人穴墓獄7
Side 勇実礼土
2日目の朝。俺は昼までは自由行動となっている。
だが、俺は基本自室にいてくれと言われていた。
理由は目立つからだそうだ。
矛盾しとるやないかと突っ込まずにはいられない。
現在、俺を除いた人たちはみんな忙しそうに動いている。
桐也と斎藤は昨日の更新した動画の対応をしているそうだ。
といっても主にコメントやエゴサなどしてどんな反応がきたのかをまとめているらしい。
どうやらこういった地道な作業はそれなりに重要だそうで、何が嫌だと思ったのか、もしくはよかったと思ったのか。
そういった細かい情報を整理し次の動画への準備に生かしているのだそうだ。
なんでもこの旅が終わった後の次の企画を考えているという事で本当に驚いている。
よくそんなに考え付くものだよ。
八代達は今日の動画の準備をしているそうだ。
カメラのバッテリーはもちろん、どんな構成で行くのか、段取りなど含めて最後のまとめをしているらしい。
実際次の那守トンネルまでは移動時間も考えると昼頃に出発すればよいとの事だ。
そうまた
一応対策としてのコーラなどはすでに準備している。
だが、せっかくの暇な時間だ。読書でもしていようかね。
鞄の中から一冊の本を取り出す。
今後必要になるかなって思ったので買ったとある一冊の本。
『漫画でわかる解剖学』という医学書だ。
そもそもこれを買ったのは至極単純な理由だ。
以前の依頼の時、大蓮寺が大けがをした。
普段はポーションを常備しているため傷などはそれでどうにでもなっていたのだが、流石にこの世界にそんな薬は存在していない。
あっても傷の治りを促進する程度の薬しかないようだ。
となると今後回復魔法が必要になるのではないかと考えたのだ。
基本俺は傷を負うことはまぁない。
少なくとも15歳になり2回目の魔王を討伐して以降、ケガらしいケガはしたことがないのだ。
そのためあまり必要性を感じなかったので回復魔法を取得するという事を真剣に考えたことがなかった。
だが、この世界は違う。
以前の世界のように容易に人が死ぬことはないが、その分ケガをするとすぐに回復するわけではないのだ。
骨折だって完治するのに数週間はかかるようだし、欠損部位なんて出た日にはまず治療が出来ないだろう。
だからこそ覚える価値がある。
基本治癒魔法は水魔法使いの得意分野だ。
魔法の基本属性は火、水、風、土、光、闇の6属性。
その基本属性に加え、属性転化と呼ばれる技能がある。
それは6属性の魔法にまったく別の力を加えるという技能だ。
俺が普段使っている“熱”は光魔法に熱を加え、棘や刃の形を作り焼き切ったりしている。
属性によって得意不得意な属性転化がある。
火であれば“爆”、水であれば“癒”、風であれば“雷”、土であれば“樹”、光であれば“熱”、闇であれば“冷”などだ。
だが、これは完全に決まっているわけではない。
土が“爆”を使う場合もあるし、水が“冷”を使うことだってある。
だが逆に反対の属性となる火に”冷”を与えるのはかなり難易度が高いのだ。
意味もなくやっている奴は何人か見たことはあるが……。
そして回復魔法に当たるのはこの“癒”の属性転化が必要だ。
魔法とは理解であると言ったのはヴェノだった。
俺は光というものが何なのか漠然とだけ理解している。
光がすべての物体に反射するから人間は目で物が見えるという事も、光とは凄まじい速度で移動している光子という物が存在しているとかそういう理屈を漠然とだがわかるのだ。
以前同じ光魔法使いに同じ説明をしたが、光のお陰で物が見える意味が分からないとか言われた。
曰くそこにあるんだから見えるのは当たり前だ。夜に光がなくても目は見えるのは普通などなど。
何人かにそういう話をしても誰も理解してくれなかった。
それどころか変な奴を見るような目で見てきやがる。
なぜ、そういう仕組みを理解できたのかはわからない。
だが、光魔法を覚え、勇者に覚醒した瞬間。そういうものなのだと理解できたのだ。
それらを理解したために俺は不可避の光の攻撃を放つ事ができる。
その光魔法に治癒の力を加える。
光魔法使いで回復魔法が使える人間は少ない。俺が知る中で欠損部位まで治癒できる魔法使いはあの糞聖女だけだ。
ヴェノ曰く、人間の体の中にある水の存在を感知できる水魔法の方が治癒の適性が高いそうだ。
それは言い換えれば人間の身体をある程度詳しく知っているためにできるのではと考えた。
ならば学べばいい。この『漫画でわかる解剖書』を読むことによって俺は人間の身体の仕組みを理解する。どこに何があり、どういう構造なのか。あの世界でも知ることがほとんど出来なかった情報をここではこうも容易に知ることができるのだ。
結論から言えば、やっぱり漫画はすごい、だ。
そうして読書する事、数時間。
