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第13話 俺が悪かった……?


 ヒナタはうっそりとした目をお兄さん──イブキへと向ける。

 すると彼は面白いほど慌てて言葉を紡いだ。


「あっ、えっと、この子はそう、親戚の子でツクモちゃんって言うんだ」

「む? いと──むぐっ」

「ハハハ……っ」


 何か言いかけたツクモの口を塞いで愛想笑いを浮かべるイブキ。


「親戚、ですか……」

「そうそ──」

「初めて聞きましたけど」

「──いやほら、わざわざ『親戚にこんな子がいてね?』なんて話さないでしょ?」

「……まあ」


 隣にいるルイは知らないだろうが、ヒナタはイブキの正体を知っている。

 悪の組織【救世の契り(ネガ・メサイア)】の構成員だ。

 その彼が初めて見る少女を連れて正義の城にいるとなると、怪しさも一入(ひとしお)である。


 このツクモとかいう子、【救世の契り(ネガ・メサイア)】なのでは?

 ヒナタは訝しんだ。


「? なんだ?」

「……いえ」


 同時にこの自分を見てきょとんとする少女が【救世の契り(ネガ・メサイア)】の一員だとは考えづらいという思いもある。


 ゆえにヒナタは一旦、疑惑を放棄した。

 常に目を配っておくくらいの優先度でいい。


 今の最優先事項は──、


「なあ、どういう知り合いなのだ? 兄様(・・)よ」


「───ッ!!」


 にいさま、などという呼び方である。


 もしツクモが【救世の契り(ネガ・メサイア)】の一員であり、先ほどの親戚発言がデマカセだとしたら、彼女とイブキの間に血のつながりはないことになる。


 全く無関係の男の人を『兄』呼ばわりだなんて、信じられない。

 恥じらいはないのだろうか。


 自分はどうなんだって?

 ……それは今はいいのである。

『近所のお兄さん』を縮めて『お兄さん』と呼んでるだけなんだから、別に何の問題もない。

 ないったらない。


 ヒナタが思考から些事を振り払っていると、イブキがツクモに言った。


「こっちの傍陽ヒナタちゃんは家がお隣さん同士でね。昔から仲良くさせてもらってるんだ。それでこっちの雨剣ルイちゃ──さんはヒナタちゃんの友だ──親友なんだよ、へへへ……」

「お、おお、そーなのか……」


 ルイの説明をする時になぜか(へりくだ)ったような卑屈な笑みを浮かべるイブキに若干引いた様子のツクモ。

 しかし、イブキの言葉を聞いたヒナタはそれどころではなかった。


「────」


 愕然として、その事実(・・・・)を受け止める。

 イブキの言葉通りだ。

 客観的に自分とイブキのつながりを表す言葉があるとしたら『お隣さん』しかない。

 それだけしかないのである。


 自分が出会うより前から四六時中一緒にいるクシナを差し置いて『幼馴染』とは言えないし、イブキとツクモのように(二人の関係が真実だと仮定した場合)血のつながりがあるわけでもない。


 ──いや、違う。


 そこでヒナタは正気を取り戻す。

 あまりの衝撃に取り乱してしまったが、つい先日イブキは言ってくれたのだ。


 ──自分と一緒にいたい、と。


 では何故、いま彼は『お隣さん』と表現したのか。

 決まっている、ルイの前だからだ。


 理由はよく分からないが、ルイとイブキは仲が悪い。

 それがネックになっているのだと、この前もイブキは言っていた。


 であれば、簡単である。

 自分が二人の架け橋になればいいのだ。


 つまり──積極的にお兄さんに絡んで、彼が良い人であることをルイちゃんに知ってもらおう。


 ……ついでに年下っぽく甘えてみよう。

 別に彼が幼女を連れていることとは微塵も関係ないが。


 ヒナタは会心の笑みを浮かべた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 俺は卑屈っぽい笑みを浮かべてルイを見る。

 が、すっごい冷たい視線を返された……。


 ヒナタちゃんとルイの愛には勝てねぇぜ!って言ったはずなのに、まったく意に介していない。

 さすがに手強いな……。


『兄様、あっちの綺麗な天使とは仲が悪いのか?』


 ツクモが声を潜めて俺に尋ねてきた。


『まあ……』

『ふむ、”好意”でも《付与》してみるか?』

『は──? そんなことできんの!?』

『やりようによってはな』


 とんでもないバケモンやんけ……。

 空恐ろしさを覚え、彼女に釘を刺しておくことにする。


『ツクモ、第十支部(ココ)では”命の危険でもない限り”天稟(ルクス)使っちゃダメだからね』

『なぜだ?』

『いざという時に隠していた真の力を解放する……カッコいいだろ?』

『おおっ、うむ、そうしよう!』


 興奮して、無邪気に頷く厨二病幼女。

 危うく内部から第十支部を崩壊させそうなツクモから、言質を取れて人心地つく。


『その無邪気さを忘れないでくれ……』

『────。ああ、わかったぞ』


 一瞬ジッと俺を見て、ツクモが微笑む。

 それと、ヒナタちゃんが向日葵のような笑顔を浮かべたのは同時だった。


「それじゃあ、お兄さんとツクモちゃん、せっかくですからわたし達の訓練風景でも見てください」


 そう言って、ヒナタちゃんが俺の腕を抱えるようにして引っ張った。


「「────」」


 俺とルイが息を呑む音が重なる。


 ──ほげえええええええ! また推しが近い!!

 このままじゃ推しの過剰摂取(オーバードーズ)で死ぬぅ!!!


「ヒ、ヒナ……? ちょっと、その、近いんじゃないかしら?」


 ルイが頬をヒクつかせながら優しい声音で言う。

 イブキもそう思います。


「大丈夫だよ、ルイちゃんっ。お兄さんは信用できる人(・・・・・・)だから」


 どこか言い聞かせるように言って上機嫌に進んでいくヒナタちゃん。

 それに引っ張られるようにして続く俺の隣、ヒナタちゃんとは逆側にルイがすばやく身を寄せた。


『さっきから人をおちょくって、馬鹿にしているのかしら……っ?』

『ヒッ』


 めちゃくちゃブチギレていた。

 端正な美貌に貼り付けられたハリボテの笑顔がいっそう恐怖を煽る。


『ちちち、違いますぅ! 俺はヒナタちゃんと君の間に挟まるつもりなんかなくて!』

『現状を生み出しておいて、よくもそんな戯言を口にできたわね──ッ!』

『ひぃ!』


 先導するヒナタちゃんと俺とブチギレるルイ。

 その後ろからトテトテとついてくるツクモが笑った。


「ヒナタと兄様は仲良しなんだな!」

「────」


 ヒナタちゃんが足を止め、ツクモを見る。

 それから、天使のような笑顔を浮かべた。


「そうなの、とっても仲良し(・・・・・・・)なんだよ? ……なぁんだ、良い子じゃないですか」

「?」


 ヒナタちゃんは急にご機嫌になって、反対の手でツクモの手を取った。

 俺の反対側では「とっても仲良し」に反応したルイがこめかみに青筋を走らせた。


 楽しげなツクモと上機嫌なヒナタちゃんと俺とブチギレなルイ。

 四人仲良く、フィールドを歩いていく。


 ──拝啓、幼馴染殿。


 推しの間に挟まってる(敵になった)ので、僕はあんまり無事に帰れそうにないです……。



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