前へ次へ   更新
34/107

変わったメイド

尺と進行の都合上カットしたヒナタ視点のSSです。

時系列としては1話でイブキとヒナタが別れた後でのことになります。


 ──今日は朝からイブキ(お兄さん)に会えた。


 そのことに胸を弾ませ、傍陽(そえひ)ヒナタは鼻歌混じりに教室に入った。


「おはよー、ヒナタちゃん!」

「おはよう、ミカちゃん」

「おーっす、ヒナタ」

「おはよう、スズナちゃん」


 ヒナタは席へ向かいながら、クラスメイトと挨拶を交わす。

 入学してからの一週間で、仲良くなった友達だ。


 昔の自分からは考えられない。

 そう思うたびにいつも思い出す。


 ──全部、お兄さんのおかげだ。


 お兄さんこと指宿(いぶすき)イブキは、ヒナタの家の隣家で暮らしている。

 年は三つ上と、一緒に同じ中学・高校に通うことはできない年齢差。


 しかし、小学校で一年だけは一緒だった。

 一年だけなのは、ヒナタが引っ越してきたのが3年生の時だったからだ。

 その時に助けてもらって以来、ヒナタは彼に淡い憧れを抱いていた。


 イブキはちょっと変わっている。

 他の男の人とは違って、女の子を怖がったり、逆に下に見たりしない。

 なんというか、昔の男の人っぽい。


 といっても、男女比が同じくらいだった頃の男の人なんて、ヒナタ自身、映画やドラマの中でしか見たことがないのだが。

 とにかく、普通とはちょっと違うのだ。


 例によって、うちのクラスにいる三人の男子は非友好的で女の子を怖がっている。

 きっと高校までに女の子絡みで大変な思い出が沢山あるんだろうけど、お兄さんみたいだったら友達になれたかもしれないのになあ、なんて思ってしまう。


 と。


「ヒナ」


 鞄を机に置いたところで、教室の入り口から耳慣れた声がかけられた。

 目を向ければ、美しい少女──雨剣(うつるぎ)ルイがそこにいた。


 残念なことにクラスは別になってしまった、ヒナタの一番の親友である。

 ヒナタにとっては見慣れたその姿も、他のクラスメイトにとってはそうではない。


「雨剣さんだ……」

「今日もキレイ……」

「ふああ……」


 クラスメイトたちは彼女に見惚れ、(ほう)けていた。

 その中には先ほど述べた男子数人も入っていて、相変わらずトンデモない美貌だなと内心で苦笑する。


 件のルイは周りの視線などまるで意に解さない様子で歩み寄ってきた。


「おはよう、ヒナ。今日も可愛いわ」

「はいはい、ありがとうー。ルイちゃんも綺麗だよ」


 こんなことばかりやっているので、入学1週間目にして既に校内では「2人が付き合っているんじゃないか」という噂が蔓延していた。


 実際こんな世の中じゃ、そういうカップルも多い。

 特にここ10年は少子化が悪化の一途を辿っているとかで、問題視されることも増えてきた。


 高校生であるヒナタとしては実感が湧かず、「社会問題大変そうだなぁ」としか思えない。

 そういうカップルに対しても偏見はない。

 そもそも生まれた時から結構いたし。


 ただヒナタとルイに限って言うなら、別に付き合ってなどいない。

 が、そう言うとルイがしょぼんとするので、ヒナタは曖昧な笑うに留めている。


 そんな、よくある百合恋愛(ラブコメ)漫画かよと言われそうな生活が、ヒナタの学校生活である。




 ♦︎♢♦︎♢♦︎




 打って変わって、放課後。

 ヒナタは近隣の主要駅である桜邑(おうら)へとやってきた。


 ルイがいないのは、なにやら呼び出されたとかで、一足先に目的の場所へと向かっているからだ。


 近年、土地開発が著しいこの駅周辺は、オープンしたての大型複合施設(ショッピングモール)の影響もあって人が多い。

 今日は学校が五限で終わったため、比較的早い時間帯に訪れたのだが、思わず萎縮してしまう程度には絶え間なく人の波がやってくる。


 ──そんな中でも、目的地は一目でそれと分かった。


「ほえー……」


 駅前の目抜き通りをまっすぐと進んだ先。

 周りの大型施設と比べても一回り大きく、思わず入るのを尻込みしてしまう建物が(そび)え立っていた。


 青空の下の白亜の壁が目に痛い。

 柱の一本一本が巨大で、まるで自分が巨人の国に来てしまったかのような疎外感すら感じる。


 ここが、去年設立したばかりの【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】第十支部だ。

 40階建てではあるものの、1階から29階まではこの地域の警察方面本部が入っていて、【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】の階層は30階から40階だけだそう。


