第10話 聖地巡礼
ブラッドローズ家。
古くは神聖ローマ帝国の自由都市で銀行業を始めたことで知られる、ヨーロッパ経済史上でも指折りの名家である。
現在でも世界最大規模の私有財産を有し、当主は代々
当代の家長は、ローゼリア・C・ブルートローゼ。
または、ローゼリア3世。
それが世界で最も有名な
【
超高層ビルよろしく屋上に設置されているそこに、一機のヘリが着陸した。
厳重な警護に囲まれて、一人の女性が機体から降り立つ。
豪奢なストロベリーブロンドの髪を靡かせ、ハイヒールを鳴らしながら歩み寄ってくる彼女を──信藤イサナは一礼とともに出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、ブルートローゼ様」
「出迎えご苦労」
短い返答の後、ブルートローゼ──ローゼリアは前髪に隠れていない方の眼でイサナを見る。
その深い紫の瞳と真っ向から向き合いながら、イサナは微笑とともに首を傾げる。
ローゼリアはかすかに片眉を上げ、
「──貴様に笑顔は似合わんな」
「おや、ひどい」
辛辣な言葉にも動じず、イサナは「こちらです」と言って彼女を先導しはじめた。
振り向きざま、ローゼリアの影に控えるように佇む一人の護衛と目が合う。
刺すような鋭い眼光を返され、辟易とした。
(手練れだなぁ。護衛にしちゃ殺意高そうなのが玉に
肩越しにローゼリアを見る。
まさに威風堂々といった佇まいである。
(この人にはお似合いの護衛なのかね)
内心でため息を吐く。
今回の見学会でターゲットの一つとしているのが、ローゼリアのような大物のパトロンである。
第十支部はここ最近の大規模襲撃によって信用を落としかけている。
これを機に支部のやり方に口を挟もうとしてくると思われるのが、パトロンたちだ。
しかし、彼女らにみすみす介入の余地を与えるつもりはない。
公的機関としての公正性を保証するためにも、イサナは先手を打って潰そうとしていた。
(だるぅ………)
現時点でかなり怠さを覚えているイサナだったが、彼女にはもう一つの狙いがあった。
(さぁて、もう一人のターゲットは何を考えてらっしゃるのかね)
♦︎♢♦︎♢♦︎
───あああああああああ聖地巡礼キメてるううううううう!!!
【
俺はその真下に立って、その白亜の城の如き威容を見上げていた。
この世界で生きていれば流石に何度も来たことはあるが、今日は外から見て通り過ぎるだけだった今までとは違い、なんと!中に!入れるのである!!
『わたゆめ』作中でも数え切れぬほど登場した舞台。
最後に読んでから18年経っていても、実際に見ればどのシーンで使われていたか思い出せることだろう。
──と、思っていた時期が俺にもありました……。
「やばい、まったく思い出せん」
実際に支部のエントランスに入ってみても、全く絵が思い浮かばん……。
「まあ、当然といえば当然か……」
第十支部はこの建物で二代目だ。
10年前の【幽寂の悪夢】で新宿が滅びた時に、初代・第十支部も壊滅の憂き目にあったからである。
それ自体は俺もよく覚えている。
テレビの画面越しにも衝撃的な光景だった。
──その衝撃で、前世の記憶を思い出したくらいには。
ともかくそんなことがあって再建されたので、下層階は
つまり一階エントランスは警察の管轄。
多少の物々しさはあるものの、普通のオフィスビルと大差ない。
強いていえば、めちゃくちゃ広いことくらいか。
他に違うところがあるとするならば──、
「ええい! 我は
エントランス中央に位置し、この広大な一階の天井までをぶち抜く円柱。
その前で、見覚えのあるちっこいのが、聞き覚えのある尊大な台詞を叫び散らしていた。
そう、うちの幹部、第五席〈玩具屋〉こと
彼女が受付のお姉さんにとっ捕まっていた。
それ以外は特筆することもない、ただのオフィスビルのエントランスで──、
「──って、大問題だなっ!?」
♦︎♢♦︎♢♦︎
「ふう、助かったぞ。我が
ちっこいのが額の汗を拭う仕草をした。
パーカーの袖が余っていてダルダルなので、なんだか間の抜けた感じがする。
……さすがにこの厨二病も
色々言うことはあるが、まず最初に言うべきはコレだろう。
「俺は君の
ツクモが不満げな顔をする。
「む。ヒラの構成員なのだから、等しく我ら幹部の──むぐっ」
「わー! あー!」
と、横で「……しもべ?」と顔を赤らめていた受付のお姉さんがツクモの言葉に怪訝そうな表情を浮かべたので、慌てて口を塞がせる。
「あはは、すいませんね。妄想逞しいお年頃でして……」
「むぐぅーーー!!!」
「は、はあ……」
困惑した顔のお姉さん。
彼女から聞いたところ、うちのポンコツ幹部はどデカいエレベーターに興奮して飛びつきそうになっていた所を捕獲されたらしい。
悪目立ちしたのは良くないが、正体がバレたとかじゃなくて良かった……。
まあ冷静に考えれば、第五席は世間的には謎の人物だし、バレようがないんだけど。
「……あの、失礼ですが、お二人はどういったご関係で?」
「上司とぶ──むぐぅ」
「めっちゃ従兄妹ですぅー!」
「は、はあ……ご血縁の方だったのですね」
受付のお姉さんは若干の困惑を残しながらも、ツクモを俺に預けて戻って行った。
俺はさっそくツクモに注意する。
「いいか、ツクモ。俺たちは従兄妹だ」
「いや、我は幹部で──」
「い・と・こ・だ」
「う、うむ……」
しぶしぶといった風に頷くちびっこ。
彼女に「この歳の差で上司と部下は異常」と言ったら「異常……! 非日常のかほり……!」とか言い出したので、「血の繋がった兄妹が潜入するってカッコよくね?」と言ったらお目目キラキラで了承してくれた。
チョロいね。
「では〈
「…………ん?」
にいさま……?
なんか最近よく耳にする響きに似てる気が……。