伝承霊7
かなり間が空いてしまい申し訳ありません。
ようやく着いた。
やはり外の空気はいい。新幹線はだめだ。帰りは絶対に魔法で帰る。
これは決定事項だ。
先ほどの猿夢という怪異の事件は幸い早期解決したためか、新幹線は問題なく目的の駅に到着した。
あのまま運転手含め悪夢の中であれば大きな事故となっていただろう。
それを未然に防げた事を安堵しつつも、腹が減っていることを思い出す。
そこそこ大きな駅だが、さすがに駅構内に食事する場所は見当たらない。
適当にコンビニであのナンみたいな物で巻かれたマルゲリータでも食べよう。
そう思い移動しようとした所を俺の裾を掴む手で止められた。
「勇実さん、どこに行かれるんですか? 一応九条さんの方でタクシーを手配してくださっていますので、移動しますよ」
ぬぅぅぅ、俺の食事を邪魔する気か?
別に一緒に行く必要などないだろう。俺はタクシーなんて乗りたくないから、一人で行ってくれ。
お前に付着している魔力で場所は辿れるから後で追いつくから心配するな。
そう素直に言えればどれだけよいか。
間違ってもタクシーに乗りたくないなんていえない。
だって、乗り物酔いするから嫌だなんて、ダサいじゃん?
「元々今日中に到着する予定と私の代理人である田嶋さんから連絡が行っているはずですので、牧菜さんはどうぞお先に行ってください。
俺は少し寄りたい所があるので、後から行きますよ」
そう、あのピザっぽい良くわからん商品をコンビニで買って食べるというとても大切な予定があるのだよ、きみぃ。
ついでにチョコボールも補充したいしな。
「そうでしたか。では私も勇実さんにお付き合いいたします」
「いら……いえいえ、私用なんで、俺に付き合わなくて大丈夫ですよ。どうぞ先に行ってください」
っていうか行けよ。
邪魔だわ、一人で飯くらい食わせてくれ。
妙にキラキラした目で見てもおごってやらないからな!
安いんだから自分で買えよ。
「ただ、なるべく早く用事を済ませていただけると助かります。私も父を待たせていますからね」
「……なら先に行けばいいのでは?」
「私と一緒に父に会った方が、勇実さんの仕事がやりやすくなると思います。父はどうしても他人をあまり信用しない性質ですので、私の口ぞえがあった方が今後の事を考えるとスムーズかと思いますよ」
正直どうでもいい。
牧菜の父親である大蓮寺に興味があるわけでもないし、気に入られたいわけでもない。
邪魔さえしないでもらえればそれでいいのだ。
だが、今回の依頼内容はただ霊を排除するだけではない。
その区座里とか言う怪しい奴の正体を暴く必要があるのだ。
そのためには俺よりも業界の顔が広い大蓮寺の力が必要になると田嶋が言っていた。
面倒だ。
本当に面倒だ。
殺すだけで終わらない仕事は本当に面倒だ。
でも――――
それがいいんだろう。
俺はもう魔を滅ぼす兵器じゃなくなったのだから。
「……わかりました。では、飲み物だけ買うのでちょっと待っていてください」
「もしやコーラを!?」
いや、今日はもう1本飲んだからコーラはいらねぇよ。
暑い日差しに歓迎されながら駅から外に出た。
目の前にある
ちなみに今回買ったのは紅茶だ。
最近はミルクティーがお気に入りなのだが、これがペットボトルでもそれなりに美味い。
いつか本格的な紅茶を飲んでみたいものだ。
流れる景色を見ながら、俺は一つの確信を得た。
俺は成長していると――
車は窓を開け、香りのある飲み物とチョコボールがあれば短い時間なら何とか耐えられる。
それが分かったのだ。
以前の田嶋と乗った車ほど恐ろしい状態にはなっていない。
迫り来る嘔吐感と戦わなくて良いのだ。
それがどれだけ素晴らしいか俺の横に座っている牧菜には分からないだろう。
なぜか俺と同じ紅茶を買い、それを不思議そうに見ている君にはね。
しかし、なぜ買ったのにジロジロ紅茶を見てるんだ? 意味がまったくわからんが何かの儀式なのか?
