第27話 拝啓、雨降る少女へ
突如現れた【
そもそもどこから湧いて出たのかも不明な男をみすみす見逃す道理はない。
けれど天使たちは子供たちを守ることに手一杯、ヒナタは
ゆえに、最初に動いたのが殺人鬼だったのは必然であった。
日が沈むにつれて領域を増やしていく影に、その矮躯が沈もうとした瞬間。
〈
上体を逸らしてそれを躱してから、彼女は顔を歪めた。
「なぜ邪魔をする」
問いかけた相手は、蹴り抜いた体勢で静止する、傍陽ヒナタ。
彼女は何でもないことのように言った。
「え、だって何でもするって」
「…………はァ?」
不可解で堪らないという表情をした〈
「こほんっ、冗談です。──『逃げる敵と襲いくる敵、優先すべきは後者である』。
「ふぅん、弱者から殺すべきだと思うけどねぇ」
「あなたみたいな危険人物と対峙するための教訓ってことかな」
〈
「じゃあ、そろそろ
「あなたじゃ無理だよ。わたし達が守るから」
その台詞に、その場を預かる天使達が一斉に警戒を強めた。
♢♢♢♢♢
バルコニーの欄干を蹴って、《分離》を発動。
大空に跳び上がる。
が、流石に50メートルも届くはずがない。
【月の塔】まで繋がる”蜘蛛の糸”の一本へと着地し、再び跳躍した。
「で、問題はどこから入るか、だけども……」
地上250メートルを超えて伸びる尖塔を眺める。
ルイはどうやって入ったのだろう──と一瞬考えて、やめた。
背後から聞こえた熾烈な戦闘音を耳にして、呑気にしていられないと気づいたからだ。
跳躍の勢いは、殺さない。
大聖堂の外壁へ向かって突撃する。
「ごめんよ、我が聖地!」
狙いは白亜の壁──ではなく、壮麗なステンドグラス。
交差した両手に存外軽い衝撃があった。
同時、甲高くも乾いた高音が鳴り響く。
「────」
虹色の欠片を弾けさせながら、大聖堂の宙を舞う。
眼下を見て、──いた。
ルイと、泣き腫らした目元の少女。
閉じ込められて泣いていた所を無事に保護したようだ。
大聖堂全体を見渡すが、敵や異常は見当たらない。
……いや。
「………っ」
何事もなかったことによって、敵が現れたのだ。
俺という、【
これは早まったか、と後悔しかけた所で、
「〈
ルイが歯を剥き、美貌に敵意を宿らせる。
即座に抜剣。
少女を背後に庇いながら、銀の剣を俺へと
流石の判断力と対応力。
──だというのに。
肝心の攻撃が精彩を欠けば、全く意味がない。
《分離》対象:自身、及び長剣。
なんの捻りもなく真っ直ぐ飛んできたそれを蹴り返す。
続く二本目でも、
《分離》対象:自身、及び長剣。
対象は同じ。
しかし、エネルギーを消すのは剣ではなく俺自身だ。
剣身を下から蹴り上げることで、逆に自分が下へと墜落。
自由落下に任せるよりも遥かに早く着地した。
「くっ」
呆気なく俺に凌がれ、苦い表情をするルイ。
立ち上がった俺は、一直線に敷かれた赤絨毯の先に立つ彼女と向かい合う。
──今の短い攻防を経て、俺は確信した。
先程、敵も異常もない場所への突撃は失敗だと思った。
けれど今回に限ってはファインプレーと言っていい。
『雨剣ルイ』が、こんなに弱いわけがない。
原作に限った話じゃない。
俺と初めて戦った幹部奪還作戦の時と比べても。
あの頃の雨剣ルイの方が、
「…………」
これは人殺しのトラウマだけじゃないな。
百年祭では俺がボッコボコにされていたことを思えば、あの時に何か……。
──そういえば。
あの時のルイはやけにしつこく俺の真意を尋ねてきた。
それに対しての疑問を抱いた記憶もある。
あの問答はひょっとすると、
──人殺しの、理由付けだ。
相手を殺すために、相手が悪人である必要があった。
一切の救いようがなく、殺すことこそ正しいと断言できるような悪人である必要が。
「───っ」
なんと、優しく。
なんと、痛ましい努力だろうか。
「雨剣ルイ」
気づいた時には声に出していた。
「君は、人を殺すのが怖いのか?」
──その刹那、ルイの表情が目まぐるしく変化した。
俺の目が常人離れしていなくても分かるであろう。
それほどに分かりやすい百面相だ。
驚愕。
羞恥。
憤怒。
絶望。
呆然。
悲哀。
最後、泣きそうに歪んだその表情を見た瞬間──俺の中で何かが切れた。
それは、一本だけ垂らされていた蜘蛛の糸だったのかもしれない。
腹の奥が内側から鷲掴みにされたようなこれを、怒りというのだろう。
──
怖いのか、と問いかけたことではない。
全てに対してだ。
推しに泣くほど辛い思いをさせたことにも。
推しとかそういうの全部捨て去って、15歳の少女の笑顔を奪ったことにも。
相反するようで、どちらも同じことだ。
雨剣ルイという少女を、俺が泣かせたのだ。
──ああ、だというならば。
「……はは」
この怒りでもって、君に償いをしよう。
「ははははははッ!」
祭壇の前に立って、俺は哄笑する。
ルイの美貌に再び激情が戻った。
「な、なにがっ、ワタシを馬鹿に──」
「馬鹿に、しているよ」
「………っ!?」
俺の
……悪いね。
俺はさっき、この場所で「君にとっての”頼りになる存在”になろう」と考えていた。
そうしなければ俺の言葉は君に届かないから、と。
──それは、嘘だ。
もう一つだけ、言葉を届かせる存在がいる。
かつて、クシナは言った。
『イブキくんは、なにがしたいの?』
そして、あの時、
『アナタは、なにがしたいの?』
君も言ったんだ。
”絶対的な敵”であった君の言葉が、俺の眼を醒まさせた。
だから、そう。
「人の命なんてゴミ以下のものを気にかけて、大切なものを失いかける」
推しの敵になったので。
俺が、君の眼を醒まさせる。
「実に愚かじゃないか────
君に、とびきりの『殺意』を送ろう。
「──お、まええええええええええええッッッ!!!!」
さあ、俺を殺しに来い……ッ!