第23話 開演
「お兄さん、難しい顔してどうしたんですか?」
戻ってきたヒナタちゃんが小首を傾げた。
アッ、ちょっと待って、シスター服で近づかないで浄化されちゃう!?
「──いや、ちょっと考え事をしていただけだよ」
「な、なんで急に真顔になるんですか……?」
ヒナタちゃんがちょっとだけ離れてくれた。
「いや、雨剣さんのことなんだけど……」
と、話そうとした時。
「はぁ〜い。みんな、楽しんでくれたかなぁ〜?」
ポワポワした声が場に響き渡った。
子供達が異口同音に肯定の意を示す。
……まあ、さっきヒナタちゃんも「ルイの話は見学会の後」って言ってたし。
周りに人がいる以上、ここで無理に話すべきじゃないか……。
ツアーガイドのお姉さんが子供達の返事を聞いて満足げに頷く。
「うんうん、よかったぁ〜。でも残念だけど、今日の見学ツアーはここまでなんだぁ〜」
今度は残念がるような、未練ありげな声が全員から上がる。
それを少し嬉しそうに受け取って、彼女は苦笑した。
「これからみんなで元いた【星の塔】に戻りますよぉ〜」
お姉さんの誘導に従って、聖堂から【天空回廊】へと出ていく一行。
子供の気は移ろいやすく、残念そうな声も徐々に収まり、いつのまにか隣の子と今日のことについて話している。
まるで、テーマパークからの帰り道の様に。
後日、この見学会はドキュメンタリー番組かなにかで公式に発表されるのだろう。
だとすれば、この光景を目にした視聴者は「見学会は大成功だった」と思うに違いない。
これは【
──待てよ。そういや俺ってなんでここにきたんだっけ。
思い出されたのは、〈
……──あっ、旗!?
そうじゃん! 俺、【
やばい、どうしよう。
すっかり忘れてた……っ!
見学会大成功で嬉しいな、じゃないんだよっ!!
「あ、そうだ、兄様」
「…………」
探ってきてほしいって言ってただけだし、仮に見つからなくても厳罰とかはない、よね……?
「む、兄様?」
「…………」
まさか、
それだけは絶っっっ対に避けなきゃ……!
どうしよう、俺の首差し出せばかろうじてチャラに……。
「──おーい、兄様!」
「うわぁっ、どうした急に!?」
びっくりして右下を見ると、ツクモがふくれっ面で俺を見上げていた。
「急ではないぞ。何度か呼んだ」
「ご、ごめん、気づいてなかった……。本当に悪いんだけど、ちょっと待ってくれる? めちゃくちゃ大変なこと忘れてて」
そう謝ると、ツクモはきょとんとする。
「む、そうなのか? そういえばさっき旗を見つけたので教えておこうと思ったのだが」
「旗ぁ……? 旗なんか後ででいいんだよ。それよりも大事な───旗ぁ!?!?」
「きゃうっ……な、なんだにーさま、きゅうに……」
ぴょこーん、と一つ括りの黒髪を跳ねさせて驚くツクモ。
「あ、いや、ごめん驚かせて……俺も驚いちゃって……」
慌てて謝ってから、自分より小さな彼女の顔を伺うように尋ねる。
「その旗って、あの旗……?」
「どの旗を指しているのか分からんが、〈
姉様って……いやナイス配慮なんだけども。
その場合、俺が弟になるんだよな……?
絶対に嫌なんですけど……死ぬまでこき使われそう……。
姉……〈
ならば(ツクモが)見つけた時点でその任は(ツクモのおかげで)完璧に遂行されたと言っても(ツクモにとっては)過言ではないだろう。
要するに──俺は妹に一生頭が上がらないことが発覚した。
「──ありがとうございます、
「おお……?」
全力でツクモを崇める俺に彼女は面食らってから、にこ〜っと笑った。
「うむうむ! もっと褒めるがよい!」
「天才! 神! 可愛い!」
きゃいきゃいとはしゃぐ俺たちに刺すような視線が二つ。
見れば、聖堂の入り口に立って【天空回廊】へと子供を誘導しているヒナタちゃんとルイだった。──え、ヒナタちゃん?
思わず二度見すると、ヒナタちゃんはいつも通りにこにこしてこちらを見ている。なんだ、ただの天使か。
どうやら俺の勘違いだったらしい。
普段は勘違いなんてしないんだけどな……。
きっとルイの殺意は人間が持ちうる二倍の鋭さを誇っているのだろう。
早く行かないと頼りになる存在どころか、ただでさえマイナスなルイからの好感度が逆天元突破することになる。
…………今更かも。
今更ではないと信じて急いで扉を潜る。
すると、先に入った子どもたちが一様に窓へと張り付いて外を見ていた。
理由は聞かずとも分かる。
「──……」
窓の向こうの街並みは──夕景。
沈みゆく夕陽と、橙色に彩られたビル群。
駅から伸びる五本の大通りを中心に、花弁が開くように整然と広がる"桜花"が、眼下にはあった。
良いものを見た感動を
「……ん?」
言葉を失い街を見下ろす子供達とそれを微笑ましく見る天使達。
──その頭を越えた、窓の向こう。
こことは別の【天空回廊】が見えた。
そこには副支部長のイサナさんが率いるパトロンの集団がいる。
子供達と同じ道を歩かせるわけには行かないから別々なのだろう。
聖堂に来た時と同じだ。
問題は、そちらの天使達やパトロンが慌ただしく動いている事だった。
それを指揮するはずのイサナさんは険しい表情をしている。
その視線が向く先は隠れていて見えないが……、
「誰かと、言い争ってる……?」
♢♢♢♢♢
「──どういうつもりですか……」
イサナは相手を鋭く睨みつけながら問う。
その眼力を真正面から受けて、女──ローゼリアは嗤った。
「先ほどから頭を下げているだろう。
イサナのみならず複数の
仁王立ちして腕を組む彼女は、
そう、客人一人につき一人だけ許されていた専属護衛の姿が見えないのだ。
──いったい、いつのまに。
口の端を強く結ぶイサナが思い返すは、聖堂での一幕。
目的なく話しかけてきたように見えた、あの時しか考えられない。
自分を囮に使い、その間にどうにかして護衛は姿を眩ませたのだろう。
──ブルートローゼに意識を奪われ過ぎましたか……。
駆け引きには敗北したが、いつまでもそれに捉われている場合ではない。
「申し訳ありませんが、ブルートローゼ様。貴方の身柄を一時勾留させていただきます」
「仕方あるまい」
肩を竦めて粛々と腕を差し出すローゼリアだが、その顔には人を小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。
嫌な予感を覚えたイサナの耳に、緊急通信が入った。
『こちら通信室っ! 副支部長っ! ──当支部全館、
「────」
イサナは、琥珀色の目を見開いた。