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第8話 俺が悪かった……


「昨日ぶりね、〈刹那(セツナ)〉」

「ええ。その節は散々追いかけ回してくれて、どうもありがとう」

「どういたしまして」


 襲撃前にクシナが言いかけた『昨日の……』とは彼女の話だったらしい。

 片や天に、片や地にあって皮肉混じりの応酬を交わす二人。

 ルイはヒナタちゃんと比べても歳不相応に落ち着いている。


 彼女が宙に浮いているのは、言うまでもなく天稟(ルクス)の効果だ。

 しかし単純に《浮遊》というわけではない。


 彼女の天稟(ルクス)は《念動力》。

 自身の体重以下(・・)の物体を自在に操ることができる。


 そう、未満(・・)ではなく以下(・・)なのだ。

 つまり彼女は自らを念動力で操作することで浮遊を可能にしているのである。


 そんな下手すれば自分の身体が弾け飛びかねない暴挙をやっておきながら、彼女は涼しい顔で路上を睥睨していた。


「…………」

「…………」


 睨み合うクシナとルイ。


 片翼の天使はクシナから目を逸らさぬまま、くいっと人差し指を持ち上げる。

 それに合わせて地面に突き立った長剣がしゃらん、と音を立てて抜け、ルイの周囲にまで浮かび上がった。


 次いでその手を横に振ると、背に負った三本の長剣がしゃらら、と音色を響かせながら剣身を晒す。

 橙紅玉(カーネリアン)のごとき瞳が冷たく輝き、四本の長剣が舞い踊る。


 この光景を目にした人々は、彼女をこう称えた。

 指先一つで意のままを起こす、〈美しき指揮者(マエストロ)〉と。


 ──で。


『ああああああ、それ漫画でも見たああああ!!! かっこいいいいい!!!!』


 極々小さいボリュームで囁きながら叫ぶとかいう器用な芸当をする(オタク)がここに一人。

 推しのかっこいい挙作がオタクに刺さらないわけがないんですねぇ!


『ファンサ!? ファンサですか!? ──ハッ』


 小声でギャーギャー騒いでいるのが聞こえたわけではなかろうが、真面目な空気が霧散したのを敏感に感じ取ったのだろう。

 俺から数メートル以上前に立っているクシナが、たんっと片足を踏み鳴らした。


 いかんいかん、今日は真面目に戦わなきゃ……。


「んんっ」


 咳払いひとつ。


 状況はいまだ膠着している。

 ルイからすれば、先の土塊が無効化された絡繰を見抜かねば遠距離攻撃に意味がない。

 クシナからすれば、宙に浮いたルイへの有効打がない。


 正確に言えば、クシナの方は“相手を殺す気でやれば”攻撃手段はいくらでもあるのだが。

 彼女は人を殺めることをひどく嫌うので、自分か俺に命の危機が訪れるまでそれをすることはないだろう。


 ゆえに、この場での最適解はひとつだ。


「──行け、〈刹那(セツナ)〉」


 俺がクシナの背を押すこと。

 途端、彼女は弾かれたように駆け出した──空中のルイには見向きもせずに。


「───ッ」


 こちらの攻勢から数瞬と遅れず、ルイも動く。

 彼女の標的は──俺だ。


 天と地でルイとクシナが交錯し、戦場が二つに分かれる。

 クシナは地上の二人を攻撃可能だが、ルイは俺を倒さねばクシナに攻撃できない。


 ルイからすれば時間を稼いで援軍を待つという選択肢もあったが、クシナが攻勢に出た以上、真っ先に俺を狙うしかなくなる。


 それが分かっていたからこそ、クシナは俺を守るために動けずにいたのだ。

 だから「こっちは大丈夫だよ」と彼女を後押しした。


「そう言ったからには怪我一つせずに帰らないとな」


 気合を入れて、空中の天使に目をやる。


 雨剣(うつるぎ)ルイはヒナタちゃんと同い年で【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】に所属する秀才だ。


 彼女はその恐ろしく魅惑的な美貌によって、養成学校(スクール)時代からファンを持つほどに名と顔の知れた天翼の守護者(エクスシア)である。


 普段の性格は、一言で表すならクール。

 けれどヒナタちゃんの親友としての彼女は、やや過保護なほどの愛情を持つクーデレな一面も見せる。


 当然、推しです。


 まあ現時点では、ルイとヒナタちゃんは【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】に所属したばかり。

 ペアとはいえ、ろくに話をしたこともないんだけどね。

 これからヒナタちゃんにデレていくのですよ……ふふふ。


「──彼岸花?」


 ヒナ×ルイのこれからに思いを馳せていると、空中の彼女がふと呟きを零す。


 俺のローブを見ての反応のようだ。

 さっきまではかなりクシナを警戒していて、こちらに意識を割く余裕がなかったらしい。


「ということは、つまり〈刹那(セツナ)〉の唯一の部下……で、男」


 ぼそぼそと独りごちるルイ。

 怪訝そうに眉根を寄せる表情すらも魅力的で、ともすればクシナやヒナタちゃんに見慣れた俺でも視線が吸い込まれてしまいそうになる。

 二人とはまた違った不思議な魅力を持つその美貌に、


「アナタが〈乖離(カイリ)〉か──ふふ、ふふふふ」


 薄ら寒さを覚えるような冷笑が浮かんだ。

 次の瞬間。


「──死ね……ッ!!」


 長剣のうち一本が弾丸のように飛来。

 反射的に顔を傾け、かろうじて回避する。

 危うく、剣は右頬のギリギリを掠めていった。


「────」


 肩越しに後ろを見る。

 アスファルトの路面に、剣身のほとんどが突き刺さっていた。


「…………」


 ……殺意高くない?


 いや、確かに原作でも、敵には容赦ない系のキャラではあるんだけど。

 なんかこう抑えきれない私怨みたいなものが感じ取れたと言うか……。


「……俺、君に何かしたっけ?」

「黙りなさい」

「えぇ……」


 これが取り付く島もないってことですね……。

 困惑する俺をおいて、ルイは嫌悪も露わに表情を歪めた。


「ワタシのヒナ(・・)を辱めたゴミクズ……ッ!!」

「……………は?」


 ヒナ……? ──ヒナタちゃん!?


 それ、原作だとめちゃくちゃ仲良くなった後の呼び方のはずなんだけど……。

 まだヒナタちゃん加入二日目だよな?


 好感度上がるの早すぎ……どうしよう、うちの推し(ヒナタちゃん)が女たらしになってる……。


「昨日、帰ってきたヒナが、あんな、あんな表情……っ! ──絶対にユルサナイ」


 ……なるほど。どうやら昨日起こった指宿イブキ(18)による犯罪はあっという間に被害者(ヒナタちゃん)から友人(ルイ)へと伝わったらしい。


「いや、あの」

「五月蝿い、逝ね」


 やべえ、発言権がねえ……あったとしても言い逃れできねえ……。

 ルイの()る気に呼応するように、残る三本の長剣が一斉に鋒を俺に向けた。


 ──拝啓、幼馴染殿。


 推しの抹殺対象()になったので、僕はあんまり無事に帰れそうにないです……。



 こんなタイトル回収は嫌だ……。

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