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第15話 †閃きの申し子†


 ──この子、【救世の契り(ネガ・メサイア)】なのでは?


 ツクモと引き合わされた当初、ルイは彼女を訝しんでいた。

 なんと言っても、あの胡散臭いクズ男の同伴者だ。

 疑ってしまうのも無理はない。


 今回の見学会。

 実のところ、参加している児童たちも天翼の守護者(エクスシア)の縁者が多い。


 その方が安全性が増す、としてイサナが指示したものだ。

 イブキが選ばれているのもヒナタの知り合いだからという面が大きいのだと、ルイは理解している。


 が、さすがの副支部長もヒナタと(業腹だが)仲の良いイブキがまさか敵に(くみ)しているなどとは予想していなかったらしい。

 結果として、まんまと敵の尖兵を基地内に迎え入れてしまっているのが現状だ。


 そしてこれは、イブキの正体を【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】で唯一(・・)掴んでいながら、この状況を防ぐことができなかった自分の責任でもある。


 だからこそイブキへの注意を怠ることはなかったし、彼が連れてきた親戚(ツクモ)にもその嫌疑は向けられていた。


 しかし、ルイの中にあったツクモへの疑いはいつしか霧散していった。


「むぐ……ん〜! これも美味である!」


 食堂の席に着くルイの前には、山盛りのパスタを頬張り破顔するツクモ。

 この天真爛漫な幼女を見るに、あの男のような悪辣極まりない性根が微塵も感じられない。


 これで彼女が悪人だったなどとなれば、ルイは確実に人間不信になるだろう。

 ……いや、もともと人間不信なのだが。


「…………」


 ルイはジッとツクモを観察してみる。


 イブキの胡散臭い薄茶色の髪とは違って、硯で()った墨を溶かし込んだかのような綺麗な黒髪。

 やや雑に後頭部で一纏めにされているが、それも幼さゆえの愛嬌があって可愛らしい。


 瞳はイブキと同じで緑色をしている。

 けれど、あの男の胡散臭い翠色とは違って、青みの強いそれは宝石のようでとても煌めいて見えた。


 一言で表そう。


「……かわいい」

「んむ? 何か言ったか?」

「いえ、なんでも」


 同じ元気属性のヒナタを愛でているルイからすれば、ツクモはかなりストライクゾーンのど真ん中だった。


 受ける印象はまるで違うが、瞳の色は一応あの男と同じ緑ではあるし、血縁というのもデマカセではないのかもしれない。


 ──うん、これは【救世の契り(ネガ・メサイア)】じゃないわね。


 ルイはツクモを無害判定した。

 彼女は意外と、子供にはチョロかった。


「あー……綺麗な天使よ」

「ルイでいいわ」

「そうか? ではルイよ。汝の昼餉(ひるげ)はそれだけか?」


 言われて、ルイは自分の皿に目を落とす。

 そこにはパンがいくつか載せられているだけ。

 ビュッフェ形式で摂る食事にしては質素なのは間違いない。


「ワタシ、あまり食べる方じゃないの」


 相方とは違って。

 そう言うと、ツクモはまじまじとルイを見た。

 それから、ちょっと頰を染めて恥じらうように目を逸らした。


「……なるほど、汝がスラッとして綺麗なのも納得がゆくな」


 ルイはいつの間にかツクモの頭に伸びていた右手を逆の手で押しとどめる。

 代わりに、自分の皿から焼きたてのクロワッサンをちぎった。


「もっと食べなさい」

「お、いいのか?」


 ぱくりぱくりと手ずから餌付──ご飯を分け与えていると、ツクモの胸ポケットがモゾモゾと動いた。


「む、起きたか、フェニックス」


 フェニックス……?と小首を傾げるルイの目線の先でひょっこり顔を出したのは、真っ白なハツカネズミである。

 彼(彼女?)はルイの方を見てきゅいきゅいと鳴く。


「…………」


 ルイはシカトした。

 彼女は動物があまり好きではなかった。


「くはは、我が従者たるフェニックスにも贄をくれてやろう」


 ツクモはルイの無表情には気づくことなく、クロワッサンの欠片をフェニックス(ハツカネズミ)にせっせと与えている。


 ちょっと厨に──香ばしい気配を漂わせるツクモだが、そういうところも可愛いかもしれない、とルイは真顔で考えた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 全てを覆す神の一手を思いついた"閃きの申し子"こと俺は、上機嫌でビュッフェ形式の昼食を楽しんでいた。


 3往復目のヒナタちゃんと一緒に豪勢な料理が並ぶ配膳台へとおかわりを取りに行く。

 その際、背後から凍てつく視線で背中を刺されたが無視した。


 怖くなって振り返った時には、"綺麗な天使"はツクモの皿にちぎったクロワッサンを載せる作業を繰りかえしていた。


 ……いや、何してんの……?


