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伝承霊16

こちらでこのエピソードは終了です。

明日も更新しますが、そこからはまた次のエピソードのプロットを固めるために更新が停滞すると思います。大変申し訳ございません。

Side 勇実礼土


 帰ろう。そう決断しとりあえず九条夫妻に挨拶だけしておこうと考えた。


「九条さん、申し訳ありません、どうやら同じ事務所の仲間から救援要請がありましてね。すぐにでも戻らないと行けないのです」


 嘘だ。

そんな連絡は来ていない。

寧ろ助けて欲しいのは俺の方だ。



「なんと! 何か我々の力になれる事はありますか!?」

「ありがとうございます。でも俺が戻れば解決しますので大丈夫です。本当は最後までお付き合いしたかったのですが、申し訳ありません」

「……そうですな。勇実さん程の力を持った霊能者の方であればその力を求めている人も大勢いるのでしょう。私たちなら大丈夫です。本当にありがとうございました」


 よし、完璧な言い訳だな。

そう自画自賛していると少年が話しかけてきた。


「お兄ちゃん、今度僕のおすすめの漫画教えてあげるね」

「こら、太陽。勇実さんほどの人がそんな子供の読む本を読む訳ないでしょう」


 ごめんなさい、全然読みます。

っていうか、あれおかしいな。

俺が通っている漫画喫茶は大人しかいないはずだぞ。

寧ろ子供の方が見かけないんだけどなぁ。

それとも奥さんは絵本とかと勘違いしているのか?

