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第21話 かなり恐怖を感じた


「レオン、いたっけ……?」


 まず最初に聞きたいのはそれだ。

 俺の問いに、レオンは「たはは」と頬を掻いた。


「最初ちょっと遅れちゃってね。班行動が始まる時に合流したんだ」

「集合の時だけいなかったのか。遅刻とかしないイメージだったから、ちょっと意外だな」

「僕、けっこう時間とかルーズになりがちなんだよね……」


 気まずげに視線を逸らす彼に、なんだか親しみを覚えた。

 いつも俺が呆れられる立場だからね……!


「一人で来たの?」


 聞くと、レオンは首を振った。


「実はちょっとした縁があって、養護施設の院長先生と仲がいいんだよね。今日はそこの子たちと」

「───。へえ」


 少し驚いて、曖昧な返事をしてしまった。


 ……養護施設か。


 俺も前世では養護施設育ちだったから何となく感じ入るものがある。


 院長と縁があって、ということは本人が施設育ちというわけではないのだろう。


 それでも不思議な仲間意識が芽生えた。

 ……まあレオンの知るところではないのだが。


 その時、彼の背後が蠢いた。


「?」


 じっと見ていると、ひょこり、と三つの顔が出てくる。 

 自らの後ろに引っ付く三人を指して、レオンが笑った。


「今日はこの子達の引率で来たんだ」


 溌剌とした勝ち気そうな少女、標本でも見るように俺を眺める少女、伺うようにこちらを見る気弱そうな少年。


「…………ん?」


 この子達、どこかで見たような……。


──『あのおねえちゃんたち、イミわかんないこと言ってるよ』

──『しゅーちしんとかないのかな』

──『頭弱そう……』


「……あっ!」

「うわっ、なに!?」


 驚くレオンから、俺は距離を取る。

 正確には、彼の後ろの三人組から。


「き、君ら──百年祭の時の……!」


 ヒナタちゃんとデ……出かけた百年祭で、手を(仕方なく!)繋ぐ俺たちを散々になじって人混みに消えた少年少女だった。


「え、会ったことあるのかい?」


 レオンは俺と後ろの三人を見比べながら首を傾げる。

 場を代表して少年が俺を指差す。


「女の人と手を繋いで意味不明なこと言ってたアホ」

「そういえばコイツ口悪かったな……」


 場を代表させるんじゃなかった……。

 ちゃんと説明するために視線を上げると、もはや軽蔑に近い眼差しで俺を見るレオンがいた。


「君って、どこにいても異性の話題に事欠かないんだね……」

「ちがう──!」


 それから一生懸命、真心を込めて説明すると、レオンは適当に頷いた。


「はいはい分かった分かった」

「さては分かってないな……?」

「それで」


 レオンが真剣な目つきでこちらを見たので、俺も居住まいを正す。


「それで、前に相談を聞いた時から進展はあった?」

「ああ……」


循守の白天秤(プリム・リーブラ)】の見学会に来ているというのに質問がそれで良いのかと思わないでもないが、気にかけてくれるのはありがたい。


 とはいえ、どこまで話したものか。

『わたゆめ』の知識はもちろん、さっきヒナタちゃんから聞いた内容も他言無用のものだ。


 ……隠しても仕方ないな。


「悪い、レオン。その子の深いところに関わることだから多くは話せないんだけど……」


 そう前置きして、言葉をまとめる。


「その子が悩んでいるのは分かったんだ。だけど、なんで悩んでるかがどうしても分からなくて……そこで手詰まりって感じかな」


 抽象的すぎて何を言ってるかさっぱりだろうな、と思いながら曖昧に笑うと、レオンは意外そうに俺を見ていた。


「君って、普段ふざけているように見えて意外と真面目……というか律儀だよね」

「え、ふざけてないけど?」

「ちょっと考えを纏める時間をもらうね」

「ふざけて、ないけど……?」


 俺の訴えは聞き入れられなかった。南無。

 納得いかずにいると、ちょいちょいと袖が引かれた。

 ツクモかと思ったが、彼女は少し離れたところで聖堂の内装を退屈そうに見ている。


 目を遣れば、気弱そうで辛辣なクソガ──少年。

 彼はじっと俺を見つめてぼそりと言った。


「女性への安易な優しさは地獄への最初の一歩だよ?」

「────」


 俺は、戦慄した。

 少年の目が枯れ果てた無花果イチジクみたいな色を讃えていたからだ。


 ──コイツ、この歳でなんて目をしやがる……ッ!


