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それゆけ!デコイくん


 緊急安全保障用・略式再現型模造人形〈デコイくん・柒式ななしき〉。


 正式名称、〈ディメンション・コアレス・インターフェース Mk-Ⅶ〉。


 ちなみにツクモが完成時にそれっぽい言葉をつけただけなので深い意味はない。

 カッコいいからである。

 ツクモはもう忘れている。


 なので通称、デコイくん。

 彼(彼女)の性質を簡単に説明しよう。


 この身代わり人形には二段階の準備が必要だ。


 一つは、特定の人物の行動をプログラミングしておくこと。

「〇〇なら、こういう時はこういう対応を返す」ということを一つ一つ打ち込んでおくのである。


 それなりの時間を要する行為だが、『紙吹雪を出す腕輪』の紙吹雪が手作りであるように、ツクモはちまちました作業が結構好きだった。

 まあ、子供ゆえ(・・・・)飽きる時は一気に飽きるのだが。


 プログラミングは事前に仕込んでおくものであるため、想定される人物以外の行動は模倣できない。

 柒式ななしきの場合は、ツクモのみである。


 加えて、複雑すぎる行動や解答も不可能。

 単純にプログラミングが難しすぎるのだ。

 これが「略式再現型」という名の所以ゆえんだった。


 そして、二つ目の手順。

 使用者の記憶、および思考回路の読み取りである。


 こちらは事前入力ではなく、起動時に使用者の脳をスキャンしている。

 直前まで経験していたことや考えていたことが欠けていては、身代わり人形(デコイ)として十分な役割を果たせないからだ。


 これら二つの手順を設けることによって、ツクモはデコイくんの精度を飛躍的に上げることに成功。

 ()から()までのデコイくんとは一線を画すのが()式だった。


 同時に、これは「言動プログラムを事前に組んだ対象」と「実際の使用者」が異なる人物でも使用可能なことを意味している。

 第十支部見学ツアーでは、前者がツクモで後者がイブキであった。


 要するに、イブキのような趣味嗜好や思考回路を持ち、ツクモのような反応や言動を返す存在が爆誕してしまったのである。


 そう──イブキのような天使オタクかつ、ツクモのように思ったことを口にする、化け物(モンスター)が。



「お姉さん、綺麗ですね!」



「…………はえっ!?」


 イブキ(本体)が、天空にてルイと死闘を繰り広げている時のことである。




 ♢♢♢♢♢




 東雲しののめマヤノ。


 ぽわぽわしたお姉さん、とイブキが心の中で呼んでいた天翼の守護者(エクスシア)だ。

 彼女は数多の天使の中でもかなりの知名度を誇る(・・・・・・・・・・)天使だった。


 では、なぜ天使オタクことイブキが彼女について知らなかったのか。

 それには波打ち際よりも浅い理由があった。


 イブキが、テレビを見ないからだ。


 東雲しののめマヤノは子供向け番組『おねえさんといっしょ』で歌を担当しており、子供に根強い人気を誇っている女性だった。

 一言で表すなら、「うたのおねえさん」である。


 だからこそ、イブキを除いて99人が幼児である今回の見学ツアーに選ばれた。

 実際に子供達からは性別を問わず好評であったのだが、推しが聖地にいてそれどころじゃなかったオタクは気づいていない。


 役所やくどころ上、戦闘方面での活躍に乏しい彼女は『わたゆめ』でも出番がなく、その意味でもイブキと彼女には接点がなかった。


 ──当然、無い記憶が引き継がれるわけもない。


 きもい兄様ことデコイブキくんも彼女、東雲マヤノについては全くの無知だった。

 だから、”イブキとして”感じたことを”ツクモのように”素直に言うところから擬態・・を始めた。




 ♢♢♢♢♢




「お姉さん、綺麗ですね!」


誘宵いざよい〉が制圧されヒナタが離れた後、広間からエレベーター付近まで移動する途中。

 偶然、たまたま、案内人でありながら一行の先頭ではなくモジモジしながら隣を歩いていたマヤノに向かって、彼は言った。


「…………はえっ!?」


 はじめは何を言われたのか飲み込めずに目を丸くしていたマヤノは、理解した途端、信号が切り替わるように頬を染め上げた。


「あ、あああの……ありがとう、ございますぅ……」


 恥じらう花のように縮こまるマヤノ。

 彼女は、


(わ、わたしぃ、どうしてこんなに暑くなっているのでしょうか……っ?)


