第2話 誤解しかない
とにもかくにも俺がすべきは「何故ヒナタちゃんとルイに避けられているのか」を知ることである。
本人に聞くのが一番早いだろうとダメ元でちょっと話さないか誘ってみたら、まさかのOKが返ってきた。
ますます何故避けられているのかが分からない……。
「い、いらっしゃい……」
「お、お邪魔します……」
謎の気まずさが俺たちの間に横たわっている。
前回打ち解けたように思えたんだけどなぁ。
と、そそくさとルイをリビングに案内しようとした、まさにその瞬間に俺は気づく。
──これ俺、女子高生を家に連れ込む変質者なのでは……?
ドアに手をかけながら、ぶわっと溢れ出す冷や汗。
未成年を、誰もいない家に連れ込む。
しかもその相手は、”推し”である。
「────」
待て待て待てっ、これはダメでは!? ダメに決まってんだろ!!
YES、推し!NO、タッチ!だろうがああああ!!
……って前にもどこかで言った気が……気のせいか。
いや、違うんだ!
なんか俺とルイってちょっと友達っぽい間柄な感じがしなくもないじゃないですか!?
そんな相手と、妹的存在の二人から急に避けられたら理由知りたくない!?
必死だったんです! 他意はない! 信じてくれ!
「……どうしたの?」
唐突に動きを止めた俺に、怪訝そうな声音が背後から投げかけられる。
ど、どうする? このまま彼女をあげてしまっていいのか?
……今更ながら、限りなくアウトですよね。
「なあ、やっぱりその、外行かない? カフェとか……」
恐る恐る背後を振り返ってみれば、
「なぜ?」
居心地悪そうに肩を窄めながらも、片眉をあげて問うてくるルイ。
なんと答えるべきか迷ってるうちに、
「ひょっとして……何か見られたら都合の悪いものでもあるのかしら?」
彼女は若干温度が下がったジト目で俺を見上げてきた。
「いやいやっ! そんなまさか!」
俺は焦って、扉を開け放つ。
「ほらっ、この通り見られてまずいものなんて──」
開け放った先。
そこには我が家のいつも通りのリビングがあった。
──椅子にはどうみても女物のエプロンが掛けられ、机の上にはこの前新調したばかりのお揃いのマグカップが置かれ、シワにならないよう後で畳むべくソファに広げられた白いワンピースまである、いつものリビングが。
「…………」
唇を横一文字に引き結んで後ろを振り向く。
そこには、
「そうね。自分の愛の巣に別の女を踏み入れさせたくはないわよね。ごめんなさいね? そういう機微に疎くて」
一週間前に戻ったかと錯覚するほど冷たい表情で俺を見下げ果てる、絶世の美少女。
彼女は一瞥の後に、踵を返した。
「ち、ちがうん──あぶなっ!?」
いきなり玄関から吹き飛んできた靴をキャッチする。
ルイは肩越しに、ふんと鼻を鳴らしてスタスタと歩き去ってしまう。
「ちがうんだぁ……!」
情けなく彼女に追い縋ることしか、俺にできることはなかった。
♢♢♢♢♢
それから必死に言い募っているうちに、すげなく立ち去ろうとしていた少女は「わ、わかった! 分かったから顔を近づけるのをやめなさいっ」と快く俺の言い分を受け入れてくれた。
結果、こちらの提案通りカフェに行くことになったのだが、俺の知ってるカフェなんて一つしかない。
「この前は君が選んでくれた店だったからね。お返し」
「へえ……意外とセンスがいいのね」
入り口でガラス越しに見える店内の様子を見て感心したように言うルイ。
彼女と俺がいるのは、Café・Manhattanの前だった。
一見するとここは普通のカフェで、店主の
しかし彼女には【
俺やクシナにとっては馴染み深いカフェであると同時に、悪の拠点の入り口としての側面も持っていた。
そんなところに
そう開き直って、入店する。
──カランカラン。
今回は普通に営業時間であるため、店内はほとんどが一般客で埋め尽くされていた。
