている様子だ。
俺がいる場所は恐らくこの集落の端の方なのだろうが、恐ろしく暗い。
数m先が闇に覆われて見えない、これは単純に暗いというだけではないだろう。
「まぁ俺には関係ないけどさ」
流石に慣れてきた指パッチンを行い、俺を中心に半径数kmの周囲を強制的に光で照らした。
闇なんて関係ない。俺に照らせない場所なんかないのだ。
『ァアアアァアア』
すぐそばの家屋から何か声が聞こえる。
俺は倒壊して入り口を塞いでいる瓦礫を魔法で破壊。
そのまま中へ入り、すぐさま俺は魔力を纏い右手を水平に払う。
『ッアアアァアアア!!』
それは
それもただの腕でない、
俺の魔力の込められた手に触れてしまったその“腕”は黒い煙を上げ、すぐに家の中へ消えていった。
「舐められたもんだね。逃がすとでも思うのかい」
俺はコーラを飲みながら一歩、右足を踏み込んだ。
まるで波紋のように俺の右足から発生された光の渦が周囲へ広がっていく。
そして俺の魔力から発生した光の粒子が霊に付着したのを感知し、魔法をさらに発動する。
「“
すると奥の方から何か壁が崩れるような音が聞こえ、俺はその方向へ足を進めた。
狭い部屋を土足で歩き、この家の裏庭に出る。
あぁ、なるほど、ここか。
目の前には一際大きな屋敷のような家があった。
先ほどの“腕”はどうやらここから伸びていたらしい。
そして、ようやく見つけた。
拓だ。
だが、何かに操られているかのように、すぐにあの屋敷の中の柱の陰に消えた。
おれは屋敷の周囲を囲っている塀を破壊し、すぐさま拓がいた場所へ移動した。
しかしそこには拓の姿はない。
俺は拓がこの柱の陰に隠れた瞬間に1秒も掛からずに移動した。
しかし、その場に拓がいない。
俺はさらに魔力を展開し、この屋敷を覆うように広げた。
その瞬間――
長く一本の枝のようにつながった大量の“腕”が、まるで鞭のようにしなり俺の顔面へ迫ってきた。
先ほどの“腕”よりも動きが随分と早い。
くそ、これじゃ間に合わねぇ!!
『ァアアアアィアアアイイイイイッ!!!』
――閃光が走る。
俺は周囲に30以上にバラバラになった“腕”の残骸を見ながら、想像以上の素早さに驚愕する。
なんてことだ。指パッチンする暇がないなんて……ッ!
あぁせっかくの見せ場が……まぁいいか。誰も見てないしさ。
そうさ、こんな時はポッキーを食べよう。
ジャケットに仕込んでいるポッキーの袋から一本取り出し、それを食べながら考えをまとめる。
結論から言ってこの屋敷に拓はいない。
転移か、それとも幻か。
理由は不明だが、まずここにいないのは確かだ。
であれば更に奥という事だろう。
俺がいるのは屋敷の玄関のような場所だ。
崩れた床、破れた襖、所々腐敗が進んでいるようで、異臭が漂っている。
だがこの程度、車の異臭を超えた俺にはなんてことはない。
なんて下らない事を考えつつ、足元に魔法を展開し腐った床の上を歩かないように注意しつつ、先を急いだ。
途中襲ってくる“腕”に関してはもうカッコつけるのは諦めて出た瞬間に、魔法を叩き込み瞬殺状態だ。
既に合計20以上の“腕”を切り刻み、俺は屋敷の廊下を抜け、中庭のような場所に出た。
「――拓さん?」
そこにようやく目当ての人物がいた。
手にはカメラを持っているようだが、今にも倒れそうな状態でそこに立っていた。
顔は傷だらけになっており、よく見れば左腕はおかしな方向に曲がっている。
俺はさらに一歩近づいた。
恐らくは憑りつかれている。さっさと祓った方がいいだろうと判断し、拓のすぐそばまで近づくと――
「ァアアアアア腕をぉぉおおお、ヨコセェぇえええぇえッ!!」
目を真っ黒にさせた拓が俺の首を掴んできた。
持っていたカメラを落とし折れた手も使いながら俺の首を絞めている。
