ツクモちゃんのゆううつ
【
一般構成員たちが
床には鉛筆削りなり、壊れた扇風機なり、謎の液体が入った瓶なりが散乱しており、足の踏み場も碌にない。
けれど、部屋の主人にとっては全くの無問題であった。
その部屋に居住空間としての役割は求められていない。
必要なのは工房としての機能だけだったのだから。
そこは、【六使徒】第五席〈
「なあ〈
なんとも深刻そうな表情をした工場長、
その同僚はといえば他人の、しかも幼女と同じ空間にありながら我が物顔でソファを占領し、
部屋の主人からの呼びかけにも億劫そうに首をもたげる。
「どうした、ツクモ」
「──それだ!」
「うわっ、なんだよ」
突如立ち上がって〈
並々ならぬ様子で真っ直ぐにミオンを睨みつけている。
キレられる要素は多少……いや相当数ミオンの脳裏に浮かんだが、ツクモの言う「それ」が一体どれを指すのかさっぱり分からない。
ここへきてからずっとソファを占領しているし、煙草はいつものことだ。
今更それらに怒るとも思えない。となれば──、
「……一昨日、冷蔵庫にあった弥勒堂のプリンを食べたことか?」
「犯人は汝だったのか!?!?」
「なんだ違うのか。よかったー」
「良くないわ! 覚えているがよい! 次のプリンにはピーマンの味を《付与》しておいてやる!」
「それ言っちまったら食わねぇよ……」
きっと付与したの忘れて自分で食べるんだろうなぁ、そして涙目で犯人を探し回るんだろうなぁ、とミオンは未来予知した。
「って違うわ! そうではない!!」
「んー?」
むきーっと地団駄を踏んでツクモが言うところによると、
「──どうして誰も彼も我を『ツクモ』だの『ガングちゃん』だのと呼ぶのだ!! 我のコードネームは〈
なるほど、この厨二幼女の不満は呼ばれ方か。
とはいえ、分かったところで、だ。
「……あんま変わんなくね?」
「変わるわぁ! 『総理大臣』を『でっかい家のおばさん』と呼ぶくらい違うわぁ!」
別に大した問題だとも思えないが、ミオンはあえて乗っかってみることにした。
「──大問題じゃねぇか!」
「だからそう言ってるだろうに!」
途端に勢いづくツクモ。
「玩具屋、カッコいいだろう!? 実際に出来上がるものは大量破壊兵器並みのものすらあるにも関わらず、玩具屋! 失敗作も含めて玩具としか思ってなさそうなあたりが! すごく!!」
「うーん? ……そうだな!」
「そうだろう、そうだろう!」
「だがよぉ」
「む?」
ツクモの喜びように水を差すミオン。
一度
「『ツクモ』のが呼びやすくね?」
「ヵ──ッ!?」
「オマエ史上、類を見ないくらいの衝撃を受けてるな……」
ピシリと石化したツクモを見て苦笑するミオン。
「わ、我は〈
「長くね?」
「ぐふ……っ!?」
膝をつくツクモ。
ローブ兼白衣の裾が地面に広がった。
「いや
「ぬわああああああ!! それでは〈
「えっ」
「えっ」
ぺたん、と地面に座り込んでいたツクモがきょとんとした。
ミオンもきょとんとしてツクモを見た。
しばし見つめ合っていた二人だが、やがて幼女の目がうるうるし始める。
「ううっ……ゼナねえのこと『絶望』って言い出したの我じゃないもん……」
「待て待て悪かったって、泣くな泣くな」
「ゼナねえが街滅ぼして元々『絶望』って言われてたんだもん!」
「いやでもそれを異名に流用したのはオマエだよね?」
「──ぐすっ」
「ハッ、しまった。
泣き出しそうなツクモのフォローに回ろうとして、自らの性根に阻まれるミオン。頭を振って、慰めの言葉を捻り出そうとする。
「あ〜、アレだ。ほら、ここ五年くらいは確かに全部ツク──〈
「我が考えたのはダメって言いたいんだああああああ! びええええええ!!」
「だあああああ! 人を貶すなら幾らでもできるのに、慰めるとなると頭が回らねえー!!」
阿鼻叫喚の玩具工場。
その重い鉄扉がギィと音を立てて開く。
「うるさいですよ、あなたたち……」
はあ、とため息をついて現れたのは【
手ぶらで、いつもの白い衣装に身を包んでいる。
「じなずどりぃいいい! ミオねえがいじめるぅううう!!」
「はいはい。いつものことですね」
自分に抱きついてお腹の辺りに押し付けられたツクモの頭を撫でる盟主。
「いや、ちがくて……」
ミオンが説明すると、〈
「長いですよね」
ツクモの想いを一蹴した。
抱きついて自分を見上げる幼女の頭は撫でたまま。
「なぜなら」
彼女の小さな肩が震え始めるより前に言葉を繋ぐ。
「コードネームは本来、敵に正体を隠したまま仲間内で呼び合うために付けられたものです。最も必要とされるのは戦闘時。長い名ではその分ロスが生まれますから」
「ふぇ……」
「しかし」
盟主がツクモの頭を撫でる手つきは優しく、柔らかい。
「わたくしは好きですよ」
直前まで潤んでいた蒼翠の目がパアと明るくなる。
彼女はくるっと身体を反転させて、ミオンの方を──白衣の袖で隠れているが恐らく──指差した。
「ほらな!」
「いや何がだよ……」
ドヤ顔を向けられた狐は言いながらも、どこかホッとした様子だ。
それから肩をすくめて、
「ま、幹部連中含めて
「…………」
「ん?」
黙りこくる
その真っ白な肌にあって、耳だけが仄かに赤く色づいていた。
ミオンが何か言うより先に、
「この歳になると流石に、その、ちょっと恥ずかしいですが……」
〈
ミオンはしらーっとした目で見る。
「この歳ってオマエ、
「──ふたりのばかあああああ!!」
ツクモはヤケ気味に部屋の隅にあるベッドに飛び込んだ。
ツクモを宥めた大人ふたりが工場の扉の前で別れる直前。
「そういえば、盟主サンよ」
「はい?」
ミオンが、くいっと自らの顎を上向けた。
「
ミオンが相手の美貌に目をやっても、両者の視線が合うことはない。
盟主の黒い瞳は白い瞼によって覆い隠され、閉ざされたまま。
彼女は淡く微笑んだ。
「違いますよ」
「ん?」
「前回の会議で眼を開けていたのが、特別だったんです」
〈
「だからそう、今日
「んー、まあ、そうだな」
「それでは」
言うなり、踵を返して歩き去っていく。
そんな盟主の背を見ながら、ミオンは
「別に詮索じゃなくて、ただの雑談だったんだが……日頃の行いかねぇ」
女狐か狼少年か、それくらいはハッキリさせとくべきだったかもな、とミオンは苦笑した。