 困惑している俺をよそに、ツクモもツクモでせっせとポケットにクロワッサンを詰め込んでいる。


 ……いや、何してんの……?


 あきらかに胸ポケットに入り切る量ではない。

 また《収納》の天稟(ルクス)を悪用しているのだろうか。


 腹が減ってるならビュッフェに取りにくればいいのに……と思った瞬間。

 ポケットから抜いたツクモの肘がテーブルの上のパスタが盛られた皿に当たった。


 少し遠いが、慌てて《分離》。

 ひっくり返りそうになっていた皿が一瞬だけ停止し、──ピタリとそのまま固まった。


 ルイが胸を撫で下ろしているから、どうやら《念動力》の天稟(ルクス)を使ったらしい。

 仲は(一方的に)最悪だが、二人して全力でツクモの世話を焼いている俺たちは何なのだろうか……。


「ってそうじゃない、──ヒナタちゃん」

「はい?」


 俺は愉快なテーブル席から視線を切り、彼女の名を呼ぶ。

 見学に来ている子供ばりにウッキウキで皿に盛り付けをしていたヒナタちゃんが振り返った。

 かわいいね……。


「……。ヒナタちゃん、このまえ話したこと覚えてる?」

「……? どのことでしょう?」

「その、ほら、雨剣さんと……」

「──! はい、もちろん覚えてますよっ」


 聞こえるはずはないのだが、後ろにいるルイを警戒して言葉を濁して伝える。

 それだけでヒナタちゃんは察してくれた。


「そのことで少し協力して欲しいんだ」

「協力、ですか……?」

「うん。彼女と少し仲良く(・・・)なりたくて、ある作戦を考えた」

「さくせん」

「そう、それには君の協力が必要不可欠なんだ」

「わたしが必要……っ」


 ヒナタちゃんがグッと身を乗り出した。

 前向きな姿勢をありがたく思いながら、俺は頷く。


「作戦の決行場所は──懺悔室だ」

「……あそこは告解の場、そこでなら……」

「そう、真実を伝え、受け取ることができる。だから、ルイを誘導して欲しいんだ」

「なるほど……!」


 懺悔室の中は、仕切りによって二つの空間に分かれている。

 告白をする側と、告白を聞き届ける側。

 それぞれが別のドアから入り、それぞれの空間で対話を行う。

 懺悔室の仕切りには小窓が組まれていて、そこを通して声だけのやり取りが交わされる。


 ここで重要となってくるのが、その小窓に施された仕掛けだ。

 告白をする側からは受ける側の姿は見えず、反対に受ける側からは告白をする側の姿が見えるようになっているのである。

 これは告白する側、受ける側両方への配慮だった。


 ──それを、利用する。


 まず俺が告白する側に入って、それを受ける側の天翼の守護者(エクスシア)を待つ。


 本来なら救護班だとか衛生班だとかが天使同士のメンタルケアを受け持つらしいが、本日は見学会とあってお休み。

 代わりに、見学会に参加している誰かしらの天使が告解を聞き届けてくれるらしい。


 ここで協力してもらうのがヒナタちゃんだ。

「誰かが懺悔室に入ったみたい」とルイに伝えてもらって、彼女に聞き届ける側に入ってもらうのである。


 普通ならルイは絶対に断るだろう。

 しかし他ならぬヒナタちゃんの頼みなら叶えるに違いない。


 彼女は聞き届ける側へと入り、──告白する側に俺がいることに驚く。

 だが俺からはルイの姿は見えていない(という(てい))。


 何も知らない(という体の)俺は語るのである。

 実はヒナルイの仲を応援しており、誤ってヒナタちゃんに犯罪行為(強制猥褻罪)を働いてしまった、本当に心から反省しているし二度と不埒な真似をする気はない、と。


 ルイは思う。


 ──ああ、全ては不幸なすれ違いによるものだったのだ、と。


 全員が和解する、感動のエピローグ。

 そう、悪者などどこにもいない、幸せな世界だけがそこには待っている。


 〜第2章『さらば、すれ違いの闇』、完〜


 ふふ……。

 ふふふ……!

 ふーっふっふっふ!(三段活用)


 あの懺悔室を見てすぐさまこんな完璧な結末を思い浮かべてしまうなんて、俺ってばなんて天才なんでしょう!

 俺は悲しきすれ違いの連鎖を、ここで断ち切るッ!


 ──この閃きの申し子、今度こそ圧倒的な”勝ち”を取りに行きます──!





 20分後。

 俺は計画通り懺悔室の話す方に入っていた。


「────」

「…………」


 ルイと一緒に。



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