腕に血管を浮き出させ力いっぱいに首を絞めている手を俺は優しく掴んだ。
まぁこの程度の力で絞められても苦しくとも、なんともないんだけどね。
「拓さん、落ち着いて。俺の声が聞こえるかな」
「ヨ、ヨコセェエエエッ! 腕ヲ、足ヲ、ワタシの我らのッ!」
「そんな怖い顔してないで。チョコボールでも食べるかい?」
魔力を込める。
今にも俺の喉元でも噛みつこうとしている拓の口にポケットからチョコボールを取り出し、俺の魔力を込めたチョコボールを押し込んだ。
「グァツァアアア!?」
拓の胸に手を当てる。
胃の中に入ったチョコボールに含まれた俺の魔力を拓の体内で膨大させる。
霊から体を守るのは容易だが、ここまで深く入り込まれると追い出すのが大変だな。
慎重に、拓の身体を俺の魔力で破壊しないように、ゆっくりと染み込ませるイメージだ。
だが――
「グィアアアアアッッ!!! ゴハァッ」
「ッ!」
俺は魔力を流すことを中断し、すぐに拓のそばを離れた。
見ると、拓は吐血し、身体をくの字に曲げて苦しんでいる様子だ。
失敗したのか? 流す魔力が多かった?
いや、俺の魔力が憑いている霊に拒絶反応を示されたと考えるべきだろう。今まで出会った憑りつかれた人とは違う。
これは……
「少なく見積もっても、
四つん這いになりながら、血を吐き、苦しんでいた拓が不意に動きを止めこちらに顔を向けた。真っ黒な眼球から血の涙が流れ始めている。
その瞬間、とてもこの世界の人間とは思えない程のスピードで俺に突進してきた。
「……参ったね」
魔力を漲らせ、一度その場から跳躍し退避する。
あのまま攻撃を受けるかと考えたが、反動で拓の身体が破壊されてしまう。
自動車並みの速度で俺という破壊不能な壁に当たるような物だ。
間違いなく、骨折とかそういうレベルじゃない怪我を負う事になる。
こうなると祓うことが出来ない。
拓についている霊を祓うだけなら一瞬だ。
瞬きする時間も必要ない。完全に消滅させることが出来る。
だが、
弱い霊なら俺の魔力を浴びせれば簡単に逃げたが、ここの霊の強さというか、怨念というべきかはわからないが、あそこまで完全に拓の身体に入り込んでしまっていると、今まで使っていた手段が通用しない。
十数mジャンプし屋敷の屋根を超えて、一旦集落の中心に着地する。
あのまま下手に戦うと拓の身体を傷つけかねない。
何か対策を――
「……ほんとになんでもありだね」
目の前に枝のように伸びた“腕”と“足”。
それらが団子のように丸まり、約1mほどの球体となって集落の中を飛び跳ねていた。
そしてそれらは今も増え続けている。
そう――この集落の中心にある一際大きな
そこから、今もまるで虫のように大量の“腕”と“足”がまるでミミズのように這い出していた。
「はぁ。まるで小さな迷宮みたいになってるじゃないか」
こっちの漫画ではダンジョンとも言われている魔物が半永久的に生まれるある区域。
その土地に何かしらの意思が宿り、力を手に入れると、魔物が無尽蔵に生まれ、その場所は迷宮となる。
恐らくここで大量虐殺された人々の怨念がこの地に封じられていたために、土地そのものに宿ったと考えるべきだろう。
恨みという感情が、呪いに転じ、人に害する力へ変わったという所か。
「いつも真面目にやってるけど、今日は遊びはなしだ。人命も掛かっているからね」
迷宮を殺す方法は単純だ。その意思が宿った中心を叩くというもの。
もし、ここも同様に考えるならばそれは一つしかない。
「――悪いが、その
何が地獄だ。
こっちは既に3日間も地獄を乗り越えてる事を教えてやろう。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価などいただけると非常にうれしいです。
作者のモチベーションにもつながります。
よろしくお願いいたします。