「一応父には既に連絡しています。現場に着きましたら念のため勇実さんならご理解していただけていると思うのですが、お願いしたいことがあります」
「――お願いですか?」
「はい」
なんや、お願いって。
いかにもわかってますよね、って雰囲気だすのやめてくれない?
何もわかってないよ。今も外の空気を吸うのに精一杯なんだからさ。
「……私が、大蓮寺京慈郎の娘だといわないでほしいのです。勇実さんもご存じの通り私は表向き父の秘書兼お手伝いという立場で現場に同行しています。通常であればそこまで神経質になる必要はないのですが、今回は霊だけが相手ではないと思いますので念のためです」
まぁ確かにさっきも新幹線の猿夢は自分を狙っている犯行だと思うと言っていたしな。
事実かどうかは別として、実際に不可思議な怪異は発生している。
であれば牧菜がここに到着するという事を不都合に考えている人物がいるという事なのだろう。
「父は娘である私には甘いのです。万が一にでもそれを弱みとして知られたくありません。本当は私も来る予定ではなかったのですが、九条さんに憑いている霊は中々に厄介なようで、手元の装備では祓うのが難しいようでした」
「それで、必要な物を牧菜さんが持ってきたと?」
「はい」
元の世界のゴーストは何度も倒してきた。
それこそ上位のリッチやエルダーリッチも屠ってきている。
だが、ここ日本の霊は力こそ強くないが何か魔力でもない不可思議な力を持っている。
漫画によれば怨念というモノの強さが霊の強さに直結している。
この辺りは以前の世界と違う点だろう。
俺のいた世界では、恨みや無念を残して死んだ人間は放置すれば魔物となる。
だが、思いの強さで魔物になってからの強さが変わるわけじゃない。
死んだ場所の魔力の強さで変わるのだ。
そのためどれだけ強い思いを残して死亡しても、町の近くの平原などであれば、ただのゾンビにしかなりえない。
だが、例えば。そう――魔力濃度の濃い迷宮などで死亡した場合は、高確率で強力な魔物に変貌する。
だが、魔力のないこの世界ではそれがない。
つまり、人の思いというやつが霊の位階を上げるのだ。
「ええ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。私のことを名前でずっと呼んでいるのも生須という苗字を知られないためですよね?」
「え、ええ。もちろんですよ」
いや、俺の世界だと苗字で呼ぶ習慣がないだけだから。
そもそも、家名で呼ぶのは貴族くらいなもんだ。
「流石ですね。本当に頼りになります。おそらくもうすぐ着くはずですので、もうしばらく――っ! これは?」
「……前から感じますね。急いだほうが良さそうだ」
何か強い霊の気配を感じる。
人間の気配も感じるところを見ると誰かが戦闘しているのかもしれない。
まだ距離もあるようだしともかく急いだほうがいいだろう。
ちょうどいい、車の匂いがきつくなってきたところだ。
手に持っている紅茶を1口飲み、牧菜に告げる。
「牧菜さん、先にいきます。早めに行った方が良さそうだ」
「え? 勇実さん!? 先に行くってどうやってですか! まだ車の中なんですよ!?」
「ははは、こうやってですよ」
シートベルトを外し、扉を開ける。
必死な形相で俺を止めようとする牧菜を無視し、この悪魔の箱からおさらばするのだ。
アディオス、タクシー! 出来ればもう乗りたくないぜ。
車のルームミラーで目を見開いている運転手に軽く手を振り、俺はそのまま外へ飛び出した。加速している車から飛び出し、地面に着地する。
車から飛び降りたため、身体が前に行ってしまうが、魔力で身体を満たし地面を蹴る。
「え!? ど、どうなってるの!? やっぱりあの丸薬は何かの霊薬だったの!? もしくはこの紅茶に何か秘密が!?」
よくわからんことを言っているが、俺は手に紅茶のペットボトルを握りしめながらタクシーを置いて霊の気配がする方へ走り出した。
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