第14話 ヒナタVSルイ
訓練場の中にはいくつものフィールドがある。
その中の一つ、氷のフィールドに立つ美しき指揮者が腕を振るった。
「いけ」
それに合わせて、宙を一人でに舞っていた木刀が回転。
腕の薙ぎに合わせて動き回る。
天井まで駆け上がったそれが、吊り下がる氷柱を打ち砕いた。
「フ───ッ!」
落下する氷片の下で、天使が茶髪を翻らせる。
圧倒的な速さで氷片群を駆け抜け、突破──した、その時。
彼女の後ろに置き去りにされた氷柱が中空で停止する。
「っ!」
加速の天使は破砕音の有無でそれを察知。
次の瞬間、振り向くことなく横っ飛びに回避する。
数瞬遅れて、その場を氷群が通り抜けた。
それらは止まらず飛行し、木刀と共に指揮者の元へと返った。
彼女は木刀を掴み、振るう。
それに合わせて人の頭部ほどもある氷片が彼女の周りで渦を巻く。
その簡易的な要塞を見て、加速の天使──ヒナタちゃんはへにゃりと笑った。
「近づけないよ、それ」
その言葉を聞いてようやく、それまで一切の笑顔を見せなかった美しき指揮者──ルイも顔を綻ばせる。
「そのためにやっているんだもの、当然でしょう」
彼女達の周りには細かな氷片がはらはらと降り注いでいる。
ダイヤモンドダストを思わせるその神秘的な美しさに、ここのフィールド以外の訓練風景を見ていた子ども達もいつのまにか集まっていた。
「ここは氷のフィールドだから、ワタシに有利なのは仕方ないわ。ここまでにしておきましょう」
「──ふぅん、勝ったつもりなんだね?」
澄まし顔で述べられた提案に、ヒナタちゃんが不敵な笑みを浮かべた。
「っ、何を──」
ルイが身構えるより一瞬早く、ヒナタちゃんが地を蹴る。
それは明らかにルイとの距離を詰める選択だった。
しかし指揮者の周りでは今も氷群が渦巻いており、近づく隙はない。
「無駄よ、上だろうが下だろうがワタシの守りは抜けられない」
「…………」
暗にやめておきなさいという提案にヒナタちゃんは答えない。
いよいよ氷の壁にぶつかるかという、その瞬間。
「────」
ルイが驚きに目を瞠る。
彼女とヒナタちゃんを結ぶ直線上の氷群が開けたのだ。
驚きようからも彼女の仕業でないことは分かる。
やったのはルイじゃない、ヒナタちゃんだ。
彼女は今──宙で渦巻く氷群を《加速》させたのだ。
一部だけを加速させ、まるで氷の防壁に道を譲らせるように穴を開けたのである。
そのカラクリに気づきつつ、俺も内心で驚嘆を隠せなかった。
──自分以外のものも《加速》できるようになっている!
現象の規模からして、ほんの一瞬、ほんの僅かな範囲でのみ可能なのだろう。
けれど、できるとできないでは圧倒的な差がある。
『わたゆめ』でも3章終わりで
今の時期にできるようになっているのは、相当に成長スピードが早い。
「───ッ!」
間近に迫ったヒナタちゃんに、ルイが慌てて手にした木刀を振るう。
彼女は普段、
というか普通に強い。
あの近距離からだって、いくらでも持ち直せる。
──そのはずだった。
俺が見ても分かるくらい覇気なく振るわれた腕は、呆気なくヒナタちゃんに掴まれる。
次の瞬間、加速された拳がルイの眼前に迫っていた。
そして、──ピタリと止まる。
ハッとして拳撃の主を見るルイ。
その先で、ヒナタちゃんが花咲くように笑顔を浮かべた。
「わたしの勝ちだね、ルイちゃん」
得意そうなその表情を見て、ルイはホッとするように息をついた。
それからフッと微笑む。
「──そうね」
その途端、固唾を呑んで見守っていた子ども達がワッと弾けた。
幼児の群れの中で、思う。
「…………」
今の試合──いや、風景、か?
とても違和感があった。
そもそも違和感というのがおかしな話だ。
普段の訓練を見ていない俺に、”しっくりこない感じ”など覚えようがないというのに。
「……まあ」
今はいいか。
ぴょんぴょこしながらヒナタちゃん達に近寄るツクモの後に、俺も続いた。
♦︎♢♦︎♢♦︎
午前中の施設見学が終わって、昼食の時間になる。
昼休憩はおよそ二時間の自由時間となっていた。
その間に昼食を摂ればOKで、まだまだ見足りない子は訓練場に行ってもいいし、そのあと案内された寮部屋なり展望デッキなりに行ってもいい。
班ごとの行動が義務付けられていたが、子ども達がそれを煩わしく思うわけもなく。
むしろ
言うまでもなく俺もウキウキである。
──と、言いたいところだが。
ルイへの”挟まりませんアピール”が全くもって芳しくない現状をどうにかせねばならない。
その原因は──ヒナタちゃんにあった。
……いや俺だって人のせいになんか、ましてや推しのせいになんかしたくはないが、こればっかりは仕方ないんだ……!
寮へ向かえば、「流石に女子部屋には上がれない」と固辞する俺の腕を取り「信用してますから」と言って俺を部屋に招き入れ、何故かルイにウインクを決めて(俺が)ブチギレられる。
展望デッキに向かえば、4人で記念写真を撮った際に「なんだか家族みたいだねっ」という暴言をルイにかまし(俺が)ブチギレられる。
どこかでボタンを掛け違えているとしか思えない言動。
しかし聡明なヒナタちゃんが勘違いなどしようはずもない。
なら一体何がしたいんだ、ヒナタちゃんは……。
推しへの理解度なら誰にも負けないと自負していた俺の誇りが傷ついていく……。
はやいところルイに「挟まる気はない」と信じてもらわなきゃいけないのにぃ……!
「…………」
ぐぐぐ、と頭を抱える俺に、背後からルイの冷たい視線が突き刺さっているのをひしひしと感じる。
俺がそろそろ凍りつくんじゃないかという頃になって、
「なあなあ、アレはなんであるか?」
前を歩いていたツクモが広間の一角を指差した。
俺たち3人は一斉にそちらを向く。
そこには、装飾が施された2メートルを超える木箱があった。
その木箱には二つの扉が付けられている。
ヒナタちゃんが得心したように頷いた。
「ああ、アレは”懺悔室”って言うんだよ」
「ざんげしつ……? カッコいい響きだな……」
「司祭さんに罪を悔い改めるための告白をする場所だよ」
「?」
「んー、分かりやすく言うと『先生にごめんさい』って謝る所、かなぁ」
「おー。それなら分かるぞ。悪いことをしたら謝らねばなるまい」
ヒナタちゃんが無言でツクモの頭を撫でた。
その気持ち分かる。
「まあ実際のところ、アレはわたしたち
「ふむ?」
「一般の方が
「なんだ、それは……まあ雰囲気は出ているが……」
若干呆れつつもツクモの目は興味津々とばかりに輝いている。
ヒナタちゃんは笑った。
「あとで試しにやってみる?」
「おおっ、いいのか? やってみたいぞ!」
悪いことを考えておかねばな!と胸を張るツクモと彼女を撫でるヒナタちゃんを横目に、俺は閃きを走らせた。
──これだ……ッ!