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第18話 癖になってんだ、綱渡るの


 冷静に考えると、推しの膝の上で冷静になれる訳ないだろ。


 推しだぞ?

 知ってるか、推しって遠くにいるから推しなんだぞ。

 なんでこんなに近くにいるんだよ。

 ただの超絶美少女じゃないか。


『わたゆめ』でもルイは、ヒナタちゃんという可愛い系主人公の相棒として並び立つ隔絶した美人という設定だ。

 現実と化(3D化)した今となっても、俺はこの子に対抗できるほどの美人をクシナしか知らない。


 何が言いたいかというと。


 ──あんまりに刺激が強すぎるせいで、過剰摂取(オーバードーズ)で死にかけてます誰か助けて!!!!


『神の御名によって、あなたの告白を聞き届けました』


 その言葉で、ヒナタちゃんがこの天国(地獄)を締めくくる。

 今の俺にとっては、それは紛れもなく救いの手であった。

 さすが大天使ヒナタエル。


 実際の時間は5分くらいのはずだが、体感だと一日くらいだ。

 刺激が強すぎて全ての思考が麻痺していた俺は、二人の会話をほとんど聞き逃した。


『それじゃあ一旦出よっか』

「ま、待って……っ」


 ルイが動揺と共に身じろぎした。


「ワタシが、先に出るわっ」

『そう?』

「ええ」


 相変わらず俺の喉を抑えたままだったルイは俯き、


「ぉ……おぼえてなさいっ……ぜったいにころすから……っっ!!」


 あまりにもストレートに殺意がこもった囁きを落とした。


「…………」


 それから、ルイは黙りこむ。

 どうしたのかと思った所で、彼女はぼそりと消え入りそうな声で言った。


「……ぁ、あたまをあげなさい」

「! あ、ああ」


 俺の頭があるから動けなかったらしい。

 慌てて首を持ち上げ、


「───っ!?」


 その瞬間、ルイが声にならない悲鳴をあげた。

 再び柔らかな枕に叩きつけられる。


「ぐぇ…っ」

「か、かお、ちかづけるなっ、くずが……ッ!」


 理不尽……ッ!!


『ルイちゃん?』

「いま出るわっ」


 俺の頭部を無理やり押しやると、ルイは逃げるように外へ出ていった。

 もちろん、一度顔だけ覗かせ、辺りを確認してから。


 向こう側でも小窓が閉まる音がし、次いで扉の開閉音。


「いだだ……」


 俺はようやく身体を起こし、鞭打ちみたいになった首を回す。

 懺悔室の扉越しにくぐもった声が聞こえた。


『ルイちゃん、やっぱり顔赤いよ……?』

『いっ、いえ、これはその……あの部屋、通気性が悪くて……っ』

『うーん、それはまあ、確かに?』

「…………」


 苦し紛れの言い訳だったが、ヒナタちゃんは納得したようだった。

 言われて急に、俺も意識してしまう。


「…………」


 直前まで一人部屋で二人の人間が揉み合っていた空間は、濃密な空気が澱んでいた。

 なんというか、こう……とても良くないことをした気がする。


『そ、それより、ほら、早く戻りましょう?』

『そう、だね』

「……はあ」


 二人の気配が遠ざかっていくのを確認してため息をつく。

 ……なんか俺いっつもヤバい状況で膝に乗せられてるな。

 徐々に冷静さを取り戻してきた俺は、気づいた。


「──いや結局、挟まらない宣言できてないじゃん!」




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 完璧だったはずの俺の作戦が、どうしてこんなことに……っ。

 俺は心に多大なダメージを受けながらも、そろりと懺悔室を抜け出す。


 ヒナタちゃん達を探すと、班員である三人は隅のベンチで固まっていた。

 いち早くこちらに気づいたルイが、キッと七割増しの殺意をぶつけてくる。

 俺は見なかったことにした。


 次に俺に気づいたのはベンチに座っていたツクモで、俺を見ると「おっ」という表情をして手を振ってくれた。

 可愛いので、手を振り返しながら近づく。


 最後に、ヒナタちゃんがこちらを向いた。


「お兄さん、どこに行ってたんですか……?」

「あーっと、お手洗いに……」

「そう、なんですね。──ちょっといいですか」


 返事をする前にヒナタちゃんは俺の袖を引っ張っる。

 ルイは最後まで俺を睨みつけていたが、ツクモに話しかけられそちらを向いた。

 その瞬間、ヒナタちゃんが俺を柱の陰に引っ張り込んだ。


「ひっ、ヒナタちゃん!?」


 俺はぐい、と柱に押し付けられるようにして縫い止められる。

 少女は、ジトっとした目で俺を見上げた。


「……懺悔室で待ってるって言いましたよね?」

「いやあ、その……ははは、急にお腹が痛くなっちゃって」


 少しだけ疑念の色を見せたが、すぐにそれは消え、ヒナタちゃんはおずおずと眉尻を下げた。


「……おなか、だいじょうぶですか?」

「…………っ!?」


 ぐッッッッッ!!!

 俺の心に甚大なダメージ!!!

