第7話 幼馴染は強い(常識)
車道のど真ん中に向かって落ちていき、地面との距離が数メートルに迫った頃。
──視界に集中。
途端に、景色がゆっくりと流れ始める。
地面に触れる瞬間に《分離》。
エネルギーが失われ、俺は無事に着地する。
すぐに横に視線をやり、アスファルトに激突する寸前のクシナを
空中で猫のように体勢を整えていた彼女と路面を、分離する。
ふわりとローブを広げながら──幹部〈
「ごくろうさま」
「はいよ」
護送車は着地点から二十メートルほどまで近づいていた。
一団は突如降り立った俺たちによって急ブレーキを余儀なくされる。
「襲撃ッ! 一瞬でも警戒を切らすな!!」
護送車の先頭に陣取っていた
数秒と置かず、周囲の仲間が警戒体勢に移る。
護送車の運転席から飛び出してきた女性を含めて、その数四人。
こちらの予想の範囲内だった。
迅速な対応から、練度の高さも伺える。
その起点となるのが、リーダーと思しき先頭の女性。
「紋様は彼岸花! 敵は幹部〈
彼女は襲撃者の正体をいち早く確かめ、味方に周知しようと──。
「
クシナはすでに、リーダーと思しき女性隊員の
「な──っ、ぁ」
現れた時には既に振り上げられていた手刀が、リーダーの意識を真っ先に刈りとる。
「《転移》の
「下がれ……っ!」
残された三人が一斉に飛び退く。
「まず、一人」
【
その第三席たる〈
先ほど屋上で作戦確認をした際、あたしの負担大きくない?などと
むしろ彼女にとっては役不足というものである。
無論、敵も甘くはない。
ここまで上手くいったのは奇襲の上での初撃だったからだ。
クシナもそれを分かっていて、まずリーダー格を昏倒させたのだろう。
「〈
すぐに代わりの者が指揮を取り、護送車を背に各々が散る。
やや距離が離れた布陣によって戦況は膠着。
クシナと三人は睨み合う。
──さて、ここからは時間の戦いだ。
陽動のため時間を稼いだ昨日とは違って、今度はこっちが急ぐ必要がある。
昨日俺たちが起こした事件によって、厳戒態勢があちこちで敷かれているはず。
となると、敵の増援も早くなって然るべき。
二、三分で片を付けなきゃならない。
ゆえに最初に動いたのは、クシナだった。
彼女は手近な一人を目指して駆け出す。
今度は先ほどと違っていきなり敵の後ろに現れたりはしない。
「シ──ッ!」
接近された一人が液体の入った小瓶を複数、クシナに向かって投げつける。
それが彼女の周囲に届いた瞬間、破裂。
中の液体が白く色付き、細長い棘をかたどってクシナに急迫した。
──氷結能力。
水辺に適した
川の横を通る護送ルートから想定できた一人だ。
その氷棘がローブ姿を刺し貫く寸前、
「────」
クシナの姿が掻き消え、氷棘は
数歩ほど前に現れたクシナは、
すかさず動いたのは、歩道の近くにいた別の
彼女が指を鳴らすと、植え込みから大きな土塊が生まれる。
……土を操作する系統の
ほど近くにある森林公園の付近で襲撃していたら、かなり面倒だっただろう。
氷結能力者のすぐ傍まで接近したクシナに、土塊が飛来する。
それがクシナに当たる瞬間。
氷結能力者が突然、その身を翻した。
振り向きざまに、自らの背後に向かって小瓶を投げつける。
──なるほど。
クシナが土塊を避けつつ背後に転移してくると読んだのか。
だが、残念。
その予想は裏切られる。
「……え?」
クシナは
当然のごとく土塊が直撃し──彼女のローブに触れた途端、
なぜなら──俺が、クシナと土塊を
《分離》。
手品の種を見抜いたわけではないだろうが、敵の警戒はこの場の異分子──棒立ちのまま動かない俺へと向けられる。
向けられて、しまう。
その一瞬で充分だった。
落下した土塊が地面にぶつかり割れるよりも早く。
「うっ……」
無防備に背を晒した氷結能力者をクシナが昏倒させた。
「くっ……!」
わずか30秒足らずの攻防で味方二人を失った残る二人がさらに後ずさる。
その両方に構う必要はない。
狙うべきは護送車から出てきた──おそらくは車内牢の鍵を持っている隊員。
言葉を交わさずともクシナの狙いを察した俺は、あえて大きく腕を薙ぎ払う。
当然、まったく意味はない。
しかし、たった先ほど自分の土塊を無効化された隊員はこちらを警戒してしまう。
迫られた女性隊員は足を振り上げると、それを地面に叩きつけた。
たったそれだけの動作を見て、クシナは数メートル横に転身する。
なぜ、と疑問が浮かぶより先。
元々クシナが走っていた道路が、割れる。
切断というよりは地震で崩れたような破壊痕だった。
となると……振動のような
───なにか、違和感を覚える。
俺がその正体に気づけずにいる間にも、クシナは再び地を蹴る。
俺ももう一人にちょっかいを出そうとして──ソレが視界に入った。
最初にクシナが気絶させたリーダー格の隊員。
彼女が背中に背負う武器は、槍だ。
それに気づいたと同時、襲撃前の自分の考えが頭をよぎる。
──『間違いなく高低差に対応できる者が動員されていることだろう』。
氷結、土、振動、槍による近接。
この格好の襲撃ポイントに適した
「──いない」
視界の端に映るクシナは、ちょうど振動使いの後ろに転移したところだった。
次の一撃で終わる。
だからこそ、
「避けろッ!! 〈
ただの勘だった。
訪れる攻撃の正体も、そもそも攻撃があるのかも分からない。
勘が外れたら、ただ絶好の機会を逃しただけの間抜けになってしまう。
それでもクシナは、俺を信用した。
瞬きの間に俺と振動使いの中間辺りに移動する。
しかして、
───リィ─…ン。
彼女が今の今まで立っていた場所に突き立ったのは、一本の長剣。
俺が探すよりも早く、クシナは空の上を見据えていた。
「──申し訳ありません、外しました」
凛と響く声の出どころ。
そこに、天使がいた。
ビル風に棚引く、青いラインの入った白いコートの隊服。
長い蒼髪には一輪、百合の花の髪飾りが差してある。
特徴的なのは、背中からのぞく銀色の長剣だ。
都合、三本。
どうやって背負っているのか、それらは右肩から扇状に広がっている。
その様はまるで片翼の天使が降臨したかのようにも見えた。
少女の名を、俺は知っていた。
『わたゆめ』における、主人公・ヒナタの相棒である。