 い、いったいこの子の過去に何が……と思えば、彼の後ろには二人の少女。

 彼女たちはヒソヒソと何事か言い合っているようだったので、聞き耳を立ててみる。


「ねえ、アンタちょっとユウに近すぎじゃない?」

「そっちこそ、さっきユウにベタベタしてた」

「しっ、してない……っ」

「懺悔室で遊んでたの知ってるんだから」

「〜〜〜っ、アンタだって【天空回廊】で──」


 俺は、戦慄した。


 この歳で昼ドラを繰り広げている……ッ!?

 見たところ、俺と初めて会った時のヒナタちゃんと同じくらいの年頃なのだが、この歳の子供ってこんな早熟なの……?


 恐怖を抑えきれないまま少年をもう一度見下ろした。

 見返す少年と視線が交差する。


「───ッ」


 な、なんて深みのある眼差しなんだ……。

 きっと彼は自らが犯した優しさ(過ち)によって苦しめられる現状に慣れきってしまったのであろう。

 佇まいの貫禄が違う……。


「──お兄ちゃん、女性への安易な優しさは地獄への最初の一歩だよ?」

「ぐっ……!?」


 ついさっき小さい頃の自分がヒナタちゃんに優しくした結果生じた原作ブレイクの数々を自覚した身としては非常に耳に痛い。

 悶えていると、彼は俺を憐れむように笑った。


「ふっ、精進しろよ……」

「せ、先生……?」

「──また訳の分からないことをやっているね?」


 ハッとした時にはレオンがいつもの呆れ果てた目を俺に向けていた。


「ち、違うんだ、彼は俺の人生の先輩で……っ!」

「二歳年上に敬意を持たない人間が言うと、ますます意味が分からないね……」


 レオンはため息を吐いてから、一つ頷く。


「君の状況はなんとなく分かった、と思う。でも詳細が分からないから、具体的なアドバイスはできない」

「それはそうだよな……」


 俺が固い表情のまま頷きを返すと、レオンは微笑を浮かべて「でも」と続けた。


「あえて言えるとしたら、思い込みを捨てろってことかな。人が何かに気付けない時、殆どの場合は先入観に邪魔をされているからね」


 受け売りなんだけどね、と照れくさそうに笑う。


「もう一つは、僕の持論。相手を細かく観察すること」

「観察……」


 ……おや、ひょっとしてオタクの得意分野では?

 どちらかと言うと、先入観の方が原作を知ってる俺にとっては問題かもしれない。


「覚えておくといいよ。──鳥籠で育った鳥は、大空を飛ぶ時も羽をいっぱいに広げられない」

「……なるほど、含蓄のある言葉だ。さすが先輩」

「そうだろう、後輩?」


 俺たちは口の端を上げて笑い合った。




 ♢♢♢♢♢




 聖堂は、教科書でよく見るようなものと一見して変わりない。

 ツクモが退屈そうにするのも理解できる。

 しかし普通の聖堂とは一つだけ異なる点があった。


 聖堂中央奥部の祭壇。

 その前に、開けたスペースがある。


 前半分には何もなく、後ろ半分には──管楽器・打楽器が並べられている。

 そう、オーケストラの舞台がそこにはあった。


 そこにポワポワしたお姉さん以外の天使たちが両サイドから入ってきた。

 もちろん、ヒナタちゃんやルイもいる。


 そしてその身に纏う衣装は、先程のまでの隊服ではなく──シスター服だった。



 ──びゃっ((割愛



 ……というわけで天使を超越し、一周回ってシスターさんになって帰ってきた天翼の守護者(エクスシア)たち。

 彼女らにとって歌や演奏時はアレが正装なのである。


 別衣装ver.でまずシスター服を見せてくれるとか『わたゆめ』神作品すぎんか……?

 ──ていうか可愛っ((割愛


 楽器隊が配置につき、ヒナタちゃんたち聖歌隊がその前に並ぶ。

 それからその全員の前に、一人の少女が立った。


 他のメンバーよりも少し豪華な装飾のシスター服を完璧に着こなす指揮者・・・こそが──雨剣ルイ。


 彼女は背を向けてただ佇んでいるだけだ。

 たったそれだけで、ひたすらに美しく、人の目を惹きつけた。


 神聖な聖堂で何よりも触れがたく在る少女が、片手を上げる。


 ──水を打ったように。

 あるいは、耳が痛いほどに。


 そんな形容句が過分でないくらいに聖堂は静まり返っていた。

 あれだけ元気よくはしゃいでいた子供達が息を、固唾を呑んでいる。


 皆一様に、面白いくらいに上体を前のめりにし、壇上で掲げられた繊手にのみに視線を向けていた。


 その腕が振るわれ、全ての音が一斉に溢れ出す──その瞬間。


 世界が明るく透き通ったように。


 ──俺は、その答え(・・・・)に気がついた。




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