第11話 ひみつどうぐ〜!
今回の見学会の参加者は『男性』か『子供』に限定されている。
天使に馴染みのない男性と、天使への憧れを持たせたい子供をメインターゲットに据えた、というのがよく分かる。
安全保障上の観点からも、
ちなみに今回の見学会、みんなの
恐ろしい倍率を乗り越えた精鋭が、100名。
そのうち9割以上が──、
「きゃー! すごーい!」
「ここ……もう天使さまたちの家……っ」
女児である。
「…………」
先ほどツクモが騒いでいたエレベーターホールには俺をはじめ、見学会の参加者がひしめいていた。
見た感じ、見学者のうち残り1割も男子ではあるものの小学生。
俺くらいの歳の奴などいない。
「……俺にはレオンがいるからいいもんね」
「どうした、兄様よ?」
「なんでもない」
不思議そうに見上げてくるツクモに、首を振る。
彼女はきょとん、としていたが、ふと不敵に笑った。
「くはは、さては元気がないな? そんな兄様に……」
ツクモは斜め掛けにしているショルダーポーチに手を突っ込んだ。
そして、ゴソゴソと中を漁る。
「む? うーん、ここら辺に……むむむ?」
長いこと弄くりまわしているが、小さいポーチなのでどう考えてもそんなに広さはない。
ツクモは手を引っこ抜いてから破顔した。
「すまぬ。広大すぎて、どこへやったか分からなくなった」
「そんなわけなくない……? 言い訳下手か……?」
「むっ、違うぞ! 本当にこの中は広大なのだ! なにせ──」
そこで声を潜めて、俺の服を摘んでつま先立ちをし始めた。
しょうがないので顔を近づけてやると、満足そうに頷く。
「何を隠そう、このポーチには《収納》の
「収納……?」
「うむ。兄様が持っている”懐中時計”と同じだ」
「!」
俺の持っている懐中時計といえば、【
リューズを捻るとローブが出てくるアレである。
そういえば、いつだったかクシナが言っていた。
「アレを作ってるのは、幹部の一人だって……」
「──うむ。我のことに相違ない」
そして、これ以上ないほど得意げな笑みを浮かべた。
「ゆえにこそ、我は〈
「……これはお見それした」
「くっふっふー! もっと褒めるがよい!」
すっかり調子に乗った様子の幹部さま。
なんか犬みたいで癒されるかも……と思っていると、
「しかし勘違いするでないぞ? 我の能力は《収納》などではない」
「……え?」
「それは別の構成員から拝借しているものだ」
なんか凄いカミングアウトをされた。
驚く俺をおいて、調子に乗った彼女は喋り続ける。
「我の
「ふよ……?」
「そう、万物に”状態”を付け与えることができるのだ……!」
すごいだろう?褒めろ?と目で訴えてくるツクモ。
確かに凄い。というかヤバい。
『万物に』って枕詞がつくヤツは基本的にヤバい。
ヒナタちゃんとかと同列に語っていいクラスの超有能な
そのうえ他人の
さすが幹部と言わざるを得ない……こんなちっこいのに……。
が、手放しでそれを讃える前に、俺には気になっていることがある。
「それ言っていいやつ……?」
「……あ゛っ!!」
急にワタワタし始める幼女。
「そ、そのぅ……で、でも兄様は〈
「う、うん……」
なんか可哀想になったので頷くと、ツクモは露骨に安堵したようだった。
なにやら「〈
うん、わかるよ、俺もあの人なんか怖い。
得体の知れない感じとか。
「ふ、ふふん! 黙する対価として兄様には我の新作をやろう!」
すっかり調子を取り戻した様子でツクモが尊大に言って、ポーチに片手を突っ込んだ。
「新作?」
「うむ、懐中時計を応用して出来上がった──コレ!」
腕を引き抜くと、そこには銀の腕輪が握られていた。
「《収納》というからには、まさか……」
俺の脳裏をよぎるアイテム。
ファンタジー小説とか好きな人なら全員思い浮かべるだろう。
「ア、アイテムボ───」
「カッコよく登場したい時に紙吹雪を巻き起こす腕輪である!」
「…………」
俺は真顔になった。
「なんでそんな役に立たないもん作っちゃったの……?」
「な、なにっ!? カッコイイのは最も重要なことだろがーーー!」
「…………」
こんなポンコツ担当と二人で潜入して大丈夫なのだろうか?
マトモ担当が俺しかいないじゃないか……。
♦︎♢♦︎♢♦︎
全員の集合をあらためて確認してから、緊急出動時にしか利用できないという中央の巨大エレベーターで100人一斉に【
ちびっこ達の群れの中で一人だけ成人男性が乗り込むのは死ぬほど恥ずかしかった。
引率でやってきていた奥様方からの不思議そうな視線が心に突き刺さっている。
なぜか「テレビの撮影かしら」とか話していて好意的な雰囲気だったのだけが救いである。
と、「ポーン」という到着音が響き、俺の羞恥心も消え去った。
扉が開いていく。
その先に──楽園があった。
「────」
縦にも横にも開けた空間。
石造りが見てとれるそこは、
それを見た瞬間に、一階エントランスでは思い出せなかった支部の全貌が思い出されてくる。
【
ゆえに、大聖堂じみた外観に違わぬ、教会建築の内装が広がっている。
古の教会の特徴一色というわけでもなく、ここ数年で建て直されたばかりとあって、現代風にアレンジされている。
エスカレーターなども自然に組み込まれており、まさしくネオ・ゴシックの教会である。
そして何より、
「──【
エレベーターを降りた先には天使達。
今日、見学者達を案内するために集まってくれた
その端の方に、──いた。
「───っっっ!!!!!」
ヒナタちゃん!!
いやああああああ!!!
聖地に!推しが!!いるううううううう!!!
───はあ………???
「っ!?!?」
突如、頭の中に見知らぬ人間の疑問ともため息ともつかぬ声が響いた……気がした。
「…………気のせいか?」
周りを見ても俺に目を向けているのは、笑顔で手を振ってくれている大天使ヒナタちゃん。
そしてその横に並ぶ、
「────」
ほの暗い雰囲気を纏っている、
「あ、はは……」
そうだ。
俺は今日──彼女に『君たちの間に挟まるつもりはありません』アピールをしなければならないのだ。
気を引き締めているうちに、さっきの
♦︎♢♦︎♢♦︎
案内要員の天使の先頭に立って、見学者一行を出迎えたのは副支部長だった。
彼女、信藤イサナは思った。
──わっけわからん、私もうダメかも。
表情を全力で固定させながら、
覗き見てしまった魔境は、
悪の組織の構成員って話だったんだけどなぁ……と窓の外の青空を見つめる。
天使に好意的なのは朗報だが、状況はより一層理解不能になった。
「…………」
自分が案内する予定のローゼリアを見る。
ただでさえ、やり手の武器商人の相手までしなければならないのだ。
あの訳わからん男の観察とか無理じゃなかろうか。
「帰って、少女漫画でも読もうかな……」
イサナのため息が哀愁を誘った。