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第26話 ん? いま……


「──ワタシが大聖堂に行ってくるわ」

「っ!?」


 後ろから突然、声をかけられ驚く。

 声をかけてきた、相手にも。

 振り向くと、立っていたのは険しい表情のルイだった。


「雨剣さん、何を……」

「アナタと話している時間はない。ワタシなら飛んで向こう側に行けるわ」


 後半はユウ少年たちへ向けての言葉だった。

 安心させるように微笑して、広間にあるバルコニーを見遣る。

 それから近くで聞いていたヒナタちゃんと視線を交わして頷き合った。


「〈誘宵いざよい〉はわたしに任せて」

「ええ。よろしく、ヒナ」


 周囲を警戒したまま、ふわりと浮かび上がる。

 そして〈誘宵いざよい〉が影から飛び出した瞬間。

 ルイは彼女には構わず、最高速でバルコニーの外へと飛び出していった。


「………っ!」


 それに目を引かれた〈誘宵いざよい〉に、


「あなたへの用事は終わってませんよ……?」


 ヒナタちゃんが肉薄した。

 今度は影には沈まず、加速の天使と正面から近接戦を演じる〈誘宵いざよい〉。


『わたゆめ』の一章ですら、ヒナタちゃんは殺人鬼と渡り合えた。

 原作よりも彼女が成長している今、そう簡単に敗けることはないだろう。


 ──しかし俺は、どうにも嫌な予感が拭えずにいた。


 いま、あの女が襲撃をかけてきた理由は、なんだ?

 そもそも、あの女はどうやって、ここまで来た……?


 それが見えないのが、不気味だった。

 原作を知っている俺だけがそれに疑問を抱ける。

 ならば、それは無視してはいけない違和感だ。


「…………」


 情報が足りない以上、全貌は掴めない。

 でも──違和感を抱ければ、それで充分なのかもしれない。


 考えるべきは一つだ。


 ──不調のルイが今、不測の事態に独りで対応できるのか。


 前回そのルイにボコボコにされている俺如きが何を疑っているのかと笑いそうになる。


 それでも、どっちが強いとか弱いとか関係ない。

 俺が助けたいかどうかだけだ。


 そして───、


「ハッ───!」

「ちぃ、カスが……ッ!!」


 繰り広げられていた近接戦に競り勝ったのは、ヒナタちゃんだった。

 弾かれた〈誘宵いざよい〉が柱に着地し、その影に溶け込む。


 周りの天使はヒナタちゃんの優勢を見てとって子供たちの護衛に専念していた。

 最初はあんなに怖がっていた子供たちも、今では殆どがヒーローショーぐらいの感覚で戦いを見ていた。


 ……この場の心配はせずともよいだろう。


 バルコニーを見る。

 その先には対岸の【月の塔】があった。


【天空回廊】はせいぜい50メートル──俺なら届く。


「ツクモ」

「んむ?」


 気付かぬうちに俺の横にいたツクモは、他の子供たちと同じキラキラした目で戦いの様子を見ていた。

 でも「影に沈むのカッコいいな……」とか言うのはやめて欲しい。


「ちょっくら俺も【月の塔】に行きたいんだよね」

「……ほう? それで?」

「あ〜、うん。その〜……」


 彼女は興味をそそられた表情で俺を見た。

 その蒼い瞳を見返して、尋ねる。


「なんか良いアイディアありませんかね?」


 俺が、この戦場真っ只中な広間から抜け出す方法を。


 半ば、というかほぼ確実にそんなものはないと諦めていた。

 しかし──持つべきものは天才発明家幹部な義妹であると断言しよう。


「あるぞ」

「そうだよなぁ、急に言われても流石に───あるのぉ!?」


 声が大きくなりすぎないように気遣う余裕はあったが、それでも仰天する。

 対して、


「うむ。兄様がいなくなるのが問題なのだろう? ならば居れば良い」

「???」


 首を傾げる俺の前で、ツクモは例のバッグに手を突っ込んだ。


「う〜ん、これだな」


 スッと引き抜かれた手に掴まれていたのは、関節がついた木の人形。

 見た目、普通の人形だが……。


「緊急安全保障用・略式再現型模造人形〈デコイくん・柒式ななしき〉〜!」


 てってれ〜!という感じでツクモが言った。


「──いや、長っ」

「ふふん、カッコいいだろう?」

「……ウン」


 いちいちツッコんでいる場合じゃないのでスルー。


「で、それは?」

「よくぞ聞いてくれた。これは起動者の姿を模倣して行動を再現してくれる人形だ!」

「は? 優秀すぎないか?」

「うむ。……だが決まった状況に対して決まった反応しかできないという難点があってな。柒式ななしきには我の行動をプログラムしてあるので、要するに……」


 ツクモはついっと俺から逸らす。


「…………我みたいな反応をする兄様ができあがる」


 小学校高学年くらいの幼女の仕草をする、男子大学生……?


「え、キモくない?」

「きもい」


 曇りなきまなこで率直に言われた……。

 いや、しかし四の五の言ってる場合じゃない……!


「お、俺はやるぞ……」

「まじか、兄様……。ならば我は止めん……」


 生唾を飲み込んで、俺はデコイくんを手に取った。




 ♢♢♢♢♢




 その時、ヒナタは戦いの中で、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じ取っていた。

 その原動力は、どう考えても怒り。


 表面上は冷静さを取り戻しているように見えるが、ヒナタの激情は二度目の奇襲でイブキを狙われた時から一切衰えていない。 


 ぶつかり合った両者が弾かれたように距離を取った時。


「きゃああ!?」


 背後から、子供達の悲鳴が上がった。

 硬直するヒナタと〈誘宵いざよい〉。


「…………あァ?」


誘宵いざよい〉はそちらに目をやると、怪訝そうに唸り声を上げた。

 その視線が見据える先は、ヒナタの真後ろ。


 警戒しつつ目を向けた先に──赤い紙吹雪(・・・・・)が渦巻いていた。


「なに……?」


 その竜巻が一斉に飛び去り、次の瞬間。

 そこに立っていたのは、


「───え……?」


 イブキ──違う、彼岸花の黒ローブを纏った男、〈乖離カイリ〉。

 驚いたのは、そこから離れた所にイブキがいた(・・・・・・)からだ。


(お兄さんが二人────え、なにそれ、お得……?)


 と思ったが、冷静に見ると通常ver.のイブキは……無垢な少年みたいに目をキラキラさせて〈乖離カイリ〉を見ている。

 イブキ本人がそれを目にしてしまったら非常に気色悪がることだろう。


 しかし──、



(えー! なにそのお兄さん、きゃわ〜〜〜!!!)



 ヒナタは、とてもお気に召していた。

 加速した脳内がそんなことになっているとは、この場の誰も思うまい。


 混沌の中、〈乖離カイリ〉は、


「どうも、皆さん。急にやってきて悪いんだけど──」


 全力で、バルコニーの方に走り出した。

 そして叫ぶ。


「──今だけ、見逃して! あとで何でもするから!」




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