昼食を部屋の中で食べ、俺たちは次の目的に向けて出発した。
車両の中という地獄の時間を体験したことは言うまでもない。
諸悪の根源は排除したが、やはり苦手なものは苦手なのだ。
というか、余計苦手になった気さえする。
移動は約3時間。
昨日より1時間も長い。
とりあえず窓を開けて風を入れるところからだな。
「八代TVへようこそ! 昨日の心霊スポットのライブ見てくれたかな? 今日も昨日に引き続き心霊スポットへやってきました」
そう笑いながら拍手をする八代。
なるほどそれぞれの動画のチャンネルごとに最初の挨拶が違うらしい。
俺も何か考えた方がいいのだろうか。
いや、やめておこう。俺にそういうセンスはない気がする。
「こんばんは。昨日ぶりだね。きりちゃんだよ。そして今話題の人物、スーパー霊能者の勇実さん!」
「……あ、はい。勇実です。どうぞよろしく」
なんやそれ。初めて聞いたぞ。
変な自己紹介するなら先に言ってくれ。驚いて固まってしまったじゃないか。
「きりちゃん、その変な呼び名なによ?」
「いやだってさ。昨日の見たでしょ。こうやってかっこよく除霊する勇実さんの姿をさ! あ、まだ見てないって人は僕のチャンネルにアーカイブ残ってるからそっちを後で見てね!」
そう言いながら昨日の俺がやった除霊シーンを再現している桐也。
なんだろうか、動画撮影中のこいつは妙に幼く見える。
そういうキャラで売っているという事なのかもしれないな。
「それで八代君。ここはどこかな」
「そうだな、ま、この先なんだけど見れば多分わかるだろ。正直今日も嫌な気配がすげぇする」
そういってこの先の道を指でさした。
そう、俺たちは今夜の道路の上にいる。八代が指さすその先は暗闇でまったく見えず、月明かりと近くにある街灯のお陰でかろうじて辺りが見えるという感じだ。
また、車は邪魔にならないように端に停車しており、歩いてここまで来ている。
ちなみに俺はいまだ車酔いから立ち直れていない。
まぁ昨日よりはマシだけどね。
「わかる人にはわかんだろうな。ここは昨日の霊園と同じくらい有名な那守トンネルって場所だ。説明すると、夜このトンネルの入り口がなぜか二つあって、間違えた場所に入ると……っていう場所だ。とりあえず、行ってみようぜ」
「なんか八代君。今日は乗り気だよね?」
「いやさ、勇実さんっていう凄腕の霊能者がいるんだし、逆に霊が来ても結構面白いかなって思うようになってよ」
そういいながら俺たちは歩き始めた。
少しカーブになっているこの先の道。そこを曲がるとトンネルの出入口が見えてくる。
噂ではそこが二つに分かれているとかいないとか。
まぁ……
「――うん。普通に一個しかないね」
「まぁそうだな」
そこは普通のトンネルがあるだけだった。
トンネルの中も少しカーブになっており、その先は暗闇に覆われて見えることが出来ない。
「どうする八代君。噂の二つ目の入り口もないし今日はこれで終わりかな」
「いや、流石にそれだけじゃみんなもつまらないだろ? せっかくだしトンネルの中を通ってみようぜ」
そういうと八代は先頭を歩いてトンネルの方へ進んでいく。
それに付き従うように俺たちも八代の後と追った。
トンネルの入り口の前にいくと、中にある電灯が弱く、本当に道がかすかにしか見えない。
そのためか、トンネルの入り口付近には車のドライバーに向けて速度を落とすように促すものが多くある。
「ここって二つ目の入り口の噂話と別に、首無しの霊が歩いてるって話があるの知ってるか?」
「ん? 何それ初めてきいた」
そういうと八代はカメラに向かってこのトンネルにあるもう一つの噂話を語り始めた。
「ここってかなり暗いトンネルだろ? ほら入り口にさ、かなりたくさん減速しろって看板あったじゃん。あれってさ、実際にここで交通事故が多発してるかららしいんだ。もう何年前の話か知らないんだけど、ここでバイク事故があってその時の運転手の首がヘルメットごと胴体から離れて消えたらしい。それからその運転手の霊が自分の首を探して夜になるとトンネルを彷徨ってるって話だ。だから特に同じようなバイク事故が多いらしいんだけど、なんでも自分の首を持っていると勘違いしたそのライダーが襲ってくるんだってさ」
「へぇ初めてきいたかも」
「だろ、実際もう一個の噂話、違う世界の入り口の方が有名だからな。じゃ行こうぜ」
そうしてトンネルの中に足を踏み入れた。
夜という事もあり冷たい風が俺たちの肌を撫でていく。
一歩、そしてまた一歩と歩いていくと不思議な事が起きた。
「なぁ」
「どうしたの八代君」
「気のせいかもしれないけどよ。足音増えてねぇか?」
そうだ。
確かに俺たち以外の足音が聞こえてくる。
それも前方からだ。
「まさか気のせいでしょ」
