第8話 かつては飛去来器とも訳された民具
ルイと仲良くなるための一歩を探りに行ったら、初っ端から核心をぶつけられました。
きっと今の俺はハトがマグナムをぶち込まれたみたいな顔をしていることだろう。
雨剣ルイが過去に犯人を殺してしまったという事件。
これは原作ではなかった出来事だ。
俺がその事件を知らなかったのは、テレビを敬遠しているせいもあるだろう。
だが、それ以上に大きいのは──話題性の乏しさだ。
おそらくメディアは、この事件を大して取り上げていない。
なぜなら、
現代日本なら大事に違いない。
公的権力による殺害などあろうものなら、鬼の首を取ったようにメディアは釣り上げたはずだ。
けれど、この世界では日常茶飯事なのである。
犯罪者が異能力を駆使して暴れ回る以上、それに対抗する正義の力も大きくなって当然なのだから。
結果として犠牲者が出ようが、悪がのさばるよりも百倍マシである。
それに文句を言えるような恩知らずは流石にいない。
であれば、俺が頭を吹っ飛ばされたハトみたいな顔をしているのは何故か。
そう、俺という名探偵は衝撃の真実に辿り着いてしまったのだ。
──この世界のヒナ×ルイの百合は『親愛』じゃあないッ!
──『恋愛』だ……ッ!!
「おお、
俺は心の広いオタクなので、百合=恋愛とは捉えていない。
百合=親愛のパターンは当然、百合=敬愛のパターンだってあると思う。
というか他にももっと色々((以下略
ともかく、原作『わたゆめ』ではヒナルイは親愛百合だったのである。
相棒としてお互いを支え合う姿のなんと尊かったことか。
しかしこの世界では彼女たちの百合は『親愛』にとどまらず『恋愛』にまで昇華されていると、この名探偵イブキは考えている。
理由はいくつかあるが、主なものは二つ。
一つは、ルイから俺への殺意が尋常じゃないこと。
嫉妬程度ならば理解できるのだが、殺意までいくとヤバい感じが出てくる。
というか、実際に「ルイがヤってる」というのは確認したし、相当にヒナタちゃんを愛しているのは間違いない。
これだけならば、まだ親愛→恋愛への変化を核心するまでには至っていなかった。
これを補強した二つ目の理由がヒナタちゃん側の態度である。
そう、今回のお宅訪問中に俺が「ルイと仲良くなりたい」と言った瞬間に見せた、ヒナタちゃんのヤンデ……暗い雰囲気である。
あれは確実にヒナタちゃん側もルイのことを愛しているに違いない。
が、ここで重要なのがヒナタちゃんが自分の好意に無自覚だったという点である。
だって「ルイと二人で〜」って言った瞬間、めちゃくちゃ慌ててたし。
かわいい。
あれほどにバレバレな好意を持っていて何故、無自覚なのか。
まったく、この鈍感系主人公めっ!
鈍感なヒナタちゃんもかわいいけど、あの調子では
彼女の気苦労が
これによって、俺がこの世界でルイに遭遇してからずっと抱いていた疑問が解決した。
──なぜ雨剣ルイは傍陽ヒナタを溺愛しているのか。
つまりヒナタちゃんは、無自覚好意からくる距離感のバグりで知らず知らずのうちにルイのことをオトしてしまったのである……!
まったく、この鈍感系主人公めっ!(2回目)
これで全ての謎は解けた。
となれば、俺のやるべきことは定まったも同然であった。
つまり、ルイに「俺は百合の間に挟まるつもりはないよ!」アピールをすればいいのである。
ガハハ、勝ったな!
♦︎♢♦︎♢♦︎
「──つまるところ、こういうことかい?」
桜の花の初々しさも散り、すっかり葉桜となって風に揺らいでいる。
その下に置かれたベンチ。
大学構内の一角で、俺はレオンに近況報告をしていた。
聞き終えた第一声がコレである。
「君は好きな子を巡って争っている子と仲良くなるために好きな子に会いに行った、と?」
「ややこしいこと言うなよ」
「ややこしいことするなよ!?」
本末転倒って言葉を知らないのか君は……と項垂れながら、レオンは黒髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
それから、じろっとこちらを見た。
「……ひょっとして、君って頭が悪いのかい?」
「おい、遠回しに馬鹿にしてるだろ」
「直球で馬鹿だって言ってるのが分からないのかな?」
はあ、とため息を吐く彼に、どこかの世話焼き幼馴染の姿が重なった。
これは言い訳をしなければいけない気配……!
「いや、仕方ないんだよ。
「状況が混迷を極めてきたな……。何一つ分からないが、相談に乗ったのが間違いだったことだけは僕にも分かる……」
流石にこの頼もしい友人も情報を処理しきれなくなってきたようだ。
気の毒だが、これだけは話しておかねばなるまい。
「で、凸った結果として分かったことなんだけど、どうやら仲良くなりたい子は恋愛的な意味で
「絶望じゃない?」
「いや、だからこそだよ」
俺はしたり顔で言う。
「俺は別に恋愛的な意味で好きってわけじゃないからね。愛でたいっていうか、遠くから眺めていたいって言うか……」
「おい、君に友達ができない理由が僕にも分かってきたぞ」
「そんなことはもういいんだ。俺にはレオンがいる」
「君が面倒ごとを引き寄せる理由が僕にも分かってきたぞ……」
とにかく俺の
努力実ってか呆れてか、彼は俺の意見に一定の理解を示したようだった。
「……ま、蜘蛛の糸くらいは垂れてきたかもね」
「それ途中で切れない?」
「君がしくじらなければね」
イケメンは片目を瞑って肩をすくめる様が絵になるなあ、とか思っていると、彼はバツが悪そうに辺りに視線を飛ばした。
「とか偉そうに言ってるけど、……実は僕も友達が多い方じゃないからね」
「そうなの? 男グループで学食にいるのとか、たまに見るけど」
「うーん、なんというか、ね……まあ色々あるんだよ」
「ふーん」
現時点で深いところに踏み入るには早いかな。
と思って慎み深くしていると、レオンが意外そうに言った。
「そこは踏み込まないんだ……なんか君って距離感不思議だよね」
「え、そう?」
「うん。初対面ではグイグイきたのにさ」
「ああ……」
そういえば昔、ヒナタちゃんにも似たようなこと言われたな。
会ったの二回目で公園に引っ張っていくとか常識ないんですか的なことを。
でもしょうがないんだ……。
そりゃ、前世では友達だっていましたよ。
それどころか義理の弟妹すらいましたよ。
でもこの世界に来てから、やたらと男に避けられ続けた結果、
「かれこれ18年間、友達がいなかったんですよ……」
「君って一年生でしょ? 友達いない歴=年齢じゃん」
「うるせえやい」
その呪文は「彼女いない歴=年齢」よりも俺に効く……。
……ん? というか……。
「あれ、そういえばレオンって何年生?」
今更にすぎるその質問に、レオンはお手本のようなジト目を俺に向けた。
「3年生」
「え」
俺たちの間に、少し強めの春風が吹いた。
「……そういうところだぞ」
「……はい、先輩」
俺は項垂れた。