さすがの人気店、などと思っていると、
「ねえ、ちょっとちょっと」
「うっわ、何あの美形……」
「天然かな? ヤバすぎ」
呼び鈴の音に引き寄せられた客の目が、俺でぴたりと縫い止められた。
そのままヒソヒソと何やら会話が繰り広げられている。
このご時世、わざわざカフェに足を運ぶ男なんていないから新鮮なのだろう。
しかし、なんとなく肉食獣に見つめられているような気分になるのは何故だろうか……。
「──混んでるのね」
そんな台詞と共に、遅れてルイが入ってくる。
「うっわ、また美人だ……」
「そうだよねー、相手いるよねぇ……」
すると視線は彼女へ移動してから、一斉に散っていく。
その間、店主・ユイカさんは普段と同じようにカウンターの向こうに無言で立っていた。
俺とその後に付いてきたルイを見て一瞬目を瞠っていたが、営業時間内であるため、あくまで寡黙な店主としての役を全うするようだ。
なので、俺たちも勝手に空いている席に向かって歩いていく。
その途中でも、俺に目が向けられては後ろのルイを見て背けられる、のループが繰り返される。
ここらへんはクシナと一緒にくる時と大差ないが。
「分かっちゃいたけど、同性に気後れさせるとか、とんでもない美人だね」
奥の席にルイを座らせ、手前に座った俺が呟くと、彼女は露骨に嫌そうな表情をした。
「こんなの、ただの生まれつきじゃない。ワタシが努力して掴み取ったものじゃないわ。そんなもの褒められて嬉しいとでも?」
「うーん……」
努力家な秀才らしい意見である。
しかし、本当にそうだろうか、と首を傾げる。
ルイは今、変装用に銀縁のメガネを掛けて、腰までの長髪を三つ編みにして右肩から前に流していた。
一見しただけでも、その空色の髪は毛先まで色艶が良く、白雪のような肌も最低限以上のケアがなされていることが分かる。
たとえそれが見た目を良くしようと思ってのことではなく、
「髪や肌の手入れだって毎日の小さな努力の積み重ねでしょ? そういう見た目も含めて、俺は綺麗だと思うけどな」
「────っ」
いきなりルイが、ふいっと店の外に顔を背ける。
なにごとかと驚いていると、再びその顔がこちらに向けられる。
普段通りの澄ました──けれど白肌にうっすらと赤みを差した表情で、彼女は上目遣いに、
「──ゴミのような男ね」
吐き捨てるように言った。
「なんでっ!? いま良いこと言ったでしょ!?」
「だからよ、クズ男。自宅に愛の巣がありながら他の女を口説くような真似を……」
「誤解が! 俺たちの間には多大なる誤解が!! あと別に口説いてないからね!?」
わちゃわちゃしながらも注文内容を決め、店員さんに伝える。
五分もしないうちに飲み物を持ってやってきたのは……まさかの店主のユイカさん本人だった。
彼女は俺たちのドリンクを置くと、すっと俺の耳元に顔を寄せて、
「奥さんがいる間に女子高生を連れ込むなんて、悪い度胸してるねぇ?」
「おくさんが……?」
……奥さんが
うんうん、なるほどね。
「──誤解が!! 多大なる誤解が!!!」
とんでもない囁きを残してクスクス笑いながら去っていく店主に悲痛な叫びを送っていると、
「ふぅん、美人なら誰でも手を出すのね、アナタって」
「誤解が!!!!!」
「ふんっ」
それから釈明すること数分。
今日出会ってからなんとなく浮ついていた空気が、ようやく以前の気安いものに変わってきた頃。
ヒナタちゃんの変化について俺が問うより前に、ルイは自分のカップに口をつけると、
「それで、例の幼馴染さんとやらは、アナタにとってどういう存在なのかしら?」
こちらの様子を伺うようにして切り出す。
その質問は先ほどまでの話の延長であるように聞こえて、それ以上に多くの意味合いをはらんだものだった。
この二人、相性が良すぎて思ったより話が進まなかったので明日も投稿します。。。