伝承霊8
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Side 大蓮寺京慈郎
「まったくあのバカ娘め。誰に似て頑固になったのやら」
最近ようやく使いこなせるようになったスマホを懐にしまい、大きく息を吐く。
呪装だけ届けてすぐに帰らせねばならんな。
今回の依頼は何かがおかしい。
依頼主の九条忠則は息子を心配するあまりに正常な判断が出来ているとはいいがたい。
まぁ気持ちは分かる。高齢となり子に恵まれない頃合いになった時にようやく出来た息子なのだ。
溺愛もするだろうし、そのためなら自分の資産なぞ惜しまないだろう。
だからこそ、そこを付け狙われた。
伝承霊。
あの男、区座里はそういった。
この業界に長くいるが聞いたことがない霊の種類だ。
地縛霊でも、浮遊霊などとも違う。物語が本物の霊となった現象。
それゆえ祓うのも難度が高い。
儂の血を吸わせた護符がどこまで役に立つか分からん。
それで済めばよいが恐らく儂の身体に憑かせるしかあるまい。
だからこそ、あのバカ娘が持ってくる呪装が必要なのだ。
林道を歩き、九条が住む別荘へ戻る。
砂利を踏む自分自身の足音と、そして僅かにずれる足音が聞こえ、振り向く。
しかしそこには何もない。ただ森へ続く舗装された道があるだけだ。
霊の気配はこの場所に来た時から感じていた。
最初はただの法螺吹きの詐欺師の仕業だと思ったがそうでもないようだ。
区座里は本当につかめない男だ。
年齢は恐らく30代から40代くらい。金髪にサングラスと如何にも怪しげな風貌であり、
あの赤黒い袈裟まで着ているため、もはやどの流派なのかもわからぬ。
流暢に日本語を話している所を見ると日本人のようにも見えるが、実際は怪しいものだ。
「大蓮寺さんッ! どこへ行っていたのだ!?」
大声を出してこちらに迫ってくる一人の男。
整髪料で前髪を綺麗に整えているが、多少の白髪が目立つ。
「どうかしたのか、九条殿」
「どうしたではない、高い金で雇ったんだ。貴方にはちゃんと太陽の近くにいて貰わないと困るッ!」
「ふぅ……区座里殿はどこに? 昨日から姿を見ておらんが?」
そう、あの男の姿が見当たらない。
元々常に九条の元にいるわけではないようなのだが、ふらりと現れ、煙のように消える。
まるで霊のような男だ。
「知らんッ! あんな使えない男なんてどうでもいい。それより大蓮寺さんにしっかりと守っていただきたい」
「当然守るとも。だが守ってばかりではじり貧だ。こちらか打って出る必要がある。そのためには儂がご子息の近くにいては祓うものも祓えない。それはご理解いただきたいのだがね」
「それはそうなのだろうが……」
九条太陽に憑いている霊。
2mを超える大きな女の姿をした霊なのだが、何でも八尺様というネットの怪談に出てくる怪異という事だ。
一通りその怪談は目を通したが、どうやらこの八尺様はとり憑いて殺すという典型的な種類の怪異のようだ。
それだけならば問題はないと思った。
すぐに祓おうと考え、霊の気配が強い場所を探そうとしたがこれが見つからない。
恐らく常に移動しているのだろう。
しかも、
通常霊は盲目的な事が多い。
それはとり憑いた対象以外を目にも入れない霊が多いからだ。
恐らく死後の思いを引きずりその無念だけを晴らそうと行動するからだろう。
それゆえに一度取り憑く対象を決めるとそれ以外が見えなくなる霊が多いのだ。
だからこそ、儂のような霊能者は容易に霊に近づく事が出来るし、祓う事も出来る。
だが、稀に自我を持った霊も存在する。
それは本当に厄介だ。
その場合、儂らを欺こうとするし、逃げるという事さえやってのける。
そうすると途端に祓うのが難しくなるのだ。
そして今回の八尺様は後者に当たる。
純粋な霊ではなく、物語から誕生した怪異であるがために、生前の思いがないのだろう。
恐らくあの霊にあるのはただ子供に取り憑き殺すという事だけなのだ。
ただそれだけを考えているならまだマシだ。
襲ってきた所を祓えばよい。
だが、明らかに儂がここに来てから頻繁に出現していた八尺様が1度現れただけで、その後は一度も現れていない。
警戒をしているのか、それとも何か考えがあるのか。
「まったくまるで人間を相手にしている気分だの」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
