人穴墓獄8
Side 勇実礼土
昨日の心霊スポットは所謂ドッキリという結果で終わった。
動画を視聴している人々は事前にドッキリを知らされており、
桐也や俺がどういう反応をするかを楽しんでいたようだ。
同接の人数も今回は10万人を超えていたようで、トレンドという物にも上がっていたようだ。
ただ、【謎のつよつよ霊能者】とか意味がわからん。
霊を祓っていないのに強い霊能者という認識になったようだ。
ちなみに、連日上り続けている我が勇実心霊相談所だが、DMがすごい事になったため、現在は栞と利奈が二人係でDMの中を確認中という事だ。
ただ、内容はほとんど俺宛のファンメッセージが多いそうで、本来の目的だった依頼が一つもないらしい。
いや、正確にいえば依頼はかなり来たのだが、内容を見るとただ俺に会おうとしているだけなのだそうだ。
とりあえず、知名度が多少上がったという事で納得するしかないだろう。
さて、本日は3日目。心霊スポット巡り最終日。
正確に言えば、明日もあるが、明日はただ帰るだけなので実質今日で最終日といって良いだろう。ああ、早く帰りたい。帰ってピザ食べたい。
ちなみに連日に渡ってコーラを飲んでいるため、効果が薄くなってきたような気がする。
あぁ気持ちわりぃ
「友樹、一応確認しておくけど、変な仕込みはないだろうな」
運転している桐也は真剣な声色で助手席にいる八代に声をかけていた。
それを受けて同じように八代も返事をする。
「当たり前だ。それに今日は桐也のチャンネルだろ? こっちで何かしないっての。――っていうかできねぇよ」
既に山奥へ進む山道を車で上っている。
今回はちかくにホテルなどがないため、なんと恐ろしいことに車中泊になるそうだ。
まったくもって信じられない。
俺は絶対にここで寝たりしない。
それならその心霊スポットで寝た方がまだ数百倍マシだ。
いつものように最後はバックレてもいいのだが、流石にあの二人の兄である桐也を置いて帰るのは如何なものかと思うため、それは我慢した。
「多分車で行けるのはここまでだね。この先は歩いていこう」
「……そうだな」
二人はドアを開け、外に出た。
だが、俺は動けない。そう限界だった。
臭い車両の中、舗装されていないため激しく揺れる道。
何度も曲がるカーブの道。
そう、まさに悪夢の時間だった。
「礼土? どうしたの?」
「――ごめん、無理だ、気持ち悪い。ちょっと休ませてくれないか」
「え? 大丈夫!?」
車のドアを開け、俺の顔色を桐也が見てくる。
桐也の瞳の中には車酔いでグロッキーになっている間抜けな俺の顔が映っている事だろう。
ははは、笑えよ。笑ってくれ、こんな間抜けな俺さ。
「……多分、
「八代?」
桐也の近くに立っていた八代は真剣な面持ちで話し始めた。
「ここマジでやべぇな。俺も霊がいるのがすげぇわかる」
そう話す八代は汗でびっしょりになっていた。
夜の帳がおり、それなりに涼しいはずなのに、まるで真夏の昼間のように大量の汗をかいている。
違うのや、この程度の霊の気配なんてどうでもいいだよ。
それ以上にこの車の中の方がよっぽどヤバい。
「なぁ八代。やっぱりここはやめないか」
「そうだな……」
いや、待って。
とりあえず、降りていい?
ドアの入り口をふさぐように話すのはやめろ。
ポッキーあげるからっ!