 ちなみに警察が下階に多いのは天稟(ルクス)が絡む事件よりも絡まない事件の方が圧倒的に多いからだ。

 天稟(ルクス)があろうがなかろうが犯罪発生率に大差ないというのも皮肉な話である。


 恐る恐る回転扉から足を踏み入れる。

 エントランスの奥にはエレベーターが並んでいた。


 ヒナタは案内係のお姉さんにあっという間に捕まると、流れるようにエレベーターに乗せられて30階に送られてしまう。


「わ、わ……」


 思っていたよりも急に訪れることになってしまい、心の準備が間に合わない。


 ──だって、この先はわたしが小さい頃から憧れた──、


 ポーン、という音と共に目的階への到着が告げられ、扉が開く。


「わあ……」


 一歩踏み出したヒナタはその空間を見渡して感嘆の声をあげた。


 30階はおよそ3階層分が吹き抜け構造で、明るい大広間になっていた。

 その大広間の外周にはテーブルが並べられ、カフェテリアが出来上がっている。


 今も何人かの人達がそこを利用して──あっ、あの人はよくニュースで見る隊員さん! あっちはこの前のドキュメンタリーで取材されてた……!


「すごい……ほんとに【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】にいるんだ、わたし」


 今日から自分も、ここで。


「ま、今カフェで寛いでるやつらは一時間後に本部出向なんだけどねー」

「へー、そうなんで──はえっ!?」


 突然、真横から声をかけられる。

 慌ててそちらを向けば、そこにはヒナタと同じくらいの身長の女の人が立っていた。


 目を引くのは彼女の格好。

 現代日本ではあまり見ることのないそれは、いわゆるメイド服というやつだ。


 くるぶしの辺りまでのロングスカートと、肩のあたりで切り揃えられた薄緑色の髪はよく調和していたが、全体的になんというか……だらっとした佇まいに見える。


 女中(メイド)さんとかって、もっとピシッとした感じの人だと思ってたんだけど……いや、そもそもなんでメイド服なんだろう、とか疑問は尽きない。


 そんなヒナタの内心を知ってか知らずか、彼女はマイペースに話し始めた。


「君が今日来るって言ってた新人だよねぇ? えーっと名前は〜……」


 ──傍陽ヒナタです。

 そう答えるよりも早く、


「ああ、そうそう傍陽ちゃん」


 思い出したように、メイドさんはヒナタの名前を口にした。


「は、はい、そうです……!」

「ん、よろしい。ちゃっちゃと諸々の連絡事項を説明しちゃうから付いてきて」

「え……? あの、身分証の確認とか……」

「ん?」


 当然の質問を投げかけたはずなのだが、なぜかメイドさんは首をかしげる。


「あー、そうね。今日はいらないかなぁ、面倒だし」

「ええ……?」

「ちなみにメイドさんこと私の名前は信藤(しんどう)イサナ。私だって分かりゃあ好きに呼んで」

「あ、はい、わかりました……」


 言葉の意味を深く考える間もなく「そんじゃ、付いてきて」と言って歩き始める彼女の後ろを追いかける。


 それにしても。

 ヒナタはさっきのカフェテリアにいた人達の名前は全員わかる。

 それはヒナタが重度の【循守の白天秤(プリム・リーブラ)】ファンだからとかではなくて、めざましい活躍をしている実働隊員は度々ニュースで話題となるからだ。


 しかし、信藤イサナという名前は──、


「──私は裏方だからねぇ。聞き覚えないでしょ」

「っ!?」


 まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで声がかけられる。

 気付けば、イサナは肩越しにヒナタへ視線を向けていた。


「警察で言う公安みたいなもん。素性がバレたくなかったり、能力を知られると困ったりするヤツはメディアに顔出ししないの」

「……わたしって、そんなに顔に出やすいですか?」

「まあねー。素直で可愛いから、普段はめんどくさがりな私も口が弾んじゃう」


 君、可愛がられるタイプでしょ?とからかうように笑うイサナ。

 不思議と聞き馴染みあるような気のする声色は、会話が進むにつれてヒナタの緊張を解していった。


「ちょうど今から可愛くない方の新人とも会うしねぇ」

「可愛くない方の新人? ……ああ、ルイちゃん」

「そうそう。ま、新人って言っても君より二ヶ月前から所属してるけどね」


 そう言ってイサナが立ち止まったのは大扉の前。


「はいるよー」


 返事も待たずに雑に扉を開け放つメイドさんモドキ。

 いいのかな、なんて思う間もなく、部屋の中央に立つ彼女(・・)に目を奪われた。


 天翼の守護者(エクスシア)だけに許された純白の外套(コート)

 四つの銀の(つか)が扇のように広げた、片翼の天使。


 ヒナタがずっと憧れていた、天翼の守護者(エクスシア)の制服を着た親友だ。

 彼女はヒナタを見るなり破顔して、


「はやくヒナを案内してあげたいので、はやく話を終わらせてください──副支部長(・・・・)

「えっ、副支部長さんっ!?」


 ほらね、可愛くないでしょ?

 そう言って第十支部副支部長・信藤イサナは肩をすくめた。



 前へ次へ 目次  更新