いや、そうだな。間違いない。

確かに絵本は読まないなぁ。やっぱり漫画だ。



 さて、大蓮寺は仮眠を取っているようだし、起こすのも悪い。

牧菜に挨拶だけしておくか。


「牧菜さん、俺は先に戻りますので、大蓮寺さんによろしく伝えて下さい」

「聞こえてきましたけど、大変なんですか?」

「いえ、俺がいれば祓えない霊はいませんよ」

「……本当にそうなんでしょうね。どうか無理はなさらないでください」

「したことなんてありませんよ」



 嘘だ。

新幹線の移動中は地獄だった。

ずっと無理をしていたのだ。

今回のことでよく分かった。

人には苦手なものはあるのさ。

だから俺はその無理をしないために帰るのだ。

さて、振り返ってみれば濃厚な一日だったが、さっさと帰ってピザ食べよう。

俺は懐からスマホを取り出し、いつものお店を電話帳から探し電話を掛ける。

今日はLLサイズを2枚頼んでしまおうかな。









Side 大蓮寺京慈郎


「勇実殿は行ったか」

「ッ! 起きてたの?」

「当たり前だ。休むとは言ったが寝るとは言っていないだろう」


 さっていく勇実の後ろ姿を見る。

あれ程の男があそこまで真剣な様子で誰かに電話をしている。恐らく彼の頭の中は既に次の仕事の事でいっぱいなのだろう。

それをこちらの都合で止めるなど無粋だ。

恐らく彼は儂と同じ何か特殊な体質を持った人間だ。

明らかに霊能力とは違う圧倒的な力を持っているにも関わらず、高圧的な態度もなく、常に相手に気を使っている様子を見せていた。

それに一度しか見ていないがあまりに戦い慣れし過ぎている。

間違いなく儂以上の修羅場を潜っているのだろう。


「牧菜、街に戻り九条家族の身体を病院で調べた後は警察沙汰になる。儂らもしばらくは安静にしていよう」

「……そうね。お父さんも骨折とか酷いんだし、しばらく休んだ方がいいんじゃない?」

「そう、だな。少し仕事を減らそう」


 儂がそういうと牧菜は驚いた様子でこちらを見ていた。


「――どうしたの? いつもならすぐ次の仕事を探せっていうのに」

「さてな。ただ少しは儂も周りを見ようと思っただけだ」

「……そう」



 そう言ってどこか安堵している娘を見る。

そうだな。ずっと一人で行っていた墓参りに久々に家族で一緒に行くのもよいかもしれんな。










 数日後。












「うっわ、すげぇなここかぁ」

「ですね……九条忠則さんの供述ですと、悪霊を退治するために屋敷を破壊せざるを得なかったという事ですが」


 パトカーが止まり、二人の警官が九条家が所持している別荘に来ていた。

だが、そこは凄惨な場所だった。まるでそこだけ局地的な台風が来ていたかのように、荒れ果てている。

近くの木々が倒れ、肝心の屋敷は本当に殆ど何もなかった。

上からの指示もあり、ある程度は良しなにやれと言われているが、こういった現場は彼らも初めて見る。

倒壊した建物を見る機会も当然多くあるが、この屋敷は倒壊したとは言い難い。

建物は壊れているが、瓦礫などが一切ないのだ。

普通壊れた破片などが残り倒壊したばかりの建物というのは危険なのだが、ここまで何もないと危険だと言う方が馬鹿らしい。



「念のため気を付けろ。霊とか胡散臭いことこの上ないが、供述だと死体があるらしいからな」

「そうですね。調べた感じだと九条忠則って随分霊に悩まされていたらしいですけど、やっぱり幻覚を見てたんでしょうかね」

「そりゃそうだろ。ただ、突然扉が叩かれる時や窓ガラスが割れるって事は多々あったらしい。あんまりそういうのは信じてないが何かあるかもしれんぞ?」

「勘弁して下さいよ、苦手なんですよ俺」




 そうして二人の警官は九条から話が合った死体の場所を探す。


「この辺のはずですよね? 死体どころか血もないですよ」

「だな。一応この辺のはずだがそれらしいものがないな」


 瓦礫もないため、何かに隠れるという事も考えにくい。

こうなってくると考えられる結論は一つだ。


「一応鑑識呼びます?」

「いや、いらんだろ。霊と一緒で死体の幻覚でも視たんじゃないか? どのみち上からあんまり大事にするなって言われてるからな。死体がないならないでそれでいいだろ」

「ですよねぇ、わざわざこんな遠くまで来たのに無駄足かぁ」

「馬鹿者。何もないならそれでいいだろ、まぁこの風景を見て何もないってのはおかしい話だがな」


 さっきまでいた屋敷を見る。

あの後見て回れる場所は全部みたが区座里光琳という男の死体は発見できなかった。

警察でも調べてみたが、犯罪歴のある人物ではないようだ。

ならばやはり幻覚なのだろうか。

出来れば鑑識を呼んで調べた方が良いと思うが、今回の捜査はあくまで形だけの捜査だ。

そういう指示が出ている以上、ここでやれることはもう何もない。



「戻りますか? 一応写真も抑えておきましたけど」

「そうだな。来週にもここに業者が入って痕跡を消すそうだ。とりあえず戻って報告だな」

「はぁまたしばらくパトカーの中ですね。……どうしました?」

「いや、なんでもない」



 そうだ。何でもない。森の奥の方に人影を見たような気がするが警官は首を振る。

この辺は他に民家もないような場所だ。報告書を読んだからそれに引っ張られたのだと信じてそのまま帰路についた。
















Side ■■■



「はぁ、はぁ、はぁ」


 身体を引きずる。まだ上手く歩くことが出来ない。

一見人間のような容姿に見えるがよく目を凝らせばそれが異常な姿だと言う事が一目でわかる。

一歩、一歩とゆっくりと動くその物体は皮膚から幾重もの髪の毛のような物が飛び出し、まるでミミズの様にうごめいている。

もう元の皮膚の色はなく、ただ黒い塊のようになっている。

そしてその髪は皮膚だけではない、爪や眼球、あらゆる場所からまるで生き物のように髪の毛がうごめいているのだ。


「カッタ、ボクハ、カケにカッタ。勝ったんだ」


 あの瞬間、もう逃げることも不可能だと悟り最後の賭けに出た。

それは伝承具”髪被喪(かんひも)”。

人を呪いで浸食し違う形に変える事が出来るこの髪被喪(かんひも)に興味があり作成を行っていた。

まさか自分に使う羽目にはるとは思わなかったが、これしかないと思った。

髪被喪(かんひも)を腕に着け、屋敷の呪いを発動し、自害する。

あの勇実という霊能者なら間違いなく祓うだろう。

一度発動したリンフォンを容易く破壊した彼ならばどれだけの呪いで襲った所で殺す事が出来るとは思えなかった。

そして呪いが祓われれば当然すべて自分に戻ってくる。

その時、呪いを受ける自分の身体が伝承具によって既に呪いとなっていたらどうなるだろうか。

まったく予想が付かなかった。

ただ、それでも無意味に死ぬよりはマシだと思った。



「まさか、まさかぁ。それがこんな結果になるなんてねぇ」


 全身が黒く、至る所から髪の毛がうごめいている姿で笑う。

本当にこんな結果になるとは思わなかった。

まさか、かえされた呪いを髪被喪(かんひも)が吸収しこうして自分の力に出来るとは思いもしなかった。

恐らくもう自分はかつての自分ではないのだろう。

人ではなく、ただの呪いになった。



 だが、まだこの新しい自分を上手く操る事が出来ない。

歩くことも出来ず、ただ、ゆっくり、奴らがいなくなってから逃げ出すだけで精一杯だった。


「この身体に慣れるまでどれだけ時間が掛かるか分かりませんが、待っていて下さいね勇実さん。また遊びましょうねぇ」




 低く、暗い笑い声が山に木霊していた。



 

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