「いや、前に誰かいるな」
俺が吐き気を抑えながらそう話した。
だめだ、我慢できん。
ポッキー食べよ。
ジャケットの内ポケットに忍ばせておいたポッキーの袋から一本だけ取り出し、それを取り出した。
「……もしかして、僕たちと同じように心霊スポット探検かな?」
「明かりも持たずにか? そんなわけねぇだろ。だからか、さっきからすげぇ霊の気配感じてたんだ」
そうして立ち止まっていると前からの足音は少しずつこちらに近づいてくる。
その人影が少しずつその輪郭を露わになり、それが視界に入った。
元は白かったであろうボロボロのライダースーツ。
それが所々赤黒く変色している。
極めつけはその頭部だ。
「ッ! あ、頭がねぇ!?」
「やべぇ、きりちゃん。逃げるぞ!」
「あ、ああ!!」
するとそうして桐也と八代は元来た道へ走り始めた。
だが、カメラマンの拓が一向に動かない。
それをどうすればいいのか分からない斎藤がオロオロした様子で見ている。
「何してんだ! 拓、にげんぞ!」
「ご、ごめん。腰が抜けて動けない。助けて……!」
「くそッ!」
そういうと桐也はすぐに拓の元へ走り始めた。
その瞬間だ。
首のないライダースーツの人影が、こちらに向かって走り始めたのだ。
「あ、あぁあああ!!! やべぇ逃げんぞ! 拓、背負うから捕まれ!」
「む、無理です。動けません……」
「おい、何してんだ! もう拓はいいから逃げようぜ!!」
「駄目だよ八代ッ! ここでおいていくわけないだろう!」
そんな茶番を見ながら俺はこちらに向かって走ってくるライダースーツの男を見る。
速度を止めずこちらに全力で走ってきている。
こちらとの距離は残り30m程度だろうか。
「勇実ッ! 何してんだ。逃げんぞ!」
「……判断に困るなぁ」
「は? 何言ってんだおめぇ!」
本当に判断に困る。
これはどういう事態なのだろう。
俺はポッキーを食べながら考える。
とりあえず、動けなくしておくか。
もう距離としては5mもない。
すぐそばまで来たこのライダースーツを不自然に着ている不審者に対し、俺はポッキーを持っていない左手で胸倉をつかみ、それをそのまま片手で持ち上げた。
一瞬の出来事にこの不審者は茫然としているようだが、それを構わず、宙に浮いた足を軽く蹴って払いそのままコンクリートの地面に組み伏した。
「いってぇ!!!」
とりあえず、頭が見えないのに叫び声をあげたこの不審者。
よく見れば両肩の部分が不自然に長いのだ。
ジッパーを下すとそこから顔が出てきた。
初めて見る顔だ。
誰やこいつ?
「は? え? どういうこと? ――――てめぇ! 八代、やりやがったな!」
何かを理解した様子の桐也は怒りの表情で八代を見た。
すると、妙な小さな看板を右手に持っている。
そこにはこう書かれていた。
「てってれー!」
『ドッキリ大成功』。
そう書かれた看板を手に嬉しそうに八代は笑っていたのだ。
「ふざけんな、ドッキリかよ、これ!」
「はっはっはっはっはッ!! いや良い絵が撮れたぜ。なぁ拓撮れただろ?」
「はい、ばっちりです」
桐也は疲れたように膝に手をついた。
どうやらこれは仕込みだったようだ。
いやぁよかった。
「それにしても勇実さんすげぇな。あんな簡単に組み伏せるなんて思わなくてよ。マジでどうしようかってすげぇおもっちゃったぜ」
「おい、詳しく話してよ。どういう事!?」
「ああ。俺さ。撮影始める前にちょっと拓と一緒に離れただろ?」
「ちょっと電話するって言ってたやつ?」
「そうそれ。実はそこで今回ドッキリを行うって話をしてたんだよ。一応首無しライダー役は普段編集してくれてる吉田って奴な。ガタイもいいからちょうどいいって思ってたんだけどいやぁ俺って迫真の演技だったろ? ほんとはさ、拓を置いてきりちゃんが逃げるかどうかってのを見たかったんだけど、逃げなかったな! なぁみんなも見ただろ!」
カメラの方を見ると、多くのコメントに『きりちゃん、かっこいい』とか『イケメンだった』とか称賛するコメントが多く流れていた。
「いや、うれしいけどなんか違くね? あれ首無しライダーの事故の話は?」
「嘘だけど」
「マジでふざけんな。っていうか、え? この人ずっとここで待ってたの?」
そう指さすのは俺が転ばせていた不審者もとい、吉田である。
「はい、2時間前からスタンバってました。めっちゃ怖かったです」
「だろうねぇ!」
こうして桐也の鋭い突っ込みで今回は特に何の騒ぎも起きず撮影は終了した。
いやしかし本当に良かった。
昔の感覚でとりあえず
ちなみに今回の動画で一番多かったコメントは『勇実さんマジかっけぇ』というコメントだったそうだ。ふ、照れるぜ。
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