Side 八代友樹
今回の動画撮影の企画を聞いたときは、ただ単に以前から狙っていた栞ちゃんと接近できるチャンス程度しか思っていなかった。
実際一緒に働いているという勇実って奴はどうも胡散臭い。
確かにイケメンだ。男の俺から見ても素直にそう思う。
大体女がいうイケメンって男の顔を見ても、いうほどか? っていつも思うが、勇実に関しては本当に美形っているんだなって思えたほどだ。
だが、それとこれは話が違う。
だから最初は気に入らなかった。
でもたった数日一緒にいただけだが、心に心境の変化があったのは自分でもわかる。
それは2日目のドッキリ動画の撮影が切っ掛けだったと思う。
正直俺は伸び悩んでいた。
最近出す動画の再生数が少しずつ落ちてきている。
桐也の半分以下しかない登録者数ではあるけど、それ相応に努力はしてきた。
でも、時代の変化なのか前にウケていた動画がウケなくなってきている。
チャレンジ系の動画も、レビュー動画も、大手の連中には敵わない。
ゲーム実況とかにも手を出してみたけど、どうしても性格的な問題なのか俺は暴言ばかり言ってしまう。長年見てくれたファンは俺のそういうスタイルを知っているから見てくれるが、それだと新規の登録者が付きにくい。
だから落ちていく再生数の数とかを見て、余計焦っていた。
そんな中で昨日の動画だ。初めてドッキリなんてコテコテの企画をやってみたが、思いのほかうまくいった。
桐也とのコラボはよくやるが、その中でも間違いなく昨日の動画が一番ウケたのは間違いない。
そしてその一番影響を持っていたのは間違いなくあいつだ。
ただポッキーを食ってるだけの野郎だと思っていたが、あれは本物だ。
気に入らないイケメンじゃなくて、ただ者じゃないイケメンに俺の中の評価は変わった。
その勇実が3日目の道中、車の中でダウンした。
ずっと平気そうな顔をして窓開けてジュースとポッキー食ってると思っていたけど、
山に入ってから急に気持ち悪いと言い始めた。
その理由は俺もわかる。
いるのだ、この先に、間違いなく。
正直、桐也の場所を変えるという提案はかなり迷った。
以前の俺なら、せっかく来たんだから中に入らないでどうすると強がっていただろう。
でも、今は状況が違う。
予想以上に今回の企画は好評で再生数も同接もぐんぐん伸びている。
ここで無理にガチの場所に行く必要はない。
それに初日に3カ所の心霊スポットへ行くと発表しているが、場所は話してねぇんだ。
以前桐也が言っていた自殺岬へ行くべきか?
今いるここから行こうと思うと片道1時間以上かかるが、遅れる旨の告知をすれば問題ないはず。
「よし、場所変えよう。前に言ってた自殺岬に行かないか?」
「そうだな、そうしよう」
後ろにいる拓達にもそれを伝えようと思った。
その時だ。
「おい、
俺たちのすぐ後ろに着いてきていたはずのもう一台の車。
その中にはカメラマンの拓と斎藤、それに昨日から合流した吉野がいるはずだ。
なのに拓の姿がどこにもない。
「え? さっきカメラもって向こうに行きましたよ。八代さんの指示じゃないんですか?」
「おい、八代どういう事だ!?」
俺の腕を掴み、桐也は怒鳴り声をあげた。
「そんな事言ってねぇよ! ここのヤバさは俺の方がわかんだ! 一人で行かせるなんて馬鹿な事するわけねぇだろ!」
「じゃなんで……」
「拓は何か言ってたか?」
俺は一緒に車に乗っていた二人に聞いた。
だが、二人とも首を横に振るだけで誰も詳細をしらないらしい。
まさか勝手に行動したのか?
拓は優秀なカメラマンだけど、確かに俺以上に貪欲な時があるのは確かだ。
でも、こんな場所で単独行動するほど馬鹿じゃないはずだ。
「どうなってやがるッ!」
俺はスマホを取り出し、拓に電話を掛けた。
呼び出し音が鳴り続けるが、一向に繋がる気配がない。
「くそッ! つながらねぇ!!」
俺は近くの小石を思いっきり蹴った。
考えろ、どうすればいい。
いや、答えは最初から一つしかない。
「俺が探しに行く」
「待て、一人で行くのか!?」
「拓は俺のスタッフだ。俺が行くしかねぇだろ」
「全員で行けばいい」
そういうと桐也は俺と斎藤、吉野の顔を見た。
「全員で行こう。ここはもう山の中で、それに日も完全に落ちてきた。30分探して見つからなければ警察に電話する」
警察だと? 意味わかってんのか?