 本当は壁を隔てた向こう側で、君の親友に膝枕(断頭台)されてたなんて言えないッ!!!

 清らかなる心で邪悪が滅びちゃうぅぅぅ!!!


「お兄さん?」

「ナンデモナイデス。大丈夫、さっき食べすぎただけみたいだから……」


 心の中で平謝りしながら言い訳する俺。

 そんなクズ野郎に一片の曇りもない眼を向け、ヒナタちゃんは言った。


「仕方ないから、わたしだけでルイちゃんから事情聴取をしておきましたよ」

「え? 事情聴取?」

「? はい」

「…………」


 なるほどぅ……?

 なにかしらのすれ違いがあってこうなったことだけは分かったぞ……。


 でなきゃ懺悔室で事情聴取をする意味がわからない。

 事情聴取は取調室で行うものです。

 まったく、懺悔室で懺悔以外のことをしちゃダメだぞ!!

 ……まあ、それは一旦置いとこう。


「その事情聴取で、何か分かったの?」

「はい。お兄さんは聞いてなかったので教えてあげます」

「……ウン、キイテナカッタ」


 聞けるような状況じゃなかったとも言う……。


「ルイちゃんの悩み、その一端ですよ」

「!」


 ルイと仲良くなる、というのが今回の俺の一番の根幹を成す目的だ。

 ……ほとんど不可能に近くなっているが、それが目的なのである。

 そのために”ヒナルイの間に挟まりませんアピール”をしようとしていたのだから。


 その計画が頓挫しつつある──まだ舞えると信じてはいる──現在、ルイの悩みというのは俺にとっても大切な情報であった。

 仲良くなるきっかけの一つにできるかもしれないからだ。


 ……というか何、ルイって悩んでたの?

 俺への殺意が異常に高いなーぐらいにしか考えてなかったんだけど……。


 俺の困惑を置いて、ヒナタちゃんは得た情報を伝える。


 それが、インターン以降続いている暗雲であること。

 〈剛鬼(ゴウキ)〉率いる大攻勢の後、ルイが何かを「信じなかった」と言って泣く日があったこと。


 詳細な情報は語らなかったと、ヒナタちゃんはやや気落ちしていた。

 ……ごめん、それ俺がいたからだと思う。


「この見学会が終わったら、もう少し詳しいことを聞いてみたいと思います」

「……そう、だね」


 若干フラグっぽいその台詞に、微妙に心配になる俺。

 しかし俺はヒナタちゃんのことを信用している。


 なにせ原作主人公様だ。

 原作メインヒロイン様のことは彼女に任せるに越したことはないだろう。


「なにかあったら、俺にも相談してね」

「───、はいっ!」


 ヒナタちゃんは、ぱっと花が開くように笑った。

 バックアップは任せてほしい。

 最高の仕事をしてみせよう。


「ところで、なんだけど」

「はい、どうしましたか?」


 バックアップしようにも、やはり情報共有は必須だ。

 養成学校(スクール)でのことをもう少し聞いておく必要があるな。

 詳しいことは俺もこの見学会の後で聞けばいいが、触りだけでも聞いておこうと思う。


「ヒナタちゃんと雨剣さんって、どうやって仲良くなったの? さっき言ってたインターンで、とか?」

「はい? わたしとルイちゃんは小学校の頃から仲良しですよ?」

「え?」

「え?」


 俺たちは顔を見合わせる。


養成学校(スクール)で仲良くなったんじゃないの?」

「小学校ですよ?」

「…………ふぁ?」

「お兄さんが教えてくれたんじゃないですか、本当の友達を作れって」

「…………」


 朧げにそんな記憶があるような、ないような……?

 ──ていうか何、じゃあルイって俺達と同じ小学校ってコト……ッ!?


 俺の中のイマジナリークシナがひどく呆れ返った目でこちらを見ていた。


 ──いや、いやいやいやいや。

 ──そもそも三つ下の学年の女子とか覚えてるわけないだろおお!?


 脳内でクシナに言い訳する俺に、冷や水のような声がかけられた。


「──まさか、覚えてないんですか……?」

「あっ、いや、そのっ」

「…………」


 ヒナタちゃんが色のない目で俺を見て、それから俯いた。

 彼女の言い様からして、結構大事なことだったはずだ。


「これは違くて、その……」

「…………」


 おろおろと右往左往する俺を前にして──、



「ふふ、あははっ」



 ヒナタちゃんは朗らかな笑い声を上げる。


「……???」

「ふふっ、──それで、いいんです。そういうお兄さんだから……なんて」


 色づいた頬に、とても綺麗な笑顔を浮かべて。

 彼女は目を細めて、俺を見上げた。


「あのぅー、ヒナタちゃん……?」

「ほらっ、そろそろ戻らないと二人が待ちくたびれちゃいますよ!」


 ヒナタちゃんは困惑の真っ只中にある俺を背を向けて、上機嫌に戻りはじめた。


「えぇ……? どういうこと……?」


 混乱すると同時、ここ最近あやしげなヒナタちゃんばかり見ていた俺は、


 ──よかった……闇堕ちしたのかと思った……。


 優しげに笑う彼女に、心のどこかで安堵していた。



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