九条と共に別荘へ戻る。
森林の中に建てられた大きな建物。
3階建ての洋館のようなデザインになっており、普段日本家屋に住む儂からすれば落ち着かない建物だ。
警備の横を通り、敷地の中に入る。
整備された石畳の上を歩くと目に付く大量のお札。
そして、屋敷の建物をぐるりと囲むように設置された石で出来た杭のような物。
これらはすべて区座里が用意し、あの八尺様を屋敷に入れないための代物だ。
そのため、八尺様が現れる際は常にこの屋敷の周りを歩いている事が多いらしく、よく声が聞こえるそうだ。
『ぽぽぽぽぽぽぽ』
実際は違うのかもしれないが、そう聞こえる。
そして八尺様の姿が見えるのは九条忠則、妻の九条愛、そして息子の九条太陽のみという事だ。
外にいる警備の者たちや屋敷を管理している守衛などは見えないそうだ。
そのため、外の者からは胡散臭い目で見られるのが腹が立つと九条は言っていた。
まぁ仕方あるまい。見えないのが普通なのだ。
息子である太陽はわからんでもない。
まだ9歳の子供ゆえ比較的見えやすい時期にある。
だが、その両親である忠則や愛も見えているというのが解せん。
儂から見ても霊感があるようには見えない。話を聞けばこれまで一度も霊を見た事もないそうだ。
それが今回だけ見えるというのが気になる。
よく波長が合えば見えると言うが、それにしても作為的なものを感じずにはいられない。
「確か別の霊能者の応援が来るは今日でしたかな」
応接室に入り、九条の断りを待たずに近くの椅子に座った。
「ええ、秘書からはそう聞いてますな。何でも海外の霊能者らしいが紹介した田嶋という不動産の者は太鼓判を押した者のようですよ」
「太鼓判ねぇ」
霊能者なんて詐欺師が多いのは普通だ。
目に見えない物を見えると言う人間なんぞ儂から見ても胡散臭い。
霊能者と名乗る本物なんぞ本当に一握りしかいないのだ。
仏門に入ったもの、神道の入ったもの、そういった者たちは確かに霊を感じる事が出来るだろう。
だが、奴らは自分たちを霊能者なんて名乗らない。
何故なら奴らは自分の力で霊と対峙しているのではなく、仏や神の力を借りているだけだからだ。
だからこそ、自らを霊能者と名乗り、本物の力を持っている者は片手に数える程度しかいない。
「まぁ会うだけ会ってみましょう」
「――お願いします。大蓮寺さんの力を疑うわけではないですが、息子のために今は一人でも多くの霊能者が必要なんです」
「……はぁ、分かりましたよ」
釘を刺されたか。
儂がここに来てから、追加でやってきた自称霊能者共を全員追い出したため、それをよく思っていないのだろう。
馬鹿者め。あのまま素人が霊能者の真似事をしてみろ。
殺されるのはその霊能者達なのだ。
霊は基本盲目だが、自分の行いを邪魔されるととたんに回りを攻撃し始める。
特に今回の霊はダメだ。
除霊の真似事なんてされた日にはどうなるか分かったものじゃない。
それに、奴が最後に姿を現してから数日経つ。
それがとても恐ろしい。
何を考えているのか分からない者は人間であろうと霊であろうと恐怖を感じるには十分だろう。
すると応接室の扉が音を立てて開いた。
扉から小さな男の子が顔を出している。
「太陽? どうしたんだ、今お仕事の話をしてるからママの所に行ってなさい」
「――パパ、お外……」
それを聞いて九条は目を見開いて椅子から立ち上がり太陽を抱きかかえた。
「大蓮寺さんッ!!」
「わかっておるよ」
懐から小さなナイフを取り出す。
その刃を左手で握りゆっくり右手を引いた。
左手から走る痛みの信号を無視し、掌に溜まった血を九条親子の周囲にばらまく。
「そこから動かないように。儂の身体から離れたばかりの血であれば、霊はそうそう近寄れん」
血だらけの左手で上着の懐に入れていた札を取り出す。
流れる血が札に染み渡るのを確認し、それを応接室の壁に1枚貼り付けた。
八尺様が狙っているのは息子だけ。
ならば母親の方は一旦放置してよいだろう。
ゆっくりと足取りを確認しながら玄関の方へ歩を進める。
少しずつ肌に棘のように刺さる霊気を感じる。
「さて、手持ちの装備だけで祓えると良いのだがな」
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