今警察に電話すれば俺たちは間違いなく炎上するんだぞ。
そう言葉にしようとして、ふと拓の顔が頭に浮かんだ。
「……そうだな。そうしよう」
「――正直、八代だったらもっと反発すると思ってたよ」
「人命が掛かってるんだ。そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ」
俺も覚悟を決めよう。
何、炎上なんて何回かしてるんだ。また一から頑張ればいい。
だが、拓の身は一つしかねぇんだ。変わりはねぇ。
そう考えていると、斎藤の深刻そうなか細い声が聞こえた。
「待ってください。桐也さん。……これ」
スマホを俺たちに見せている。
そこには【圏外】と書かれていた。
それを見て、全員が驚愕する。
「嘘だろ!? さっきまで使えてたじゃねぇかッ!」
俺は慌てて自分のスマホを取り出した。
だが、そこには同じく圏外と表示されている。
俺はすぐに桐也や吉田の方を見た。
だが、二人共俺と同じように驚いた様子でスマホを見ていた。
くそ、なんなんだ。
俺は圏外という表示も無視して拓に電話をかけた。
『おかけになった電話をお呼びしましたが、おつなぎできませんでした』
そんな機械音がスマホから流れてくる。
俺は通話を切り、もう一度かけた。
だが、つながらない。
もう一度、もう一度。
そうして繰り返すこと5回目。
ようやく呼び出し音が流れた。
どうやら電波を拾えたようだ。
だが、いつまで待っても拓が電話を取ることがない。
イライラしながら待っていると、ようやく通話が繋がった。
「ッ! おいッ! 拓、てめぇどこにいる!? 何勝手な――」
『……ガッガッガッ ウデ゛ガナイ、 ワタシノアシガナイ。ネェ ネェ ホシイ。ヨコセ、アリガタク。マダタリヌ、カタジケナイ。モット、モットッ!!!』
「ぁああ!?」
思わずスマホを投げ捨てた。
なんだ今のは!? 今のは拓じゃない、じゃ誰だ?
なんで拓のスマホから……
「おい、どうした八代!?」
「わからねぇ……拓、無事なのかよ」
「八代ッ! 説明しろ、何があった!」
桐也は俺の胸倉をつかみ今にも殴りかかろうとするかのように、顔を近づけてきた。
「今の声はなんだ!」
「わかんねぇよ。でも拓の声じゃなかった。っていうか、あれ絶対人間が出す声じゃねぇ」
俺の言葉を聞いて桐也は力が抜けたように服を掴んでいた手の力を抜いた。
どうすればいい。警察に電話しようにもつながる可能性がない。
それ以上にまたあの“声”につながる可能性がありすぎる。
俺たちで探しに行くしかねぇ。でも――
「任せてくれ」
不意にその言葉が聞こえた。
顔を上げると、顔色が悪い勇実が立っている。
どうみても霊に当てられている。
俺より霊感が高いんだ、受ける影響は半端ないだろう。
「無理しちゃダメだよ。礼土。まだ車の中で寝てなよ」
「いやッ! 待ってくれ、俺が行くよ。だからみんなはここで待っていてくれ」
桐也が勇実の腕を掴み車の中へ戻そうとすると驚くほど強い拒否反応を見せた。
ここまで正義感が強い霊能者がいるとはな。
「安心してくれ、桐也。どんな霊でも任せてくれよ。俺なら大丈夫だ」
「でも、礼土。とても大丈夫には……」
「俺はね、桐也。――
絶句した。
まるで強い使命感で支えられているかのように、強い意志を勇実から感じる。
一体何がお前をそこまで突き動かしているんだ。
今にも嘔吐しそうなほど青い顔をしている勇実がゆっくり歩き始めた。
その先は俺でも近づくのを躊躇するほど霊の気配が濃い場所だ。
「……行くのか、勇実」
「ああ、誰に止められようと。俺は絶対に
俺はまだ勘違いしていたようだ。
勇実はこう言っているんだ。
俺は安全な車の中で寝てなんかいられない。霊の被害にあった人は俺が絶対に助けるんだと。
そう勇実の強い決意をあの目から読み取れた。
「勇実、いや、礼土さん。どうか、拓をよろしくお願いします」
俺はそういって深く頭を下げた。
もう俺にできるのはこれくらいだ。
「言っただろう。任せてくれ」
そうして礼土さんはおぼつか無い足取りでこの先へ進んでいった。
だが、気になる。
なんでコーラを持っているのだろうか。
あれかな。どんな液体も聖水に出来たりするんかな。
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