 初めての経験に戸惑っていた。


 生来、穏やかな気質の彼女は現代において珍しく男性にモテた。

 女尊男卑に則って男性を下に見る女性が多い中、ほとんど対等の存在として自分を扱ってくれるマヤノは、男性にとっては貴重な存在だったのである。


 見た目を褒められるのも初めてではない。

 それどころか共演した男性、いわゆる「うたのおにいさん」であったり男性アイドルであったりに告白されたことすらある。


 そういう時には申し訳なさを覚えながらもはっきりと否定の言葉を返すことだってできたのに、今の自分ときたらどうだろう。


 ただの一言、褒められただけでこんなにも顔を熱くしてお礼の言葉を返すのが精一杯。

 年下であろう青年に微笑みを向けられただけで勢いよく目を逸らしてしまう。


(ああ……わたしったら、どうしてこんな感じの悪いことを……?)


 そもそも、どうして自分がわざわざ彼の横を歩いているのかも分からない。

 流れに沿って歩いていただけなのに、チラチラと彼を窺っているうちに隣に来てしまっていたのだ。

 全くもって不可解だった。


 と、そこで気づく。

 さきほどから自分は「彼、彼」としかを呼べていない。

 自分は隣の青年の、名前すらも知らないのだ。


 そう思った途端、マヤノの胸にさざ波のような寂寥感が押し寄せてきた。


「あの……」

「?」

「あ、いえ、そのぅ……」


 気づいた時には彼に声をかけていた。

 けれど思わず口をついてしまっただけで、何を言うかも考えていない。


 彼は首を傾げて、きょとんという擬音がよく似合う表情をしていた。


(か、かわいいぃ……)


 その子供っぽい(・・・・・)仕草に胸の奥の母性をきゅんきゅんと疼かせながら、マヤノは口を開く。


「あなたのお名前を、聞かせてもらえたら──」



「 マ ヤ ノ さ ん ? 」



「ひぃうっ!?」


 背後から、首筋をなぞるような声音が響いた。

 少し涙目になって恐るおそる後ろを伺うと、


「マヤノさん、どうしたんですか?」


 向日葵が顔を背けてしまうくらいに朗らかな笑顔を浮かべた後輩──傍陽ヒナタがそこにいた。

 すごく、こわい。笑顔なのに。


「傍陽さん、これは、そのっ──」


 なぜか言い訳を考えながら、ぐるぐると目を泳がせるマヤノの前に人影が立ち塞がった。


「ヒナタちゃん!」


 だ。


「今日も天使だね! とっても可愛いよ!」

「ふええ!? な、なんですかお兄さんいきなり!?」


 ハイテンションでグイグイと迫られて、ヒナタはわたわたと慌てる。

 先ほどまでの重圧が霧散した彼女の様子に、マヤノはこっそり胸を撫で下ろした。


 それから──胸の高鳴りを自覚する。


(いま……わたしのことを庇ってくれた……?)


 ヒナタを妹分のように可愛がる青年を、ぽ〜っと見つめる。

 明るくて朗らかで、ちょっと子供っぽくて、


(それと、かっこいい……)


 思い出されるは、電子扉が開かなくなってしまった非常事態での彼の行動。

 並大抵の天翼の守護者(エクスシア)だって破壊できないであろう扉をあっさりと蹴り飛ばしてしまった勇姿だ。


 そのあと「勝手なことをしてしまった」と謝る謙虚な在り方や、こちらの礼に対する優しい笑顔なども含めてマヤノの目にはとても好ましく映っていた。


(あ……)


 マヤノの視線の先で、彼がヒナタの頭を撫でている。

 顔を真っ赤にしている少女を羨みながら、マヤノは決めた。


(イサナさんに彼のお名前、訊いてみようかな……)


 それをしたからといって、どうにかなるものではないのだけど。

 そう自嘲しながらも、マヤノはやっぱりドキドキしていた。



 ──後に、思わぬところでに会うことになるとは、その時のマヤノは想像もしていなかった。



 ──それよりも前に、頬を染めながら彼の名前を尋ねられた副支部長イサナが天を仰ぐことになるとも想像していなかった……。




『緊急安全保障用・略式再現型模造人形〈ディメンション・コアレス・インターフェース Mk-Ⅶ〉』はあくまでツクえもんが考えた名称であって作者は全く関与していません( ◜ᴗ◝)

厨n……だとかなんだとかはツクえもんに言うように。いいですね?( ◜ᴗ◝)

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