第9話 原作☆ぶれいかー(2)
──ぎゃああああああああああ!! ミラ
……あ、そうか。
この時期はまだ
しかしヒナタちゃんやルイと違って、初めから物語の舞台である
彼女は元々、京都の
しかし、そんな彼女を”悲劇”が襲った。
日本全国の支部から選抜された候補生たちがそこで競い合い、高め合うことを目的としたイベントだ。
ここでの記録は
アイドルの研修生を追う感覚で、人々は英雄の卵が繰り広げる死闘へと熱い視線を送るのである。
ちなみに、ルイが〈
そんな東の絶対女王・
毎年開催される都合上、三度にわたって二人は激突。
結果は、ルイの三戦全勝。
しかし、ミラ様もただで敗けていたわけではない。
一年目は、完膚なきまでに叩きのめされ。
二年目は、それなりに拮抗しつつも敗北。
三年目は、あと一歩というところで惜敗。
ルイと同じく高等科を飛ばして
──と、長くなったが、このミラ様の登場が『わたゆめ』第三巻のラスト。
第一章の〈
……うん、薄々お察しの方もいるだろう。
──この第三章、ぶち壊れちゃってます。
いや。
待って。
聞いてほしい。
俺のせいじゃない。
ほんとに。
俺も重度の『わたゆめ』オタクだったわけだけどね、描かれてない
この世界に転生したことで、やっとそれを見られる機会を得られたわけ。
本来あり得ないことですよ、これは。
だから
いや、あの時の俺はすごかったね。目が焼けることも厭わない覚悟をキメていた。
そうしたらね。
──三年間、一回もミラ様出てこなかった……。
何があったのか本当に分からないけど、決勝でルイと死闘を繰り広げるの楽しみにしてたのにぃぃいいいい!!
それがなんで京都にいるんだよぉおおおおお!!!
……いやそれは時期的にまだ異動してないだけか。
じゃあ、なんでこんなところで会うんだよぉおおおおお!!!
「──あの、どうかいたしましたか?」
小鳥が囀るような声音で尋ねられ、我に返る。
墨色のメッシュの入った金髪をさらさらと揺らし、ミラ様が首を傾げていた。
しまった、長いこと見つめすぎた! な、何か言い訳を……!
「すみません。あまりに美しかったもので、つい」
──ああああああああっ!! つい、じゃねぇよ、他になんかあったろおおおおおお!!!
今にも頭を頭を抱えたくなるほどのやっちまった感を全力で噛み殺して微笑みを浮かべる。
すると彼女は「まあ」と驚いたような表情を見せた。
「お上手ですのね。まるで社交界にいらっしゃる殿方のようだわ」
口元に手を当て、ころころと優雅に笑う。
ヒナタちゃんだったら顔を真っ赤にしているだろう(好き)し、ルイだったら非常に嫌そうな表情を浮かべているだろう(好き)ストレートな褒め言葉を、三人目のメインキャラであるミラ様は余裕ある態度でそれを受け流した(好き)。
彼女はこの世界の婦女子には珍しく男性への免疫がある。
それには彼女の生い立ちが関係していた。
位階は伯爵。
ミラ様も小さい頃からその一員として社交界に出入りしていたため、そうした場で交わされるやり取りや異性相手の会話にも免疫があるのだ。
……と、『わたゆめ』3巻か4巻のカバー裏に書いてあった。
細かい華族制度についても詳細に書かれていて、正直お経を読んでいる気分だったのでよく覚えている。
ちなみに全部読んだ。当然だよね、オタクだし。
「とてもそんな高貴な者ではありませんが……」
「あら」
すう、と灰色がかった青の目が細められた。
「ふふふ、『社交界』の一言でわたくしがどういう人間かお分かりになるのですね。ますます不思議なお方だわ」
「いえ、その、雰囲気とかでなんとなく……ははは」
「ふぅん」
やばい。下手なこと答えるんじゃなかった。
確かに喋り方やフリルのあしらわれた高級そうな服装など、手がかりはあるにはあるが、初対面で早々に気がつく人間は少なそうだ。特に男は。
正直、ミラ様は推しだし眼福なんだけど、あんまり近づきたくないんだよな。
華族として磨き抜かれた話術が怖すぎる。色々とバレそう。
それにこの子、お淑やかなお嬢様に見えて実は──、
「イブキ……! どうしたの?」
振り向けば、少し息を切らしたクシナがやってきた。
例によって俺が女性から声をかけられているように見えたのだろう。
「ああ、ちょっと俺の不注意でぶつかっちゃっただけなんだ」
「そう……」
クシナがミラ様に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。うちの人、抜けたところがあって……」
「謝るにしても酷くない!?」
言いつつ、俺も頭を下げようとすると、ミラ様が片手でそれを遮った。
それから、クシナと同じように頭を下げて、
「こちらこそ、ごめんなさいですわ」
「あの、二人とも、頭を上げてくれませんか……?」
この後めちゃくちゃ謝り倒した。
だって相手、華族だし……なにより
♢♢♢♢♢
改札を越え遠ざかっていくカップルと思しき美男美女を、
彼らが見えなくなってからも、そうしていたミラだったが、しばらくして、
「なんて、無礼千万なクソ庶民なのかしら」
小鳥が歌うような声音で、そう吐き捨てた。
「このわたくしに、頭を下げさせるだなんて……ッ!」
とっくに見えなくなっているイブキとクシナがいた方向を、気弱な人間なら視線だけで射殺せそうな眼光で睨みつける。
「そもそも事故だろうとわたくしの清い身体に触れるなんて、あまりにも身の程知らずというものだわ」
恨み言を積み重ねる彼女の背後に人影が近づき、
「どないした〜ん? ミラぁ」
「きゃ……!」
背後から抱え込むように抱きついた。
ミラは驚いた後、顔を
「
「えへぇ〜、良い匂いどすなあ、ウチの妹はあ」
姉と呼ばれた女性は、ミラの肩にだらんと頭を乗せてへらへらと笑っている。
だがミラが嫌な顔をしたのはその行為そのものではない。
「少々
自分に抱きつく者が帯びる、強烈な酒気にだ。
ミラが振り解いて距離を取ると、彼女は地面にへたりこんだ。
「ありゃ。ほんで、どないしたん?」
「はあ」
着物が着崩れ、膝裏まであろうかという長い墨色の髪を地に引きずっても気にした様子がない姉──ミスズリを見下ろしてため息をつくミラ。
「実はさきほど──」
そうして始まった妹の苛烈な暴言。
それをのほほんと聞いていたミスズリだったが、ある部分に差し掛かった途端、その目が見開かれた。
「
その瞳は、
赤と青のそれに見つめられて、息を詰めるミラ。
「──っ、は、はい……たしかに」
「さよかぁ」
気圧される妹に気づいていない様子でミスズリは何度も頷いた。
そして、いきなりすっと立ち上がると、
「次の列車で追うで」
「……へ? ちょっと、お姉様?」
言うなり歩き出す姉の後を、ミラはただ追いかけるしかなかった。