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第4話 いっけな〜い


 とんでもねえ幹部陣との邂逅から一夜明けた今日。

 普通に平日なので、俺は大学へとやってきていた。


 前日に世界最大規模の反社会的組織の会合が行われていたとは思えない、平和な一日である。


 ──俺の周りを除いて。


「おい、アイツ……」

「ああ……」


 講義室の端の方で縮こまっていても分かるくらい、刺々しい視線がいくつか刺さっている。


 原因の一つは、いつもの。

 女と仲良くしやがって、というアレである。


 ただ【救世の契り(ネガ・メサイア)】と違って、そういう男は実は少数派。

 世の中的に女性優位なので、そもそも女に逆らおうという気がない男が多いのだ。


 では、多数派はどういう男か。



「──櫛引(くしびき)さんと付き合ってるなんて、羨ましい……ッ!!」



 シンプルにやっかみである。


 パートナーに対する「優良物件or事故物件」というレッテル付け。

 それは前世然り、この世界にも存在する。


 前世では男性に対して使われがちなソレだが、この世界では女性に対するレッテルとして使われることが多い。


 基本的に、この世界の女性は男性を下に見ている。

 そのわけは今まで散々語ってきた通りで、仕方ないことではある。


 だが、それはそれとして──優しくされたい……。


 というのが世の男性の総意である。


 ほとんど叶わぬ願いなのだが、ごく稀にその希望を叶えてくれる女神のような女子がいる。


 うちの大学の男子学生に優良物件アンケートを取れば、間違いなく全員が一人の名をあげるだろう。


 そう、クシナである。


櫛引(くしびき)さん、いいよなぁ……」

「俺らにも優しいし……」

「めちゃくちゃ美人だし……」

「マジで女神だと思う……」


 チラと隣を見れば、当の女神は「櫛引さんと付き合ってるなんて〜」のあたりから、横髪をいじいじし出して表情が見えない。

 せっかくの賛辞を聞き逃すなんて、もったいない奴め。


 こんな調子で、クシナは普段からうちの大学の男子から崇め奉られていた。

 ちなみに高校も、中学もこんな感じ。


 入学直後、後ろの席の奴が落とした消しゴムを拾ってあげたという情報は全学部の男子に知れ渡り、それ以降クシナの周りの男子が全員消しゴムを落とすようになった。


 ので、俺がキレた。

 結果、俺が嫌われた。

 やってられるか。


「くそっ、指宿(いぶすき)の奴、今日も櫛引(くしびき)さんの隣にいやがって」

天稟(ルクス)があって顔が良くて小さい頃から一緒にいるだけのくせに」


 致命傷だろ。


「……はあ」


 ──こんなのが日常だから、大学で男友達を作ろうとは思えないんだよな……。


 だが、【救世の契り(ネガ・メサイア)】の方での友人作りにも失敗している(というか幹部陣には男がいない……)。


 となると、やはり──第十支部の見学会。

 俺の勝負所はもう、そこしか残されていないのだ




 と、思っていた時期が私にもありました。


「「───っ!?」」


 大学構内、トイレからの帰り道。

 クシナのもとに帰ろうと急いでいた俺は、曲がり角で人とぶつかってしまった。


「ってて……」


 正直、またかと思った。

 なぜか知らないが、俺は昔からこういう事態によく遭うのだ。


 小中学校の頃から女子と曲がり角でぶつかりがちだったし、「ごめんなさ〜い、それ取って〜」という叫びと共に野球ボールやバスケットボール、果ては竹刀までもが芸術的なカーブを描いて飛んできた。


 きっとトラブル体質というヤツなのだろう。

 いつもどおり謝って、手を差し出そうとし、


「ごめん、だいじょう──」


 相手の姿に釘付けになった。


 くすんだ墨色の髪と、青色の瞳。


「いてて……悪いね。()も前をよく見ていなくて……」


 男声としては高めな声をしていたが、動く喉ははっきりと喉仏が出ている。


 ──男だ……、男だ……ッ!


 ()が顔を上げて、俺を視界にいれた途端、目を見開く。

 まるで何かに驚いたようだった。


「ん? どうかした?」


 俺は、努めて冷静に話しかけた。


「ぁ、いや、なんでもないよ……」

「そうか」


 彼が、差し出された俺の手を取って立ち上がる。


「ありがとう」


 そう言って、彼が離そうとした手を──ガシッと握る。


「っ!? な、なん───」



「俺と、友達になりませんか」



 俺は、努めて冷静に話しかけた。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




「なるほど……同性の友達がいなくて寂しかった、と」


 運命の曲がり角から少し移動したベンチにて。

 俺と彼は語らい合っていた。


「まあ、正直気持ちは分かるかな」


 たはは、と苦笑するのも様になっている。

 悲しいことに胡散くさイケメンの俺とは違って、彼はthe・爽やかイケメンである。

 いいなぁ、なんて思っていると彼がスッと片手を差し出してきた。


「僕は米町(よねまち)レオン。よろしく」

「あ、ああっ。俺は指宿(いぶすき)イブキだ。よろしく、レオン」

「うん。よろしく、イブキ」


 レオンはくすぐったそうに、けれど爽やかに笑った。

 その笑顔を見て、俺は思ったことをそのまま言う。


「……レオンって、友達多そうだよな」

「えっ、そうかな?」

「うん」

「そんなことはないと思うけど……」


 困ったように謙遜するレオン。

 性格まで良いこの爽やかイケメンに友達がいないなんてことはないだろう。


 ひょっとしたら彼女とかまでいるかもしれない。

 というか、全然いそう。


 ………、コイツになら相談できるかもな。


「なあ、いきなりなんだけどさ。相談してもいいか」

「? うん、僕でよければ」


 俺は一息置いて、言った。



「仲良くなりたい、女子がいるんだ」



「…………んん?」


 レオンが首を傾げる。


「男友達を探してたんだよね?」

「まあね。でもそれと同じくらい、大切なんだ」

「……ふぅん。……それで、どういう子なの?」


 どういう子、か。

 この場合訊かれているのは「どういう関係の相手なの?」ということだろう。

 難しいところだが、強いて言うなら……



同じ女の子(ヒナタちゃん)のことが好き(推し)で、その子を巡って争っている相手、かな」



「…………んんんんん???」


 レオンは疑問符を浮かべまくり、それからひどく冷たい視線を俺に向けた。


「ひょっとして、君ってクズ野郎なのかい?」

「え、なんで……!?」

「それに気づけないからじゃないかな……」


 白けた目でこちらを見た後、彼はため息をついた。


「まあ、いいさ。友達になった(よしみ)で一緒に考えよう。今回限りだからね?」

「ありがとう! 助かるよ!」


 思わずレオンの手を掴みそうになり、すばやく避けられた。

 かなしい。


「うーん、とはいえ、僕に言えることって殆どないよね」

「それは、まあ……」

「うん。だから、とりあえず彼女のことをよく知っている人物に話を聞いてみるのがいいんじゃないかい? 話は”情報”を集めてから、改めてしようじゃないか」


 ──仲良くなりたい子の、友達とかさ。


 爽やかイケメンが、にっこりと笑った。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 隣にある(・・・・)というのに数年振りに訪れたそこは、昔とは違う、甘い匂いがした。


「──いらっしゃい、おにーさん♡」


 かつての記憶よりもずっと成長した少女が、ちろりと唇を濡らした。



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